51~56(完)
..51 【カウンター】VS【カウンター】
「ヴァルドだ」
「何……?」
「俺は魔王直属の六将【反射不能の軍勢】の一人」
『俺』ことヴァルドが名乗った。
「急に名乗りをあげて、どうしたんだ?」
俺は油断なく奴を見据える。
「別に狙いなんてない」
ヴァルドがニヤリと笑った。
「ただの宣言さ」
「宣言……?」
「これから俺はお前を殺し、新たな【跳ね返しの勇者】となる。その名はジルダ・リアクトではなく、この俺――ヴァルドとなるのだ」
つまり、奴は俺のコピーではなく、ヴァルドという名の『オリジナル』だと――そう主張したいわけか。
が、奴はそれ以上の攻撃は仕掛けてこなかった。
「どうした? 撃ってこいよ」
試しに挑発してみる。
本当に撃ってこられたら対抗手段がないわけだけど――幸い、奴は動かなかった。
ということは、つまり――。
「打ち止め、か」
「……!」
ヴァルドの表情がわずかに歪む。
図星だったらしい。
案外、顔に出る奴なんだな。
「お前は俺の『反射攻撃』をなんらかの方法で保持して放つことができる。けど、それは無限にできるわけじゃなくて、もともとの『反射攻撃』のエネルギーを分散して撃ってるだけなんだ」
俺はさらに畳みかける。
「だからエネルギーを使い果たせば、そこで打ち止め――違うか?」
「……ふん」
ヴァルドが鼻を鳴らした。
「だから、なんだ? 仕掛けが分かったからといって、お前に打つ手はあるまい?」
確かに、今のままじゃ打つ手がない。
無敵の【カウンター】が――俺が誇ってきた『後の先』が、ヴァルドには通じない。
「お前には反射しかない。だが、この俺は違う」
ヴァルドが笑う。
「反射を超えた反射――俺こそが真の【跳ね返しの勇者】だ」
……本当に、そうか?
俺は改めて考えを整理した。
奴の攻撃は、厳密には反射ではない。
俺の『反射攻撃』を保持し、分散発射する――。
「そうか、それなら」
俺はようやく思いついた。
打開策を。
ただし――そのためには俺が【カウンター】の新たな段階に到達する必要がある。
「やれるか、俺に」
自分自身に問いかける。
前回のシャロル戦のように。
追い詰められ、新たな『認識』を得ることで、俺は【カウンター】の新たな境地にたどり着いた。
なら、今回も同じだ。
ヴァルドとの戦いで手に入れた『認識』――。
それを新たなスキル効果として、従来のスキルに落とし込む。
「勝負だ、ヴァルド」
俺は剣を掲げ、ゆっくりと近づいた。
「お前――」
ヴァルドが驚く。
そう、俺はこの異世界に来て初めて――。
自ら、攻撃の構えを取ったのだ。
「ふん、【カウンター】使いが先手を打って攻撃だと? 愚か者が」
ヴァルドが嘲笑した。
「そうかな?」
俺はニヤリとして、さらに近づく。
奴のスキルは、俺の『反射攻撃』を『保持』して、後から『放出』するだけのものだ。
なら、『反射攻撃』を撃たなければいい。
単なる攻撃を奴に保持させ、放出させれば――。
「『反射攻撃』以外の攻撃なら――俺の【カウンター】は発動する」
「……!」
俺がそう告げると、ヴァルドの顔がわずかに歪んだ。
図星だったらしい。
「ふん、それがどうした? 小細工が分かったところで、貴様に打つ手があるというのか?」
ヴァルドは強がって見せる。
まだ自分の優位を信じているようだ。
「打つ手ならある」
俺は剣を構え直した。
..52 次なる一手
「お前は俺の剣を、自分の剣で受けるしかないんだよ」
「舐めるな!」
ヴァルドが吼えた。
「純粋な剣の勝負なら、魔族である俺が人間のお前に負けるものか!」
自信満々に剣を構え、突進してくる。
速い――。
レナに比べれば劣るけれど、さすがは魔族だけあって、その身体能力は人間をはるかに超えている。
……いや、レナはその魔族の速度すら超えてるし、ある意味こっちの方が化け物かもしれないが。
ともあれ――奴が突っこみ、攻撃してきた瞬間、俺は【カウンター】を発動させた。
ヴァルドの剣が俺に届く寸前、俺の体がひとりでに動いて【カウンター】を発動する。
「ちいっ……」
ヴァルドも俺の【カウンター】を読んでいたようだ。
即座に例の『保持』スキルを発動させる。
俺の反射攻撃を吸収し、無力化しようというのだろう。
だが――。
「遅いんだよ」
ヴァルドが『保持』を発動させたとき、俺の『反射攻撃』はまだ放たれていない。
ヴァルドの『保持』は空振りに終わる――。
「えっ……!?」
呆然とした様子のヴァルドに、次の瞬間、
「ぐはっ……!」
時間差で、奴の背後から俺の『反射攻撃』が浴びせられる。
これが俺の新たなスキル効果――。
時間も、方向も、ずらした【カウンター】。
名付けて、
「【遅延起動式反射】」
告げた俺の足元に、ヴァルドは倒れた。
一撃で勝負あり、だ。
スキル頼りの奴は……それが破られれば、こんなものなんだろう。
そう、それは俺自身にも当てはまること。
【カウンター】を破られたとき――。
こうして地面に横たわっているのは俺かもしれない。
今のヴァルドのように。
俺はそのことを肝に銘じ、剣を下ろした。
..53 そして決戦の時へ
――そして。
ついにその日が来た。
シャロルやヴァルドの後、次々に現れた魔王直属の六将――【反射不能の軍勢】を、俺はレナやマルグリット、ルシアたちと一緒に戦い、そのすべてを打ち倒していった。
各地で英雄たちも奮戦し、いよいよ俺は最後の決戦に赴くことになる。
相手は――魔王ルーデル。
その能力の詳細は、不明だ。
なぜなら、ゲームに実装されているシナリオが魔王戦の手前までだからだった。
魔王直属六将軍の四番目と戦う話が、最新シナリオだったはず。
だから俺にも魔王の能力の全貌は分からない。
ごおおおおおっ……!
轟音とともに空が裂けた。
「……なんだよ、あれ……」
俺は呆然とつぶやく。
王都の上空に巨大な『輪』が現れていた。
『輪』はゆっくりと回転しながら淡い光を放つ。
文字盤のようなものが浮かび上がり、さらに長針と短針も現れ――まるでそれは世界の時間を支配する『時計』そのものだった。
風が止んだ。
鳥の声も、人のざわめきも、すべてが――止まった。
「……っ!?」
地上にいた王国軍の兵たちが、一斉に動かなくなる。
誰もがその場で凍りついたように、瞬きすらしない。
まさか、これは――。
「時間が止まっている……?」
止まった世界の中で、なぜか俺だけが受けている。
――いや。
「ジルダ!」
左右からレナとマルグリットの声が響いた。
彼女たちも俺と同じく時間停止空間の中で動けるらしい。
……と思ったのも束の間。
すぐに二人は彫像のように静止し、そのまま動かなくなる。
周囲の人間は全員が停止してしまった。
「これでいい。最後の勝者を決める戦いに、邪魔者は無粋であろう」
空から一人の少年が降り立つ。
黒衣の魔王――。
「お前が」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「いかにも。俺が魔王ルーデルだ」
彼が名乗った。
銀髪に黒い外套、そして金色の瞳の美しい少年だった。
「あらゆる剣、あらゆる魔法を跳ね返し、そして我が腹心たる六将軍たちをもことごとく退けてきた――お前のその【カウンター】は実に興味深い」
ルーデルは楽しげだった。
俺の【カウンター】のことは知っているだろうに、どこまでも余裕を漂わせている。
嫌な予感がした。
いや、嫌な予感しかしなかった。
「俺には絶対的な魔法能力がある。攻撃魔法一発で大陸を吹き飛ばすこともできるし、全力を出せば人間の世界そのものを滅ぼすこともできよう」
それはいくらなんでも物騒すぎるだろ。
戦闘能力という点で、こいつは完全に他者とは次元が違う存在なんだな……。
「だが、その俺の攻撃魔法ですら、お前は跳ね返してしまうかもしれない。そしてもし跳ね返されたら――いくら俺でも、自分自身の攻撃魔法をまともに食らえば、生きていられないかもしれない」
ルーデルが述懐する。
「だから考えた。お前の【カウンター】をいかに攻略するか。そして、一つの可能性を見出した」
「なんだよ、その可能性って?」
緊張感が高まる。
「お前の【カウンター】は『時間が流れている』ことを前提とした能力だ。では、流れが止まったら?」
「……さあな」
俺は平然とした態度を装ったものの、内心では動揺していた。
おいおい、こいつ――。
まさか時間にまで干渉できるのか!?
確かにラスボスが『時間干渉系』の能力を持っているのは、『あるある』ではあるが――。
実際に相対すると、これほど厄介な能力はないわけで。
「そうだな。何も知らずに死んでいくのも哀れというもの……一つ、教えておいてやろう」
ルーデルが微笑む。
優しげな――慈愛さえ感じさせる笑み。
魔王というより、まるで神のような笑顔だった。
「俺のスキルは【未来固定】。『確定された未来』を対象に強制する力だ。それは即死でも、敗北でも、破滅でも――俺が自由に選ぶことができる。そしてお前は、もはや自分の運命を選ぶことさえできない」
「っ……!」
視界が歪んだ。
頭の中に焼けるような痛みが走る。
同時に、目の前の景色が切り替わり、俺とルーデルが対峙している映像が出現する。
いや、これは――脳内に直接映像を流し込まれているのか?
そして、おそらくこれは――。
「未来の、映像……!?」
ルーデルが剣を振り上げ、俺の首が飛ぶ。
【カウンター】は発動しない。
回避も防御も不能。
そして反射も……不能。
俺は今、ルーデルによって殺される未来を固定され、押し付けられようとしている――?
..54 魔王
――時が、止まっていた。
正確には俺とルーデル以外のすべての存在が静止している。
時間が止まった世界で、奴は未来を自由に改変し、それを奴が指定した対象――つまり俺に、その未来を強制する。
「これが奴のスキル【未来固定】なのか……!?」
俺の【カウンター】はあらゆる攻撃を跳ね返すことができるけれど、
「運命そのものが決まっているなら、どうしようもない――」
ゾッとなった。
【カウンター】を身に付けて以来、ここまで戦慄するのは初めてだ。
対抗手段が思いつかない。
俺はなすすべなく殺されるのか……?
「残念だったな、【跳ね返しの勇者】。お前のスキルは確かに強力無比。だが、運命すら操る俺の前には、それも児戯に等しい――」
ルーデルがほくそ笑む。
「さあ、終わりの時だ。この俺に運命を規定される名誉を感じ取りながら死ね。栄光と、絶望を抱いて」
その手に黒い剣が出現する。
あれで首を刎ねられて、俺は死ぬ――。
これまでなのか。
本当に、対抗手段はないのか。
考えろ。
考えろ。
考えろ……!
俺は――。
「……違う!」
キッと顔を上げて、俺は叫んだ。
「何……?」
「お前が言ったことだ。俺はあらゆる攻撃を跳ね返す、って」
イメージが湧いてきた。
概念が自分の中にインストールされるような感覚。
すなわち、新たなスキルの概念が――俺の認識とともに出現する。
「未来を規定して俺を攻撃するなら――それだって攻撃だろう。なら、俺はそれを反射する」
「……馬鹿な」
魔王は嘲笑した。
「俺は運命そのものを変えられるのだぞ。お前が『反射』しようとしても、その運命すら――」
「その運命すらも反射する」
俺は奴の言葉を引き継ぎ、言い放った。
「お前が俺を封じる運命か、その運命すら反射する俺か……最後に勝つのは、どちらのスキルか――勝負だ」
「面白い! やってみせよ!」
魔王は剣を振り上げた。
「勝つのは俺だ――この世の絶対者、魔王ルーデルこそが!」
ぶんっ!
黒い剣が振り下ろされる。
規定された未来とともに。
「すべてを支配し、勝利する!」
「その未来すらも――」
俺の体から虹色の輝きが立ち上った。
「跳ね返す!」
そして、俺はスキルを発動する。
その名は――、
「【時空反射】!」
時間の干渉を『逆流』させ、生じた事象を……生じるであろう未来の事象をも跳ね返す最新の【カウンター】。
ごごごごご……っ!
空間が激しく震動する。
俺の前面に巨大な盾が出現した。
未来に放たれるであろう俺への致命の一撃を――あらかじめ『予約』して【カウンター】を発動する。
これが【時空反射】の全貌だ。
「終わりだ、魔王――!」
「馬鹿な……なんだ、これは――!」
ルーデルが絶叫する。
同時に、黒い剣が虚空から現れ、奴の首を刎ね飛ばした!
..55 勇者
どさり。
首を刎ねられた魔王は力なく倒れた。
単に首を切断しただけなら、もしかしたら回復や再生魔法の類で復活したかもしれない。
だが、奴が放ったのは俺を殺すための『致命の一撃』だった。
それをそのまま自分に食らったのだ。
その一撃は当然『致命傷』となり、魔王の命を奪った――。
「終わった――のか?」
俺は半ば呆然としたまま立ち尽くしていた。
体中に感じていた重圧から解き放たれる感覚があった。
止まっていた光が、風が、音が、空気が――戻ってくる。
時間停止が解けた、ということは、やっぱり魔王は死んだんだろう。
と、ルーデルの死体がさらさらと音を立てて砂と化し、みるみるうちに風化していった。
それを見て、俺はようやく実感する。
終わったんだ――と。
「ジルダ!」
すぐ側で俺を呼ぶ声がした。
レナだ。
「ジルダ……!」
反対側からはマルグリットが。
二人はすぐに状況を悟ったらしく、
「やったな!」
「やったじゃない!」
と、左右から俺に抱き着いてきた。
「はは……」
嬉しいやら照れくさいやら、俺は笑顔になった。
まだ呆然とした気持ちが残っているけど、少しずつ勝利の実感が湧いてくる。
世界の運命を賭けた魔王軍との戦い。
そして、ゲーム本編での最後の戦いが今――。
本当に、終わったんだ。
「魔王を倒してしまうとは――まさにお前こそが勇者だ」
レナが微笑んだ。
「みんなに助けてもらったよ」
俺は笑みを返す。
「魔王の術式はどんなものだったの? 詳しく教えて。解析したいから」
マルグリットはあいかわらず知的好奇心たっぷりだ。
「そうだな……戦いも終わったし、ゆっくり話してやるよ」
「ふん、魔王を倒した男をあたしが暗殺すれば――つまり、あたしこそが最高の暗殺者ということになるな」
いつの間にか背後にルシアが立っている。
「いや、物騒な目標立てるのやめて!?」
――まあ、一部の発言はともかく。
周囲を見回せば、みんなが笑顔だった。
世界が救われた安堵感。
平和な世界で生きていける喜び。
魔王を倒したからこそ、訪れた世界。
俺が――俺たちが守った世界。
「よかった……」
『勝った』喜びじゃなく、『終わった』喜びが湧いてくる。
心が、温かい。
みんなの未来を守った。
みんなの笑顔を守った。
みんなの幸せを守った。
俺の【カウンター】が――大切なものをたくさん守ることができた。
「帰ろう」
俺はレナ、マルグリット、ルシアに声をかけた。
そして、俺は――。
未来へと歩き出す。
..56(完) 俺が歩き出す未来は
「平和だなぁ」
俺は空を見上げていた。
魔王ルーデルとの死闘から一か月が過ぎた。
魔族の軍勢も俺や世界各国の精鋭たちが団結し、既に掃討を終えている。
世界は、魔王軍の脅威から完全に救われたのだ。
で、俺は――というと。
「暇だなぁ……」
以前は王立騎士団の中級騎士という身分だったけど、今はバレルオーグ王侯認定の『英雄』であり『勇者」だ。
ちなみに『対魔王軍最大最重要戦力』という名称は、その魔王軍を倒したことで『勇者』という名称にあらためられた。
俗称の方が正式名称に変わったわけだ。
つまり、今の俺は『英雄』兼『勇者』という役職(?)になる。
ただ、世界が平和になったので、『英雄』や『勇者』の出番がない。
講演の依頼なんかは殺到したけど、そういうのは苦手なので全部断った。
世界中から式典や祝宴の誘いがあり、これは外交問題も絡んでくるからレナに相談しながら、出席の可否などを決めている。
ただ、一か月も経つと、それもだいぶ落ち着いてきた。
とりあえず――今日の予定は何も入っておらず、暇だ。
「訓練でもするかなぁ……」
と思ったんだけど、魔王を倒してから気が抜けてしまって、すっかりサボってしまっている。
「たるんでるよなぁ、俺……」
でも、今まで戦い通しだったわけだし、しばらくはのんびり過ごすのもいいよな?
ずずず……おおおおお……!
突然、空から轟音が響いた。
「な、なんだ――」
俺は驚いて上空を見上げる。
北の方の空に輝きが満ちていく。
次の瞬間、
ぴきぴき……ぴきっ……びきびきびきびきっ……!
空のかなたに不気味な亀裂が走った。
「空が、割れる――」
いや、空間そのものが割れようとしているのか!?
「別の世界からの、侵略――?」
本能がそう告げていた。
ゲーム本編の戦いは全て終わり、世界は平和を取り戻した。
俺はそう思っていた。
けれど、どうやら違うらしい。
ゲームは終わっても――現実は終わらない。
ぴきぴきぴき……。
空の亀裂が広がり、その向こうから何かが現れる。
無数の黒い影。
新たな、敵。
「なら――戦うまでだ」
みんなを守るために。
大切な人たちを守るために。
そして俺自身が幸せに生きていくために。
「誰が来ようと、俺が打ち倒す。なにせ」
俺は剣をだらりと下げ、空の彼方を見据えた。
「俺に攻撃したやつは誰であろうと負けるんだからな」
さあ、無敵の【カウンター】とともに。
次の戦いに出向くとしよう――。
【終わり】
【読んでくださった方へのお願い】
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