21~30
..21 継承する力(レナ視点)
「【聖銀燐光剣】!」
レナはいきなり自分が使える最強の攻撃スキルで仕掛けた。
ジルダは微動だにしない。
ばしゅんっ!
一瞬にして彼女の攻撃は跳ね返され、レナの体が吹き飛ばされる。
「やはり、まともに行ってもダメか……それに能力も本物と遜色なさそうだな」
うめきながら立ち上がるレナ。
「ならば、戦い方を変えるまで――」
次はスピードでかき回すべく、【縮地】を連発してジルダの周囲を駆け回る。
攻撃スキルが同じなら、おそらく身体能力も同程度だろう。
ジルダは、決して卓越した騎士ではない。
近接戦闘能力、という点ではレナの足元にも及ばないはずだ。
そこに――彼の虚をつくチャンスがある。
(――今だ!)
レナはジルダの背後から突進した。
音もたてず肉薄し、渾身の一撃を見舞う。
ばしゅんっ!
が、これもダメだった。
「ぐ……うう……」
吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられ、レナはその衝撃ですぐに立ち上がることができない。
「やはり鉄壁――か」
今までと同じだ。
偽物といっても、この難攻不落ぶりは本物のジルダに勝るとも劣らない。
自分の全ての攻撃は封殺され、一方的に反射攻撃を受け続け、敗北する――。
そのパターンから脱却することはできない。
「――まだだ」
心の中に広がっていく無力感と敗北感をねじ伏せ、レナは顔を上げた。
「私は、負けない! 挑み続ける! 貴様に!」
その後も、レナは考え付く限りの戦法を試した。
フェイントに時間差攻撃、あらゆる角度からの斬撃。
果ては剣を捨てて、素手での攻撃まで――。
だが、そのすべてが完璧な【カウンター】で返されてしまう。
攻撃すればするほど、レナは消耗していくだけだった。
「どうしても……届かない」
唇をかみしめる。
つーっと涙がこぼれ落ちた。
どうすれば、彼に届くのだろう?
なぜ私は、こんなにも弱いんだろう?
「私は、ただ貴様に……」
隣に並びたい。
私を認めてほしい。
私を、見てほしい――。
「……!」
その瞬間、レナの脳裏に閃くものがあった。
剣をだらりと下げる。
ちょうど、ジルダと同じように。
自然体の構えである。
そのまま彼に向かって歩き出す。
ジルダは微動だにしない。
何が来ても跳ね返せるという余裕からだろうか。
「そう、反射だ」
レナはジルダを見つめた。
ゆっくりと手を伸ばす。
それは攻撃ではなく――。
ぎゅっと彼の手を握った。
――レナは試練を終え、元の場所に戻って来た。
訓練場に向かう。
そこにはジルダがいた。
「あれ? レナ?」
「ジルダ」
レナは彼に歩み寄り、微笑んだ。
手を差し出す。
「ん?」
「握手だ」
レナは微笑んだ。
「???」
ジルダはキョトンとしている。
「私は、貴様に勝つことばかりを考えていた。魔王との戦いに備え、貴様に私の力を認めさせようと考えていた」
レナはにっこりと微笑んだ。
邪気のない、朗らかな笑顔だった。
「貴様に対して必要なのは――ただ信頼し、心を預けることだった」
「レナ……?」
「私は貴様のことを誰よりも強者だと考えているし、敬意も払っている。そんな貴様に、私のことを認めてほしい。仲間だ、と」
「何言ってるんだ。当たり前だろ」
ジルダが微笑んだ。
「お前は頼もしい仲間だよ。俺は相手の攻撃を跳ね返すことしかできないけど、お前は違う。自分から攻めて、打ち倒すことができる」
「ジルダ……」
「俺にできないことを、お前はできるんだ。俺たちはお互いに補い合える。それぞれの得意分野で貢献できる。仲間ってそういうことだろ?」
「――ああ」
レナはフッと肩の力が抜けるのを感じた。
今までの気負いが消えていく。
「私も、そう思う」
その瞬間、彼女の手の甲にポウッと輝きがあふれ、紋章が浮かび上がった。
「これは――!」
王家の『聖なる力』を秘めた紋章。
「私の、新しい力か」
レナはその紋章をそっともう片方の手で撫でた。
「レナ、その紋章は……?」
「私も、この力で戦うよ」
レナはジルダに告げた。
「貴様の【カウンター】が届かない場所があれば、私が剣で切り開く」
そう、それこそが姫騎士レナの役目だ――。
..22 歌姫ローレライ
対魔王軍決起集会――。
その日、バレルオーグ王国主催で、世界各国を招いたパーティが開かれていた。
来たるべき決戦に備え、士気を高めようという趣旨だ。
俺も勇者として王女のレナと共に列席しているけど、堅苦しい雰囲気に少し疲れていた。
「ご飯は美味しいけど、やっぱり緊張するな」
俺はため息をついた。
「ジルダ、もう少しちゃんとしろ。各国の代表が来ているんだ」
隣に座るレナが俺をたしなめる。
「貴様はバレルオーグが誇る勇者なんだ。世界中の希望なんだぞ」
「そういうのが堅苦しいんだよな……いや、分かってるけどさ」
苦笑する俺。
「私もこういう会は得意ではないわ」
逆隣のマルグリットが言った。
「魔法の訓練か研究でもしていたかった」
「まったく、貴様らは……」
言いながら、レナも苦笑していた。
「私たちには主催国としての立場があるんだ。もう少し我慢してくれ」
「はいはい。ま、レナたち王家の顔を潰すわけにはいかないからな。ちゃんと勇者として振る舞うよ」
「ありがとう、ジルダ」
素直に礼を言われ、俺はちょっと照れてしまった。
「い、いや、別に……」
「……顔が赤くなってる」
マルグリットが俺を見た。
「えっ? そ、そうかな……」
「ほう?」
焦る俺を、レナがニヤリとして見つめる。
「ち、違うって――」
ますます焦る俺。
と、
「――ん」
ふいにマルグリットが視線を会場の一点に向けた。
「どうした、マルグリット?」
「強い魔力を感じる。私に匹敵するかもしれないわね」
「マルグリットに?」
それはすごい。
誰だろう――と、彼女の視線を追う。
そこにいたのは青いドレスで着飾った美しい少女だった。
長い青色の髪に海産物の髪飾りをつけている。
そのとき、
「本日は海洋国家連合より、あの高名な歌姫ローレライ嬢が来てくださった。ご承知の通り彼女は世界的な歌姫であり、また【呪歌】の使い手として対魔王軍の戦力としても期待されている」
国王が壇上に上がり、高らかに言った。
入れ替わりに、先ほどの青い髪の少女が壇上に上がる。
「ご紹介に預かりました、あたしがローレライよ。魔王軍なんていう無粋な者どもに、この美しい世界は壊させない。皆様を勇気づけるため、あたしの歌を聞きなさい――」
自信たっぷりに告げると、ローレライは見事な歌を響かせ始めた。
さすがに世界的な歌姫だけあって、圧倒的な歌唱力だ。
美しく澄んだ声は勇壮でありながら哀切を奏で、聞く者の心を打つ。
俺も思わず聞きほれてしまった。
「なんと清らかで、心が癒されるような歌声なんだ――」
レナは感動しているようだ。
「魔力の流れが独特ね。これが呪歌――」
と、マルグリットは魔術師らしく彼女の歌を分析していた。
……って、呪歌?
これはただの歌じゃないのか。
確かに国王が紹介するときに【呪歌】がどうとか言ってたけど――。
ゲーム内にローレライっていうキャラクターも【呪歌】ってスキルも登場しなかったから、これはこの世界独自のものなんだろう。
聞いていると、レナが言った通り、心が癒される感じがする。
それは単純に歌の力だけじゃなく、魔法的な効果なんだろうか?
と――、
どさり。
どさり。
どさり。
周囲で一人、また一人と倒れ始めた。
「えっ……!?」
「聞いていると、眠くなってくる……ぞ……」
「駄目、レジストできない……意識が保てない……」
レナとマルグリットも相次いでその場に倒れる。
そして、そのまま眠り始めた。
いや、二人だけじゃない。
会場の人々がどんどん眠っていく。
なんだよ、これ――?
..23 呪歌
「え、何?なんかみんな酔っ払ったみたいに倒れてるけど。大丈夫か?」
ただ一人、平然と立っている俺に気づき、ローレライが目を細めた。
「あら? 一人だけ、立っている方がいらっしゃるのね」
ローレライが歌うのをやめて俺を見つめた。
にいっ、と口の端を吊り上げるような笑みを浮かべる。
はっきり言って怖い。
「お前……いったい何をしたんだ!?」
俺はローレライをにらんだ。
「ふふ、あなたがあの噂の勇者、ジルダ・リアクトですわね。その程度の魔力しか持たないのに、なぜあたしの歌に耐えられたのかしら?」
「耐えるって言われても……お前の歌はなんなんだ? みんなに何をした」
「【呪歌】」
ローレライが静かに告げた。
「その名の通り呪術効果のある魔法の歌ですわ。あたしはただ、みなさんに気持ちよく眠っていただいただけです。ふふ……もしここが戦場なら、全員あたしに殺されてますわよ」
「お前――」
「あなたを除いて、ね」
ローレライの顔から笑みが消えた。
「あたしの歌の魅力に気づいていないということかしら? ならば、あなたのために――あなただけのために特別に歌って差し上げますわ」
「いや、別にいらない」
「即答!?」
「それより、みんなを元に戻してやってくれ。いきなり眠らせるなんて、ひどくないか?」
俺はローレライに言った。
「あら、みなさんはあたしの歌に心地よくなって眠っているだけですわ。剣でもなく、魔法でもなく、あたしの歌こそがもっとも偉大で……最強であることを証明しただけのこと」
「誰もお前の歌には勝てない――そう言いたいのか?」
「ええ。あたしこそが世界一の英雄――全世界はあたしの前に跪くのよ! おほほほほほほ!」
いきなりハイテンションになった。
「だからこそ、あなたの存在が許せない。あたしの歌が効かないなんて、どういう理屈――」
「……攻撃しようとしてるからだろ、たぶん」
俺はローレライに言った。
「えっ?」
「俺はあらゆる攻撃を反射することができる。お前の歌が、ただみんなを楽しませたり、癒やそうとするものなら、俺だって眠っていたかもしれない。だけど、お前は違う――」
俺はローレライを指さす。
「自分の力を誇示するために――攻撃的な気持ちで歌っている。だから俺のスキルはそれを跳ね返したんだ」
「攻撃? いいえ、これは『支配』ですわ」
ローレライはそう言って、ふたたび歌い出した。
「抗うことのできない、絶対の~♪」
その歌にメッセージを乗せてくる。
まるでオペラだ。
「確かに表面上は綺麗な歌だ……だけど、歌っているお前の心根が攻撃的なら――」
俺はローレライに告げた。
「その攻撃はお前に跳ね返る――」
軽く、腕を振る。
その瞬間、ローレライの歌声がピタリとやんだ。
「うう……」
同時に眠っていた人たちが次々に目を覚ます。
「私は……何を……?」
「レジストできなかった【呪歌】の効果が消えてる……?」
レナやマルグリットも目を覚まし、不審そうに周囲を見回す。
よかった、みんな無事みたいだ。
ローレライも『攻撃性をもって歌っている』とはいえ、別にみんなを傷つけようとしたわけじゃない。
肉体や精神に悪影響は出ていないみたいだ。
とはいえ――。
「今度はお前が味わうんだ。自分の歌の『攻撃』を」
「ううっ!? これは……あたしの頭の中に歌が……あああああああ……!?」
ローレライは頭を抱えて悶絶した。
「だめぇ……なんて、いい歌……あ、寝ちゃう……ぐう」
つぶやきながら、彼女はその場ですやすやと寝息を立て始めた。
俺が【カウンター】で【呪歌】を跳ね返した効果だろう。
..24 俺は歌姫に心酔される
「ジルダ、あなたは何を……?」
マルグリットが驚いた顔で俺を見ている。
「ん? 俺はただ歌を跳ね返しただけだが?」
「【呪歌】を……跳ね返した!?」
マルグリットがさらに驚いた顔になる。
「私でさえ抵抗できなかった【呪歌】を……どれだけハイレベルな防御術式ならそんなことが可能なのか――」
「いや、なんとなく」
「まだまだ、あなたの術の研究が必要ね」
マルグリットは俺を見て、目を爛々と輝かせた。
「私の探求心を刺激してくれる人ね、ジルダは」
「――待て、顔が近いぞ」
と、レナが俺たちの間に割って入った。
「とりあえず、礼を言うぞ、ジルダ。私たちは奴の怪しげな歌のせいで昏倒していたらしい」
「まさか、歌のコンサートだと思ったら、いきなりみんな眠らされるなんてな」
俺は苦笑した。
「ああ、正直、少し気のゆるみがあったかもしれない……不覚だ」
「同じく。ただ、彼女の【呪歌】は本当にハイレベルよ。魔王軍戦では強力な武器になってくれるはず」
と、マルグリット。
「ぜひ研究したいわね」
「なんか、片っ端から研究対象になるんだな……」
ローレライの【呪歌】によるハプニングはあったものの、決起集会はその後も続けられ、各国の士気は大いに上がる結果になった。
その辺りはバレルオーグ国王の仕切りの上手さも大きかったと思うし、レナも美貌の姫騎士として紹介され、会場を大いに盛り上げていた。
そうして、会もお開きに近づいてきたとき、
「あの、勇者様……先ほどは大変ご無礼をいたしました」
ローレライが俺の元にやって来た。
すっかり、しおらしい態度だ。
「いや、まあ……」
どう答えていいのか分からず、俺はあいまいな笑みを浮かべる。
「研究対象、来たわね……!」
隣でマルグリットが目を爛々とさせていた。
「ねえ、あなたの【呪歌】はとても面白いわ。ぜひ研究させてほしいの」
と、俺を押しのけるようにしてローレライに話しかけるマルグリット。
「け、研究……ですか?」
ローレライがキョトンとしている。
「ほら、いきなりそんなことを言ったら、ローレライが戸惑ってるだろ」
「む……あまり性急な態度は、交渉をこじれさせるかもしれないわね」
と、引き下がるマルグリット。
「?」
ローレライはますますキョトンとしている。
「はは、マルグリットは知的好奇心や探求心が旺盛なんだよ」
俺がローレライに説明した。
「そんなことはどうでもいいんです。あたしの眼中にあるのは、あなた様だけですので」
ローレライがキラキラした目で俺を見つめる。
「あなた様こそ世界最強の勇者様……それがよく分かりました。まさか、あたしの【呪歌】が通じないどころか、跳ね返されるなんて」
ローレライはすっかり感嘆しているようだった。
「世界一の歌姫などとおだてられていましたが、あたしも身の程を知ることにします」
「いや、歌そのものは綺麗で素敵だったと思うぞ? そこは自信もっていいんじゃないかな。それに【呪歌】だって、マルグリットがすごくハイレベルだって褒めてたし」
俺はローレライに言った。
「まあ、お優しいお言葉をありがとうございます!」
彼女の顔がパッと輝いた。
「ふふ、あたし……これからは勇者様のために歌いますね」
「えっ」
「よろしければ、あたしのことは勇者専属の歌姫ということにしていただけませんか? あなたの英雄譚を、あなたの一番側で歌いたく存じます」
言いながら、ローレライは俺にべったりと寄り添ってきた。
「い、いや、その……」
これだけ密着されると、さすがに意識してしまう――。
「ち、ちょっと待て! いきなり出てきて、何を馴れ馴れしくしている!」
レナが割って入った。
なぜか焦ったような顔だ。
「ジルダはバレルオーグが誇る勇者だぞ! 貴様一人が独占していいわけがなかろう! 私が独占するならともかく――」
ん? 最後はどういう意味だ?
「あら、ヤキモチですか、姫騎士様」
「だ、だだだだだだ誰がヤキモチか!」
からかうようなローレライの口調にレナの顔は真っ赤になった。
「と、とにかく勇者専属など許さん!」
「独占欲の強い姫騎士様ですわね」
「独占欲というか、その……」
「ふふ、でもその態度は可愛らしいので、姫騎士様に免じて専属は諦めますわ」
ローレライが微笑んだ。
「来たるべき戦いに備えて、あたしも歌の力を磨くこととします――では」
言って、去っていくローレライ。
「まったく……」
レナはまだ憤然としている。
――と、壇上にふたたび呼ばれたローレライが会場の出席者に向けて歌いだした。
「むっ!?」
さすがにレナやマルグリットは身構えている。
ただ、俺は――素直に聞きほれていた。
うん、やっぱり綺麗な歌だ。
今回は会場の人間を眠らせるようなことはなく、戦意を鼓舞し、同時に見る者の気持ちを安らげるような――そんな歌だった。
この歌が戦場に響き渡れば、きっと俺たちは無敵だ。
そう思えるような、魔王軍と戦う人間すべてに送る応援歌のようだった――。
..25 【カウンター】解析実験(マルグリット視点)
王城内の作戦会議室は緊張感に包まれていた。
魔王軍との最終決戦を約三週間後に控え、騎士団や魔法師団の主だった役職の人間と重臣たちが集まっている。
学生でありながら『天才』の名をほしいままにしている彼女――マルグリット・ヴァ―ラインも、その一人だった。
「――以上が、現状で予測される魔王軍の戦力です。各自、対策案をお願いします」
議事進行を務める内務大臣が言った。
「今回の戦力の要は勇者だ。だが、彼を孤立させないよう、我が騎士団は前衛での新たな防御陣形の訓練に取り組んでいる。勇者ジルダをサポートし、彼の負担を軽減できるように」
騎士団長のレナが凛とした声で言った。
最近の彼女は以前にも増して溌剌としている。
精神的に何かあったのか、力がみなぎっているようだ。
「ありがたいよ、レナ」
勇者ジルダが微笑む。
「私は貴様の力になると決めたからな。騎士としてもそうだし、騎士団長としても――」
「私は、勇者の力の全貌を把握するべきだと思う」
マルグリットは二人の会話に割り込んだ。
「全貌を把握?」
レナが怪訝そうに眉根を寄せた。
「ジルダの【カウンター】は既に無敵だろう。スキルテストをする暇があったら、彼のスキルを利用した戦術を磨いた方がいい」
「私は、そうは思わない」
マルグリットが真っ向から対立する。
「無敵のスキルなどというものが存在するとは思えない。どんな力にも、必ず弱点があり、攻略法もある――ゆえに、彼のスキルを徹底的に調べる必要があると思うわ」
「【カウンター】に弱点や攻略法……? 私はそうは思えんが」
「どんな原理で発動して、どんな原理で攻撃を跳ね返すのか。跳ね返せる種類の攻撃は何か。跳ね返せない攻撃は存在するのか。スキル使用時の隙やリスクなどがあるのか。それらを一つ一つ解析し、弱点を徹底的につぶしていく――魔王は、そう甘い相手ではないのでしょう?」
「確かに……俺も自分のスキルのことを全部把握しているわけじゃないからな」
と、ジルダが言った。
「この際、最終決戦までにスキルをキチンと把握しておくのもアリかもしれない」
「むう……貴様がそう言うなら」
と、矛を収めるレナ。
「だから実験が必要なのよ。私とあなた、二人っきりで。たっぷり。じっくり。一夜を共にしましょう」
「ち、ち、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
マルグリットがジルダに告げると、レナが絶叫した。
「二人っきりだと!? 一夜を共にするだと!」
「一夜では足りないでしょうね。二晩でも三晩でも……」
「お、おのれ、破廉恥な!」
「い、いや、ちょっと待って、そういう意味じゃないし。マルグリットも誤解を招きそうな言葉をチョイスするのはやめよう」
「?」
レナもジルダも何を言っているのだろうか?
連日夜通しでスキルテストをしなければ、とても解明できないかもしれない。
ジルダの【カウンター】はそれほどまでに謎が多く、同時に彼女の知的好奇心をそそる代物だ。
「ジルダに変な真似をするなよ。いいな? 絶対だぞ!」
レナはまだ鼻息が荒い。
「ああ、そういうこと」
マルグリットはようやく合点がいった。
「あなたの気持ち……ずばり恋ね」
「はわわわわ……ち、違うぞ! 私は別に……その、あのっ……」
レナがたちまち顔を赤くして混乱する。
「いや、レナが俺に恋してるわけないだろ。マルグリットも変な冗談いうなよ」
ジルダが苦笑する。
「そう? でも、レナの態度は明らかに――」
「ちがーう! 違うからっ! それ以上言わないでぇぇぇぇっ!」
マルグリットが追及すると、レナはさらに絶叫したのだった。
会議が終わり、マルグリットはジルダとともに魔法学院の演習塔までやって来た。
この最上部にある研究施設を使い、彼のスキルの解明を行う予定だった。
間違いなく泊まり込みの研究になるから、食料や寝袋なども持参している。
ちょっとした旅行気分で、我知らずワクワクしている自分がいた。
「では、始めましょうか」
「俺は普通に【カウンター】を使えばいいのか?」
「ええ。まず私が各属性の攻撃魔法を撃っていくから、あなたは【カウンター】でそれを跳ね返してほしいの」
マルグリットはジルダに説明した。
「あなたが攻撃魔法を反射する際、この部屋の魔力の各種変化などが魔導機器に記録されるようにしてあるわ。これを解析することで、あなたの【カウンター】の仕組みを解き明かせるかもしれない」
「俺の【カウンター】って……要は超すごいスキルって認識なんだけど」
ジルダが言った。
「それ以外に何か秘密があるのか?」
「それは分からないわ」
マルグリットが答えた。
「単純に異常なまでにハイレベルなスキルというだけなのか、それとも――」
「それとも?」
「『それ以上』の何かなのか」
マルグリットは目を爛々とさせてジルダを見つめた。
「ち、ちょっと顔近くないか?」
「あ、ごめんなさい。知的探求心が抑えきれなくて」
マルグリットはクスリと笑ってジルダから離れた。
「そろそろ始めましょうか。人体実験……じゃなかった、スキルテストを」
「……今、明らかに人体実験って言ったぞ」
「うふふふ」
マルグリットは優雅に微笑み、さっそく呪文の詠唱を始めた。
実験、開始だ。
..26 ときめきと実験(マルグリット視点)
ごおうっ!
マルグリットは火属性の攻撃魔法【ファイアボール】を放った。
魔力出力は30%。
ジルダはこれを【カウンター】であっさり跳ね返す。
「なるほど、反射された魔力にはまったく減衰が見られないわね」
さらに50%や70%、100%の出力も試したが、やはり魔力の減衰は見られない。
「あなたの【カウンター】は魔法攻撃の威力をまったく減衰せず、跳ね返す。100の威力の攻撃なら、100の威力の反撃となって返ってくる。その攻撃の威力が高くても、低くても」
マルグリットが解説する。
「なるほど、スキルテストってここまで細かくやるものなんだな」
「ふふ、まだまだやるわよ」
彼女が微笑む。
「楽しそうだな、マルグリット」
ジルダが言った。
「こういう実験、好きなんだな? 理系女子って感じだ」
「リケイ? よく分からない」
「ああ、こっちじゃそういう言葉はないのか」
ジルダはまた分からない言葉を言った。
「とりあえず単一属性攻撃に対する反射実験は終わり。次は複合属性魔法を試すわ。休みたければ、いったん休息を取りましょう」
「いや、俺は疲れてないよ。マルグリットこそ大丈夫なのか? 魔法を連発しただろ」
「私も疲れてないわ」
と、マルグリット。
「……気遣ってくれてありがとう」
「ん? そんなの、当たり前だろ」
ジルダが微笑む。
優しい笑顔だった。
その後、ときどき休息を挟みつつ、半日にわたる実験を行った。
「ふう……さすがに魔力が尽きてきたわね」
マルグリットが息をつく。
実験は基本的に彼女が攻撃魔法を放ち、ジルダがそれを跳ね返す――という形式がほとんどのため、半日の間、攻撃魔法を使いっぱなしだった。
学園でもトップクラスの魔力量を誇る彼女だが、さすがにこれだけ魔法を使うと疲労感がすさまじい。
「大丈夫か、マルグリット?」
ジルダが声をかけた。
「ええ、興味深い時間を過ごすことができたわ。あなたは疲れてないの?」
「俺はなんともないよ。スキルを使っても、多少の集中力は消耗するけど、そこまでじゃないし……」
と、ジルダ。
「少し休憩を取ったら、また続きをしましょう」
「えっ、まだやるのか!?」
マルグリットが提案すると、ジルダは驚いたようだ。
「疲れてないんでしょう? まだ実験を続けられるわ」
「いや、俺はそうだけど……マルグリット、本当に平気なのか?」
ジルダが彼女を気遣うように言った。
「さすがに心配だぞ」
「……優しいのね」
「普通だよ」
ジルダが微笑む。
さりげないが、ことあるごとに優しさを見せてくれる彼――。
そんな彼を見ていると、自分の中に不思議な感情が湧き上がってくる。
「……あなたのスキルデータとは別に、不可解な現象が観測されているわ」
「不可解な現象?」
「ええ。あなたとこうして話していると、私の心拍数と体温が上昇する。魔力の消耗や高ぶりとは相関性がないの……謎の現象ね」
「はは、やっぱり理系女子だ」
ジルダが爽やかに笑った。
そのとたん、
――どくん。
マルグリットの心音が鼓動を早める。
(この感じは……何?)
戸惑いが強まった。
ジルダを見ていると、胸がドキドキしてくる。
ただ不快感はない。
胸の中に広がる甘酸っぱい気持ちは、今までの人生で感じたことのない陶酔感を伴っていた。
..27 マルグリットの新術式(マルグリット視点)
結局、実験は夜通し行い、翌朝にいったんお開きとなった。
「今回計測できたデータをもとに、私なりに調べたいの。その結果を踏まえて、次の実験をしましょう」
「分かった。俺はその間、また騎士団の訓練場で自分を鍛えるよ」
「長い時間、協力してくれてありがとう」
マルグリットが礼を言うと、ジルダが右手を差し出した。
「俺の方こそ。スキルのことを色々調べてもらってありがたいよ。ありがとうな、マルグリット」
「……! わ、私は自分にできることをしているだけ」
彼女はジルダの手を握り返しながら、頬が熱くなるのを感じていた。
(どうしたんだろう、私……ジルダのこと、なんだか正視できない――)
昨日感じたのと同じ、胸が疼く感覚――。
マルグリットは戸惑いながら、ジルダと別れた。
マルグリットは山積みの魔導書に埋もれるようにして、文献を調べていた。
足りない。
まだ足りない。
知識が、足りない――。
旺盛な知識欲が彼女を突き動かしている。
その一方で、不安もまた今の彼女の原動力だった。
「魔王軍の使う魔法は、現代の魔法体系とは異なる未知のものが多い――とあるわ。いくら私たちの側に最強クラスの魔術師たちが結集しても、一筋縄でいく相手じゃない……」
そう、天才と呼ばれるマルグリット・ヴァーラインを持ってしても。
魔王軍はおそるべき敵だ。
だからこそ、魔法のさらなる深淵を極めたい。
同時に、切り札になるであろうジルダの【カウンター】について、より深い知識を得たいと思っていた。
そのジルダは今ごろ騎士団で――おそらくレナを相手に戦闘訓練をしていることだろう。
「レナ殿下と……」
あの絶世の美少女と彼が一緒に訓練しているシーンを思い浮かべると、なぜか胸の奥がざわめいた。
「この気持ちは、何……?」
未知の感情だ。
焦りとも不安ともつかない、不思議な感情。
「……と、書物に集中しなきゃ」
マルグリットは慌てて意識を目の前の魔導書に戻した。
三日後、マルグリットはジルダと一緒に研究棟の最上階にいた。
先日、二人で実験をした場所だ。
「ここ数日で魔導書を調べた結果を報告するわ」
マルグリットがジルダと向かい合う。
わずか三日しか会っていなかったというのに、彼と再会したことで胸がときめいていた。
自分でも驚くほど気持ちが高揚している。
平たく言えば――『浮かれている』のだ。
(どうしたんだろう、私……なんなの、この感情は)
戸惑いつつも、マルグリットは頭を切り替え、ジルダに報告を行う。
「あなたの【カウンター】は、リアルタイムで攻撃を反射するわけじゃない。一瞬のタイムラグがある」
「ああ、そういえば微妙に『溜め時間』みたいなものがあるような感じが――まあ、ほんのちょっとだけど」
「そう、一秒にも満たない時間。その間に、あなたのスキルは受けた攻撃のエネルギーを一度取り込み、再放出している」
「うーん、それって単なる反射とは違うのか」
「ただ跳ね返すだけなのと、吸収して再放出するのは、似たような現象でもやっぱり違うわ」
マルグリットは言いながら、言葉に熱を込める。
「それを利用して、魔術師との連係攻撃が可能よ」
「連係攻撃……?」
「具体的には――そうね、実際に試してみましょうか」
ごうっ……!
マルグリットが杖を構え、全身から膨大な魔力を放出する。
「行くわよ、ジルダ。いつも通りに反射してみせて」
「いつも通りでいいのか?」
と、ジルダ。
「何か、普段と違うことを試そうとしてるみたいだけど――」
「ええ。だけど、あなたは普段通りでいいの。私がそれに合わせた術式を使うから」
言って、マルグリットは攻撃魔法を放った。
「【ライトニングジャベリン】!」
雷の槍を生み出す魔法だ。
大量の魔力を込めた雷の槍がジルダの直前で消滅する。
次の瞬間には、再放出されるはずだ――。
「【ディストーション】!」
その瞬間、マルグリットは二つ目の魔法を放った。
空間をわずかに歪曲させる魔法――。
それに合わせるようにジルダが先ほどの雷槍を反射する。
ただし、前方の空間が歪んでいるため、いつものようにまっすぐ跳ね返すのではなく、斜めの方向へと飛んでいく――。
「な、なんだよ、これ……!?」
「あなたの前方の空間を歪めることで、反射した攻撃を任意の方向に飛ばす――反射攻撃のバリエーションよ」
マルグリットが語った。
「単純に跳ね返すだけなら、相手にも読まれやすい。けれど、私の術式と組み合わせれば、予測不可能の方向に弾くことも可能よ」
「なるほど。反射攻撃の威力は変わらなくても、相手の予測を外すことで回避させなくするわけか」
「魔王軍は未知の術式を操る強敵ぞろいよ。だけど、私とあなたが力を合わせれば、もっと強くなれる――きっと勝てるはず」
「ああ、頼もしいよ、マルグリット」
ジルダが微笑む。
爽やかな笑顔に、心臓がとくんと鼓動を早めた。
「い、一緒にがんばりましょう」
マルグリットは頬が熱くなるのを自覚しながら告げる。
なぜか彼の顔を正視できなかった。
甘いときめきが彼女の胸の中で渦を巻いていた――。
..28 海洋連合国家からの使者
マルグリットとのスキルテストと新戦術開発から数日が経った。
魔王軍との最終決戦が近づく中、俺は戦闘訓練を続けていた。
その内容は――、
「うーん、やっぱり基礎体力が大事だよな。レナもそう言ってたし」
レナのアドバイスもあり、訓練場でひたすら走り込みと素振りを繰り返していたる
どんなに強力なスキルを持っていても、それを十全に発揮するには心身の強さが不可欠だ。
結局のところ、スキルを使うのは俺自身なんだからな。
サラリーマンだった前世の俺なら三日で音を上げていたであろう過酷なトレーニングも、今は不思議と心地よかった。
レナたちとの絆や平和な日常を守りたい。
魔王軍なんかに壊させやしない。
それらの感情が、俺に『もっと強くなりたい』と思わせる。
そうやって訓練の日々を過ごしていた、ある日の昼下がり。
「ジルダ様、至急、謁見の間にお越しください! ラズーレからの使者がお見えです!」
伝令の騎士が訓練場まで俺を呼びに来た。
海洋連合国家ラズーレ。
バレルオーグ王国の南、広大な『大碧海』の交易路一帯を支配する連合国家だ。
ここは特定の王を持たず、有力な商人たちの合議制で運営されている。
そのラズーレが俺に何の用だろう?
不思議に思いながら、俺は謁見の間にやって来た。
そこには国王やレナ、カミーラ副団長、マルグリットといった騎士団や魔法師団の面子に加え、異国情緒あふれる服装の一団がいた。
先頭に立っているのは、サイドテールにまとめた青い髪と緑色の瞳、褐色の肌が印象的な美少女だった。
年齢は十七、八歳くらいだろうか。
現代世界でいえばアラビア風に似たデザインの服を着ていて、それがエキゾチックな雰囲気の彼女によく似合っていた。
「おお、来たか、ジルダ。こちらがラズーレの使節団代表、ベロニカ・ウェイブロード嬢だ」
と、レナが彼女を紹介する。
「ごきげんよう、勇者様。わたくしがベロニカです。お噂はかねがね」
少女――ベロニカは優雅に一礼した。
「ジルダ・リアクトです。初めまして」
お噂はかねがね――か。
この国だけじゃなくて、遠く海洋連合国家にまで俺の名前って知れ渡っているのか。
まあ、大国バレルオーグが認定した『勇者』だしな。
本来ならゲームの主人公であるゼオルの称号を、今は俺が受け継いでいる。
ゲーム内では世界の運命をかけて大活躍した勇者ゼオル――。
その立場を負っていると考えれば、世界中に名前が知れ渡っていても不思議じゃない、か。
なんだか不思議な気分だった。
と、
「単刀直入に申し上げます、ジルダ様。あなたのそのお力を、わたくしたちにお貸しいただきたいのです」
ベロニカが話を切り出した。
――彼女の話によると、ここ最近ラズーレ近海で『赤き海魔』と名乗る武装海賊団が暴れまわり、交易路を脅かしているらしい。
彼らは強力な魔導兵器を所有していて、その圧倒的な火力の前にラズーレ海軍も手を焼いているのだという。
「そこで、あらゆる攻撃を跳ね返すという勇者様のお力で『赤き海魔』を蹴散らしていただきたいのです。もちろん、ラズーレからの正式な依頼として相応の報酬を用意させていただきました」
ベロニカがパチンと指を鳴らす。
「どうぞお収めください」
彼女の言葉とともに従者が進み出て、豪華な木箱を差し出した。
箱の中には大量の金貨と宝剣、宝珠が入っている。
「金貨30万枚に加え、S級の評価を得ている宝剣と魔法のオーブです」
ベロニカが説明すると謁見の間にどよめきが走った。
「なんと、豪勢な……」
「さすがはラズーレ、これほどの報酬を用意するとは……」
大臣たちがヒソヒソと話している。
この世界の金貨は、ゲーム内のゴールドとは別物らしく、俺も正確にはどれくらいの価値なのかがピンとこない。
ただ、信じられないくらいの大金だというのは分かった。
それに加えてS級の宝剣と魔法のオーブ、か。
報酬としては十分すぎるくらいだろう。
けれど、俺が戦う動機は他にある。
「それで……被害は?」
俺はベロニカを見つめた。
「被害総額は――」
「いや、それによって困っている人たちがどれくらいるのかを聞きたい」
俺は言い直した。
「困っている人を助けるのが勇者の仕事だからな」
..29 海洋国家の都へ
「被害は――連合国全域に及んでいます。彼らの火力は強大無比、しかも信じられないほど足の速い船を使い、まさに神出鬼没ですので……」
説明するベロニカの顔には苦悩の色があった。
「……分かった。引き受けるよ」
「即決だな……」
レナが呆れたような顔をした。
「ん? だって俺、勇者だし」
前世では特に目的もなく、流されるままに生きてきたし、今世だって半ば流されるままに、今の場所まで来た。
けれど、最近はよく考えるんだ。
俺にはこれだけの力がある。
なら、もっと目的をもって生きていきたい、って。
何の取り柄もない、何者でもなかった前世の俺と違って――今の俺は勇者ジルダなんだから。
大勢の人が俺に期待しているなら、俺もそれに応えてみたい。
そんな気持ちが最近強くなってきているんだ。
そして、もう一つ――。
「いずれは魔王と戦うんだ。なら、これくらいの問題は楽勝で解決できるくらいじゃなきゃ駄目かな、って思うんだ」
「ふん、一理ある」
レナがニヤリと笑った。
「私は、そっちの考え方の方が好きだな。いいだろう、私も同行しよう」
「えっ、でもレナはお姫様だろ。そんな軽々しく出向いても大丈夫か?」
「今、貴様が言ったではないか。これくらい、楽勝で解決できなくてどうする」
と、レナ。
「それに国家の一大事なら、なおさら王女である私が一緒の方がよかろう」
「まあ、そうかも……」
「私も行くわ」
と、マルグリット。
「海賊団が使うという超強力な魔導兵器……興味があるの」
「……研究目的じゃなくて、あくまでも戦闘任務だからな」
「ええ、戦闘で打ち倒して、その後に研究すればいいんでしょう?」
マルグリットはしれっとした顔で微笑んだ。
俺たちはバレルオーグの港から船で数時間ほどの海路を進み、ラズーレの首都、ポーラベルに到着した。
南国特有のカラッとした乾いた空気。
どこまでも続く青い海と空、そして潮の香り。
なんだかリゾート地に来たような気分だ。
まあ、実際にこの辺はリゾート地なんだけど。
街の中に入ると、厳格な雰囲気のあるバレルオーグとは対照的な、自由で開放的な活気が街の隅々まであふれていた。
ベロニカは俺たちを巨大な商館に案内した。
「ようこそ、海洋国家最大の都ポーラベルへ。皆さまには、海賊団が現れるまで、こちらでゆっくりお過ごしいただければ、と」
彼女が用意してくれたのは、高級ホテルさながらの豪華な部屋だった。
「それで、海賊はいつごろ現れそうなんだ?」
俺はベロニカにたずねた。
「彼らは神出鬼没……正確な出現予測は難しいのですが、そろそろ次の商船団が出港するころです。彼らはそれを狙って現れるかもしれません」
「……なるほど」
「私たちもその船に乗り込んでも構わないか、ベロニカ嬢」
と、レナが言った。
「船の上でそいつらを迎撃する」
「けど、奴らって海戦はお手の物だろう?」
「だが、陸の上で待っていても、彼らは現れないだろう」
「それはそうだけど……」
だから作戦を立てるべきじゃないのか、と俺は思った。
「私たちがそろえば、海賊団なんて敵じゃない」
マルグリットが言った。
「例のアレもあるし――私もレナ殿下の意見に賛成」
「こっちから積極的に打って出る、か」
俺はうなった。
「――うん、分かった。じゃあ、行くか」
今回は海戦だ――。
..30 俺が進む道は
出港は数時間後だと聞かされた。
それまでの間、俺たちはベロニカが用意してくれた豪華な商館の一室で待機することになった。
海に出れば、おそらく海賊団との決戦になる――。
それまで特にすることがないので、俺は窓からポーラベルの街並みを眺めていた。
活気のある街並みと異国情緒は、旅行気分を高めてくれる。
魔王との戦いが終わったら、もう一度ここに来てみようかな。
ふと、そんなことを思った。
今度は勇者としての仕事じゃなく、純粋にリゾート地への旅行として。
うん、悪くないかもしれない。
前世は旅行なんてする暇もなかったからな……。
と、
「どうした、ジルダ。楽しそうな顔をして」
レナが近づいてきた。
「ん? いや、いつかここにもう一度来たいな、って」
俺はレナに言った。
「今度は旅行で」
「旅行か……いいじゃないか」
レナが微笑んだ。
「そのためにも、海賊団を倒してここを平和にしなきゃ、な」
「……少し変わったな、ジルダ」
レナが俺を見つめた。
「? そうかな?」
「以前は、そんなふうに積極的に戦う感じじゃなかっただろう?」
と、レナ。
「どちらかというと余計な戦いを避けているように思えた。私と初めて戦ったときも単なる訓練だったし、マルグリットとの戦いだってそうだ」
「まあ……そうかもな。昔は自分が生き残ることが最優先で……そのための力を欲していたんだ。だから訓練ばっかりしていた」
俺はレナに言った。
「だけど、そうして生き残れる目途が経って……あらためて思ったんだ。これから先、俺は何をやるべきなのかな、って」
そう、俺はとりあえずの死亡ルートを回避した。
じゃあ、その後は?
俺は何をするべきなのか。
何をしたいのか。
そして、どうなりたいのか――。
「勇者なんて呼ばれるのは、まだ慣れないし、俺にその資格があるのかどうかも分からない。ただ、たくさんの人を守るために戦うっていうのは、すごく充実感があるんだ」
前世では、感じたことのない気持ちだった。
自分の力で道を切り開いていく。
誰かの期待に応えたいと思う。
自分の中にそんな気持ちが眠っていたなんて、意外だった。
でも、そんな今の自分を――俺は前世の自分よりも好きになっていた。
「俺は、今の俺でいたいし、今の俺で在り続けたい。それが今の俺のやりたいこと……かな」
「――そうか」
レナはうなずき、微笑んだ。
いつも凛として厳しい雰囲気の彼女にしては珍しい、優しい笑顔だった。
と、
「ジルダ、レナ殿下。そろそろ出港の時刻だそうよ」
マルグリットがやって来た。
「行くか」
「ああ」
俺とレナは顔を見合わせ、うなずき合った。
俺が俺で在るための――新たな戦いの始まりだ。
ベロニカが用意してくれたのは、最新鋭の商船だった。
動力部に最新の魔導機関が積まれており、また武装も充実していて、この辺りでは最高の戦闘能力を誇る船だという。
海賊団との決戦に備えて整備してあった、とっておきの一隻だ。
「今回、わたくしも乗り込みます。あなたがたにこの船と――わたくしの命運も託します」
「分かった」
うなずく俺。
「勇者様に……そして、わたくしたち全員に海神のご加護があらんことを」
ベロニカが微笑む。
さあ、今回は海で決戦だ――。
【読んでくださった方へのお願い】
日間ランキングに入るためには初動の★の入り方が非常に重要になります……! そのため、面白かった、続きが読みたい、と感じた方はブックマークや★で応援いただけると嬉しいです……!
ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある
☆☆☆☆☆をポチっと押すことで
★★★★★になり評価されます!
未評価の方もお気軽に、ぜひよろしくお願いします~!