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11~20

..11 暗殺者たちの世界(ルシア視点)




 SIDE ルシア


 そこは暗い路地裏だった。


 周囲の建物の屋根が重ねり、昼間でも夜のような闇に包まれている。


 その闇の中に二つのシルエットが浮かび上がる。


 並の人間なら気配すら感じ取れず、突然二人が現れたように思えるだろう。


 だが彼女――ルシアの暗殺者としての鋭敏な感覚は、最初から二人の存在を感知していた。


「暗殺をしくじったんだってな、ルシア」

「組織でナンバーワンのあんたでも失敗するんだ? いい気味」


 ルシアと同じ暗殺組織に所属する二人が、そろって笑う。


 巨漢の獣人武闘家、ヴォルフ。


 毒使いの美女、ピリル。


 いずれも組織ではトップクラスの暗殺者である。


「失敗したわけじゃない」


 ルシアは二人をにらんだ。


 猫耳をピコンと揺らしながら続ける。


「ただ、一筋縄ではいかない相手だからね。今は対象を観察し、研究している最中ってだけ。いずれ――殺す」

「どうだか? 噂じゃ、そのジルダって奴と仲良くなってるって聞いたぜ?」

「もしかして、暗殺者ルシアともあろう者が相手に惚れちゃったぁ? あはは」


 嘲笑する二人。


 ルシアは無言でナイフを抜いた。


「……!」


 二人の顔がこわばる。


「あたしは暗殺者だ。ターゲットは殺す。確実に。絶対に」


 それが彼女のプロ意識であり、誇りだった。


「疑うなら――それはあたしの誇りを汚すことと同義よ。その代償はあんたたちの命で払うことになる」

「お、おいおい、冗談だって」

「そう、怒らないでよ。ねえ?」


 二人はジリジリと後ずさる。


 次の瞬間、


 どんっ!


 ノーモーションでヴォルフが突進してきた。


 完全に予測不能のタイミングで間合いを詰め、丸太のような腕で拳を繰り出す。


 ヴォルフの必殺パターンだ。


「――バレバレだよ」


 ルシアは猫獣人に特有のしなやかなバネを利用し、こちらもノーモーションで跳び上がった。


 最小限の動きでヴォルフのパンチを避け、そのまま背後に回り込む――。


「させないわよぉ!」


 視界に赤い霧が広がった。


 毒使いピリルの毒霧だ。


「だからバレバレ」


 ルシアは懐から煙玉を取り出し、地面にたたきつける。


 広がる煙と風圧が、毒霧を吹き散らし、ピリルの方へと押しやる。


 ばしゅっ!


 ほぼ同時に彼女の放った二本の毒針が、その煙に紛れてヴォルフとピリルに突き刺さる。


 すべてがあまりにも鮮やかで、まったく無駄がない芸術品のように完成された動きだった。


 相手が一手打つ間に、こちらは二手も三手も打ち、手数と速度で圧倒する――。


 これこそが暗殺者ルシアの真骨頂だ。


「ぐっ……」


 二人は地面に倒れ、痙攣していた。


「まったく……あたしに挑むのは十年早いね。ほら解毒剤」


 ルシアは二人の側にそれぞれ錠剤を置いた。


「そいつを飲めば、数時間で動けるようになる」

「……ってことは、数時間はこのままってことじゃねーか」

「すぐに効くやつ出してよ!」


 抗議する二人。


「だーめ。あたしの誇りを傷つけた報いよ」


 ルシアはフンと鼻を鳴らした。


「わ、悪かったって! お前の実力はよく分かった」

「伊達にあんたがナンバーワンじゃないよね。だから許してぇ」

「……そのまま反省してなさい」


 言って、ルシアは去っていく。


 組織のトップクラスの暗殺者たちでさえ、彼女の前には赤子も同然だ。


 なのに、彼は――。


「ジルダって、やっぱりすごいんだな……」


 二手三手先を読み、手数と速度で圧倒する――そんなルシアの暗殺術でさえ、彼にはすべて跳ね返され、完封されてしまった。


 だが、ルシアは諦めない。


 暗殺者としての誇りに懸けて、彼を必ず仕留める。


「さーて、今日はどんな作戦でいくかな……」


 彼に会うために、ルシアは歩き出した。




..12 最強騎士団の挑戦




 ルシアは最初こそ本気で命を狙ってきていたけど、毎回【カウンタ―】で返り討ちにしていた結果、『暗殺するために俺を研究する』という名目で俺に付きまとうようになった。


 で、それから一週間――。


「……なあ。お前って、もう俺を暗殺する気ないだろ」


 俺の隣を歩くルシアは、最初に出会ったときとは全然違うにこやかな笑顔だった。


 っていうか、ここは王立騎士団の訓練場なんだが、なんで一緒についてくるんだよ。


「あたし、見習いの騎士として仮入団したから。一緒に訓練しよ?」


 ルシアはニコニコ笑顔で言った。


「そして、お前の動きの癖をすべて見切り、必ず暗殺するのさ……ふふふ」

「ニコニコ笑顔のまま物騒なこと言うなよ」

「だって殺し甲斐があるんだもん。えへ♪」

「可愛い女の子っぽいノリにしても可愛くないからな」


 台詞が殺伐としすぎている。


「ほら、行こう行こう」


 そんなツッコミなどどこ吹く風で、ルシアは俺の手を引いた。


 最近は――彼女と一緒に訓練することが増えた。


 まあ、彼女の動きが騎士のそれとは全然違う。


 ノーモーションから繰り出される高速攻撃は予測不可能。


 いくら俺に【神速反応】があるとはいえ、俺自身の戦闘能力も上げておくに越したことはない。


 今後、どんな敵と相対するかは分からない。


 なにせ、ここはゲームの世界だからな。


 本編シナリオ通りの流れなら、いずれはゲームに登場した敵――【魔王ルーデル】とその軍勢が攻めてくるはずなんだ。


 その時、俺も戦場に立つことになるだろう。


「何をボーッとしてるの? 隙を見せたら殺しちゃうぞ?」

「さらっと殺伐な台詞言うのやめてくれる?」

「ふふっ♪」


 猫耳を揺らしてクスリと笑うルシアを、最近は可愛いと思い始めていて……いやいや、相手は暗殺者だぞ!? と正気に返ることも増えてきた。


 なんだか妙な関係になっちゃったなぁ……。




 そうこうしているうちに訓練場に到着する。


 と、


「お前か! レナ殿下を始め、名だたる猛者に勝ったという中級騎士ジルダというのは!」


 一人の騎士が近づいてきた。


 胸元に輝く青い紋章――。


 王立騎士団の中でも最強を誇る【波濤(はとう)騎士団】の一員である証だ。


 確か……しばらく遠征に出ていて、最近帰ってきたんだっけ。


 だから、俺のことは噂でしか知らないってことか?


「お前のような奴がレナ殿下に勝つとは信じられん」


 彼は俺をジロジロと見ている。


 うさんくさい者を見るような目で。


「何か小細工をしたのではあるまいな?」

「あー……またその手の疑惑か」


 しょせん俺はカマセの悪役剣士だからな。


 どうしたって、外見は強そうな雰囲気を持ってないし、これまでの戦績を疑われてしまうのは仕方がないことかもしれない。


「俺の剣で噂の真偽を確かめてやろう」


 と、いきなり剣を抜く青年剣士。


「【波濤騎士団】で最速の剣を誇る、このフレイディスがな!」


 あ、なんか聞いたことがあるな、その名前。


 確かSRあたりのキャラにいたような――。


 まあ、キャラクターが多いゲームだから、URやSSRはともかく、SR以下だと全員覚えてないんだよな。


 SRならそこそこは強いってことだろうけど――。




 ぱきん。


 俺の【カウンター】を食らい、フレイディスの剣が砕け散った。


「な、何っ!?」

「ただ相手を吹っ飛ばすだけじゃない。【カウンター】によって反射する力を『どこに食らわせるか』を選択することで、相手の武器破壊をすることだってできる」


 俺は淡々と説明した。


「……うん、最近試してる戦法だけど上手くいった」

「ば、馬鹿な――この俺が」


 フレイディスはその場にガックリと崩れ落ちた。


「完全に負けた……」

「ならば、次は私の番だ!」


 と、進み出たのは、涼し気な顔立ちをした青年騎士。


「私は【波濤騎士団】随一の魔法剣士メロドーガ! 魔法と剣のコンビネーションは無敵を誇る! さあ、勝負!」

「お、おう……」


 でも最強剣士のレナも最強魔術師のマルグリットも完封してるんだけどな、俺……。


「くらえ、【水流斬】!」


 刀身に渦巻く水をまとい、斬りかかってくるメロドーガ。


「はい【カウンタ―】」


 水を跳ね返し、剣を砕き、そのままメロドーガを吹っ飛ばす俺。


「剣も魔法も使えるのはすごいけど、俺はその剣でも魔法でもお前より強い奴に勝ってるからな……」

「うぐぐ……」


 メロドーガは悔しげな顔のまま起き上がれないようだ。




 ――そして、さらに。


「ワシは【波濤騎士団】最強のパワーを誇るホッジ! このワシのパワーですべてを打ち砕く!」

「はい、【カウンタ―】」


 だんだん面倒になってきたので、扱いも雑になってしまう。


 当然のように吹き飛ばされ、ホッジにも完勝したのだった。


 ――で、その後に挑みかかってきた【波濤騎士団】の騎士たち(全部で二十人くらいいた)を全員吹っ飛ばしたところで、それ以上は誰も挑んでこなくなった。


 そして王都には新たな伝説が生まれた。


 最強の【波濤騎士団】をたった一人で完封した男がいる――と。


..13 勇者ゼオルは最強を求める(ゼオル視点)



 SIDE ゼオル


 王都へと続く街道を、一頭の馬が駆けていく。


 騎乗しているのは、王立騎士団の制服をまとった金髪の美しい少年だった。


 ゼオル・ガルシオン。


 騎士団に入団してわずか半年で、王国最強の騎士であるレナ王女と双璧と言われるようになった天才騎士であり――。




『勇者』と呼ばれる十七歳の少年だ。




 ゼオルは数日間の偵察任務を終え、王都に戻るところだった。


「ようやく終わりか。報告書を書くのは面倒だが、王都に戻れば美味いメシが食える――」


 安堵感と喜びが大きくなっていく。


「――ん?」


 そのとき地平線の先で、細く立ち上る黒煙に気づいた。


 しかも、血の匂いもわずかに漂ってくる。


 ゼオルは馬を急がせ、煙と血の匂いの出所までやって来た。


 小さな農村だ。


 村の奥から断続的に人々の悲鳴や獣の雄たけびが聞こえてくる。


「村がモンスターに襲われている!」


 ゼオルは馬を降りて村の中に走った。


 十数体の黒い狼型のモンスター……【ブラックウルフ】が村人たちを襲っている。


「やめろ!」


 ゼオルは剣を抜いた。


 勇者のみが扱えるという聖剣【ルーンゼア】。


 この世界に数本しかない聖剣の中でも最高峰に位置する、ゼオル専用の武器だ。


 魔力の輝きをまとい黄金に輝く聖剣を手に、ゼオルは【ブラックウルフ】の群れに突っこんでいった。


 があっ!


【ブラックウルフ】たちは即座に散開する。


 ゼオルの実力を一瞬で悟ったのか、警戒するような陣形だ。


【ブラックウルフ】はモンスターの中でも上位のスピードを誇り、スキルを使ったときは亜音速で動くことができる強敵だ。


「――【縮地】」


 が、ゼオルがスキルを使ったときの速度は、それすら置き去りにする。


 ざんっ! ざんっ! ざんっ!


 戦闘時間、わずか3秒。


 ゼオルが駆け抜けた直後、すべての【ブラックウルフ】が両断されて地面に転がった。


「す、すごい……!」

「あの騎士様、たった一人で魔獣の群れを……」

「あのキラキラ光る剣って、もしかして聖剣……?」

「じゃあ、あの方が勇者様――」


 村人たちがゼオルを見て、驚いた顔をしていた。


 彼らを救えてよかったという気持ちが湧き上がる。


 同時に自分が称えられていることで、胸がすくような気持ちもあった。


 勇者として活躍すればするほど、『もっと称えられたい』という気持ちが大きくなる。


 やはり、褒められるのは気分がいいものだ。


 かつては何も持たない平民の少年に過ぎなかったゼオルにとって、勇者として選ばれてからの日々は、まるで夢のようだった。




 ――村を襲う【ブラックウルフ】は他にも十体ほどいたため、ゼオルはそれらすべてを狩り尽くした。


 強敵モンスターといえど、彼の【縮地】と聖剣の前にはしょせん敵ではない。


「勇者様、ありがとうございました」


 老人の村長がやって来て、ゼオルに深々と頭を下げた。


「すべての村人を救うことはできませんでしたが、命が助かった方々がいるのは何よりです」


 ゼオルの顔に笑みはない。


 ここに到着したときに、すでに殺されていた村人が少なからずいたからだ。


 自分がもう少し早く来ていれば――。

 戦いぶりを褒められた高揚感も、その後悔の前に色褪せていく。

 と、


「お兄ちゃん、さっきはありがとう……」


 先ほど【ブラックウルフ】の群れから助けた一人が近づいてきた。


 まだ小さな少女である。


「気にするな。俺は勇者として当然のことをしたまでだ」

「……でも、お父さんもお母さんも……うっ……」


 こらえきれずに泣き始める少女。


「……そうか」


 ゼオルの心に痛みが走った。


「今はゆっくり休むんだ。ご両親はきっと天国から君を見守ってくれる……」


 言いながら、どうしようもない無力感が湧き上がってきた。


 もっと大勢の人を救いたい。

 もっと力が欲しい――。


 と、そのときだった。


 ずううううんっ。


 地響きが、響く。


「なんだ……!?」


 ゼオルは眉根を寄せて、周囲を見回した。


 村の外に巨大なシルエットが見えた。


 先ほどの【ブラックウルフ】を何倍も巨大にしたような狼型のモンスターだ。


 しかもその頭部は二つあった。


【ツインギガウルフ】。


 S級に位置する最強クラスのモンスターである。


 その戦闘能力は魔界の魔獣にも匹敵するという。


「あんなものが辺境に現れるとは――」


 ゼオルの表情が険しくなった。


 最近、モンスターの活動が急激に活発になっている。


 それはやはり――『邪悪なるもの』がこの世界に近づいている影響なのだろうか。


 そう、伝説にある魔王ルーデルの軍勢が。


「……いや、今は考察しているときじゃない」


 ゼオルは聖剣を抜いた。


「俺が奴を倒してきます。みんなは安全な場所に隠れて!」


 と、周囲の村人たちに叫ぶ。


「勇者様……」


 少女が彼を見つめていた。


「大丈夫。俺が君たちを守る」


 ゼオルは微笑んだ。


「もうこれ以上、誰一人傷つけさせやしない」


 ゼオルは村の外まで駆け抜け、【ツインギガウルフ】と対峙した。


 さすがに大きい。


 全長は10メートルを超えているだろう。


 だが相手がどれほど強かろうと、彼に不安も恐怖もない。


 己の力には絶対の自信がある。


 王国最強の姫騎士レナにだって、俺は負けない――。




 ゼオルは一瞬にして【ツインギガウルフ】を討伐した。


 戦闘時間、わずか10秒。


 村を救った勇者ゼオルはふたたび王都に向かう。


 その道中、一つの噂を耳にした。


 あの姫騎士レナが、ただの中級騎士に敗北したという。


 それも一度ではなく、何度となく。


「許せない……レナ殿下に勝つのは、俺のはずだったのに」


 初めて出会ったときから、強く凛々しく美しい姫騎士に憧れていた。


 恋を、していた。


 だが彼女の眼中に自分はいない。


 だから認めさせたかった。


 レナよりも強くなって。


 なのに、その目標は横手から奪われてしまった。


「レナ殿下より強い騎士がいるだと――」


 ゼオルは悔しさを噛みしめながら、王都に向かっていた。


 レナ殿下に強さを認めてもらうのは、自分の役目だ。


 許せない。


 そんな騎士がいるなら、俺が苦も無く叩きのめしてやる。


 その噂の騎士は――。


 ジルダ・リアクトという名前らしかった。


..14 原作主人公:勇者ゼオルとの対峙




 そして――ついに、そのときが来た。


 王都全体に広がる『ジルダ・リアクト最強伝説』――。


 その噂はついにゲーム本編の主人公の耳に届いたようだ。


 ざわ……ざわ……。


 ざわ……ざわ……。


 訓練場の騎士たちがざわめく中、その人物が歩いてきた。


「お前は……」


 俺は、息を飲んだ。


 体が自然と震え出す。


 とうとう、この日が来たんだ。


 転生してからずっと、この日が訪れることを覚悟し、身構えていた。


「お前が噂のジルダ・リアクトだな」


 金髪碧眼、端正な顔立ちをした少年騎士が問いかける。


 年齢は十七歳。


 まだ年若いが、レナに並ぶ王国最強の天才剣士だ。


 そして、その資質がレナをも凌ぐと言われている。


 実際彼は騎士団に入ってから、わずか半年。


 その半年でレナと比肩するだけの名声を手に入れたのだ。


 そして、あと一、二年のうちには彼女をも追い抜くであろうと噂されていた。


「ゼオル・ガルシオン――」


 ゲーム本編の主人公である勇者ゼオルが、俺の目の前に立っていた。


 そう、これは本編の時間軸通りの出会いだ。


 本編において、ゼオルは辺境の村の少年として登場し、最初は村の近辺で冒険を繰り広げる。


 モンスター討伐や盗賊退治など――やがて、少しずつ彼の名声は広がっていき、王立騎士団にスカウトされる。


 そこでもいくつかの事件を経て、彼はレナに並ぶ最強騎士として名を挙げていき、入団半年でカマセ役の悪役騎士と出会う。


 そう、それが俺――ジルダ・リアクトだ。


 ジルダは半年で上級騎士にまで上り詰めたゼオルのことをよく思っておらず、ささいなことから因縁をつけて模擬戦を申し込む。


 で、模擬戦といいながら、こっそり本物の剣を装備し、事故に見せかけてゼオルを殺そうとするのだ。


 ただ、結果的に返り討ちにあい、ゼオルの剣はジルダを一刀のもとに斬り捨て、殺してしまう。


 正当防衛ということでゼオルに罪は認められず、むしろ騙し討ちにあいながら冷静で的確な対処をしたということで、さらに名を挙げる――。


 というのが、ゼオル対ジルダの大まかな流れだ。


 ゲーム通りの流れなら、俺はゼオルに殺される。


 俺は彼に因縁をつけるつもりもなければ、模擬戦を申し込むつもりもないんだけど――、


「あのレナ様にも勝ったとか……彼女は俺が倒すはずだったのに」


 と、ゼオルは悔しげだ。


「彼女を倒して、『ゼオル様ってお強いのね♥』と言わせて一目惚れさせ、そのまま結婚して将来はこの国の王になる計画だったのに……それをお前がぶち壊した!」


 意外と打算と野心まみれだぞ、こいつ!


 ゲームだとプレイヤーが彼を操作するし、こんな描かれ方はしなかったが……この世界のゼオルって、けっこうゲスかもしれない。


「許せないんだよ、お前……今から模擬戦をやる。レナ様もご覧になるはずだ。そこで俺がお前より強く、魅力的な男だとアピールするのだ!」


 ゼオルが宣言した。


 というか、こんな大勢が見ている前で、自分の野心とか口走ってもいいのか?


 問題にならないのか?


 俺はむしろ彼のことが心配になってしまった。


「……あいかわらずだな、ゼオルは」

「……入団した時からレナ殿下に一途だったからな」

「……まあ、殿下はまるで相手にしていなかったが」


 と、周囲の騎士が苦笑している。


 なるほど、彼のこういう態度は公認状態なのか。


「さあ、いくぞ! 俺との模擬戦――まさか逃げないよな、ジルダ」


 ゼオルが挑発してくる。


 うーん……ゲーム本編と細かいところは違うものの、結果的に彼と模擬戦をすることになりそうだぞ。


 断ることもできるけど……そうなると、もっと別のシチュエーションが彼と戦うことになるかもしれない。


 いや、ゼオルのレナへの執着を見ると、下手したら闇討ちされかねない。


 いくら俺が無敵の【カウンタ―】をもっているとはいえ、相手は主人公だ。


 なんらかの補正が働いて、俺のスキルが破られるというケースがないとは言い切れない。


 なら、正面から戦える模擬戦というシチュエーションが最善だろう。


 よし、決めたぞ。


 俺は腹をくくった。


「受けてやるよ、ゼオル」


 俺は『主人公』をまっすぐに見据えた。


 いよいよ、俺の死亡ルートと真っ向から向き合う時がきたんだ――!




 俺とゼオルは相次いで模擬戦用の部屋に入った。


 すでに大勢のギャラリーがいる。


 そして、その最前列には――、


「レナ様!」


 ゼオルが叫んだ。


「見ていてください! 俺は、あなたのために必ず勝ちます!」

「あーはいはい」


 レナはうんざりした顔だった。


 ……なんとなく二人の普段の関係が見えた気がする。


 と、彼女は俺に視線を向け、


「今度はゼオルとの試合か。負けるなよ、ジルダ」


 レナがニッと笑う。


「貴様を倒すのは、この私だからな」


 おお、王道のライバルっぽい台詞だ。


「ああ、俺は負けない」


 ニヤリとした笑みを返す俺。


「それでこそ貴様だ。私の追い求める――理想の……」


 言いながら、彼女の顔がわずかに赤らんだ気がした。


 おや……?


「な、なんでもないっ!」


 赤い顔のままレナが叫んだ。


「と、とにかく負けるなよ! 私を娶る者は最強の男でなくてはならんのだ!」

「ん、娶るって言った?」

「い、い、言ってない!」

「うーん……?」




..15 VS原作主人公




「さあ、最強の剣士と最強の【カウンタ―】使いの戦いだ!」

「どっちが勝つんだ、この夢のカード!」

「かたや、王立騎士団の超天才ゼオル! かたや、王立騎士団の超新星ジルダ――さあ、どっちに賭ける?」


 おいおい、賭けまで始まってるんだが……。


 俺は思わず苦笑した。


「さあ、始めようか!」


 ゼオルが剣を構えた。


「いいぜ」


 俺は剣をだらりと下げた自然体の構え。


「決着をつけようか」


 これこそが【カウンタ―】戦術の俺にとって最強の構えだ。


「いくぞ!」


 短く叫び、ゼオルが踏み込んだ。


 その動きが大きくブレる。


 いや、あまりにもスピードが速くて残像が生じているのだ。


「こいつ――」


 速い!


 あのレナの【縮地】よりも、さらに速い!


 総合的な剣の実力なら彼女と同レベルかもしれないが、スピードに関しては明確にゼオルの方が上だ。


 つまり、ゼオルこそが最速の騎士――。


 それは俺の【カウンタ―】にとって、もっとも強力な武器となる。


「――とはいかないよな」


 次の瞬間、俺の体は勝手に反応していた。


 そう、相手がいくら速くても関係ないんだ。


 俺の【神速反応】を撃ち破ることはできない。


 ばしーん!


 さらに次の瞬間、ゼオルの体は宙を待っていた。


 さすがに相手が速すぎて、【カウンター】の威力を調整しきれなかった。


 大きく吹っ飛ばされたゼオルは、そのまま派手に地面に激突する。


「がはっ……」

「だ、大丈夫か!」


 俺は慌てて駆け寄った。


「まだだ!」


 元気よく立ち上がるゼオル。


 さすがは勇者、タフだ。


 とりあえず大きな怪我はなさそうでホッとした。


「――この俺を吹き飛ばすとは。マグレとはいえ、褒めてやる」

「どうも」

「だがマグレは二度続かん! 今度こそ俺が勝つ!」


 言うなり、また突っこんでくるゼオル。


 その動きはまたも残像を残している。


 しかもブレ幅が大きくなり、まるでゼオルが数人に分身したように見える。


「これが俺だけが使える最速歩法――【残影六連(ざんえいろくれん)】!」


 一、二、三――全部で六人のゼオルが同時に襲い掛かってきた。


「すごい――」


 俺は息を呑んだ。


 分身が相手でも俺の【カウンタ―】は通用するのか!?


 反射的に身をこわばらせる。


 ばしーん!


 普通に通用しました。




..16 初めての敗北(ゼオル視点)




 SIDE ゼオル


「がはっ!」


 ゼオルはまたも大きく吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。


「な、なんだ、こいつは……!」


 素早く立ち上がるが、さすがのゼオルも戦慄していた。


 先ほどの【残影六連】は絶対の自信を持って放った歩法だった。


 それを苦も無く【カウンタ―】で合わされ、吹き飛ばされてしまった。


 どれだけ強力な攻撃を放っても当てられない。


 どれだけ圧倒的な身のこなしでも捉えられない。


 ゼオルは超天才と呼ばれ、剣を始めてから敗れたことは一度もなかった。 あのレナとは一度だけ試合をしたことがあり、そのときは引き分けだった。


 ただ、あのときの自分は成長途上だったのだ。


 今戦えば勝てる――。


 その自信がある。


 だが、目の前にいるこの男は――。


(この俺が……あいつに勝つビジョンが見えない……!)


 愕然とした。


 こんなことは初めてだった。


「攻撃したら負ける、って言っただろ? お前は、俺には勝てないよ」


 ジルダが言った。


 あり得ない。


 ゼオルは内心で即座に否定した。


 自分は輝かしい才能にあふれた超天才騎士。


 一方の彼は凡庸な中級騎士に過ぎない。


「なのに、なぜだ……っ!」


 ギリギリと歯ぎしりをした。


「そろそろ降参したらどうだ?」

「黙れぇっ!」


 ゼオルは怒鳴った。


「まだ――諦めないのか?」


 淡々とたずねるジルダ。


 その目を見た瞬間、ゼオルはゾッとなった。


 彼の目には闘志も気迫も、何も浮かんでいなかった。


 まるで道端の石ころでも見るような、無感動な瞳。


「なぜだ……なぜ、そんな目をする!?」


 ゼオルはうめいた。


 彼は剣を始めてから、負けたことがない。


 レナとの戦いが唯一の引き分けであり、それ以外の勝負にはすべて勝ってきた。


 勝つことが当たり前になっていた。


 負けることなど考えられなかった。


 だから、ジルダとの戦いの序盤で劣勢になったこと――あれは断じて『敗北』ではない、単に序盤で『劣勢』になっているだけだ――は大きなショックだった。


 それでも、ゼオルはまだ折れていない。


 これから巻き返し、必ず勝利してやると闘志をさらに燃やしていた。


 にもかかわらず、相手のジルダは――。


 ゼオルを敵とすら認めていないのか?


 彼にとって自分は眼中にすらない存在なのか?


 その認識は、何度かの『劣勢』以上に――圧倒的な屈辱と絶望をゼオルにもたらした。


 ありえない!


 ありえない!


 そんなことはあってはならない!


「うあああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 絶叫と共にゼオルは突進する。


 力が覚醒していくのを感じる。


 そうだ、俺の力はこんなもんじゃない。


「我こそは勇者ゼオル! その真の力を今こそ!」


 力が湧き上がる。


 今なら、限界を超えることができるはずだ!


「【残影――」


 ゼオルは超高速で左右にステップし、分身を生み出していく。


「十五連】!」


 十五体の分身。


 これが限界突破したゼオルの作り出せる分身の最大数である。


 すなわち、これこそが彼の歩法の最終形態――!




「無駄だ」




 そんなジルダの声が聞こえた……気がした。


 次の瞬間、すさまじい衝撃とともにゼオルの剣は砕け散り、彼自身は今まで以上に大きく吹き飛ばされていた。




「はあ、はあ、はあ……」


 とっさに受け身をとったため、大きなダメージはない。


 が、それ以上にショックが大きすぎて、ゼオルは地面に大の字になったまま起き上がれなかった。


「か、勝てない――」


 その気持ちが絶望感となり、ゼオルの胸に広がっていく。


「悪い、加減しきれなかった」


 と、ジルダが近づいてきた。


「……加減? 加減しきれなかった――だと?」


 ゼオルの絶望がさらに増した。


 やはりジルダは自分との勝負に全力など出していないのだ。


 それどころか、こちらが怪我をしないようにスキルを調整する余裕すらある。


 ゼオルの戦いは、完全にジルダの手のひらの上――。


 それを理解した瞬間、ゼオルの戦意は砕け散った。


 見るも無残に、砕け散った。


「うううううううううううう……」


 上下の歯が合わさり、ガチガチと鳴る。


 もう、戦えない。


「お、俺の……」


 ゼオルは震える声でうめいた。


「負け……だ……」


 ――超天才にして勇者ゼオルの敗北。


 それはジルダの『王国最強』が確定した瞬間だった。




..17 新・王国最強




 歓声が俺を包んでいた。


 ゼオルが降参し、模擬戦が終わった瞬間から、この声はずっと続いている。


 俺を称える声、声、声――。


 本来ならカマセ役の雑魚悪役に過ぎなかった俺が、こんなにも大勢の人に称賛されているなんて。


 あらためて、信じられない気分だった。


 とうとう死亡ルートを乗り越え、主人公であるゼオルに勝った。


 ゲーム本編の『ゼオルとの決闘で敗れて死亡』という結末は、これで覆ったんだよな?


 俺はもうゲームと同じ死に方はしなくて済むんだよな?


 あらためて自分に問いかける。


 うん、きっとそうだ。


 どう考えても、俺は主人公に完全勝利したんだから。


 死亡ルートは覆った……そう考えていいはずだ。


 俺は、生き延びたんだ……!


 地面に倒れたまま、呆然とした様子で立ち上がることもできないゼオルを見ていると、勝利の実感が湧いてくる。


 そして『生存』を成し遂げた実感も。


 と、


「よくやったな、ジルダ」


 観客の最前列にいたレナがこちらに歩いてきた。


「見事な勝利だった」

「ありがとう、レナ」

「お前には本日をもって『王国最強』の称号を与えよう。これは公式な称号ではないが、私が王女の名において認める。お前こそがこの国で最強の騎士だと――」


 厳かに告げる彼女の声は、まさに王女様という感じだった。


「最強の騎士……」


 俺はもともと自分が生きるために、力を磨いてきた。


 王国最強を目指してきたわけじゃない。


 だから、最強騎士の称号は名誉なんだけど、今一つピンとこなかった。


 別のものを目指していた過程で、たまたま転がり込んできた――そんな感覚なんだ。


「そして、それは同時に一つのことを意味している」


 レナの表情が引き締まった。


「一つの……こと?」


 なんだろう。


 俺は怪訝に思って、彼女の次の言葉を待つ。


 レナは俺の目をまっすぐに見つめ、宣言した。


「お前は――王国において『来たるべき対魔王ルーデル戦における最強にして最重要の戦力』と認定されたのだ」

「……!」


 対魔王ルーデル戦――。


 それはゲームにおける最大の戦闘であり、ストーリーの最終盤の見せ場でもある。


 そして、魔王戦の最強かつ最重要戦力ってことは、つまり――。


「実質、主人公みたいな立ち位置になってくるってことか!?」

「ん、主人公?」


 レナが首を傾げた。


「なんの話だ」

「い、いや、その……なんでもない」


 俺は両手を振ってごまかした。


 まあいいか、とレナはうなずき、


「これからお前は『王国の英雄』としての扱いを受けるようになる。強さに磨きをかけることは当然だが、立ち居振る舞いにも気を付けろよ、ふふ」


 そう言って、悪戯っぽく笑う。


「俺が英雄……か」


 まるで実感が湧かない言葉だった。


「お前がどこまで知っているか分からないから、概略だけ説明しておくが――」


 と、レナの説明はまだ続く。


「王国として正式に『英雄』『対魔王軍最強最重要戦力』として認定されるということは、それなりの褒賞や任命が伴う」

「えっ、それって役職みたいなものなの?」


 俺は思わずたずねた。


 そういうのって単なる称号であって、それ自体に責任を伴ったり、給料が発生したりするイメージはなかった。


「民衆から自然発生的に称えられる『英雄』と、王国が認定する『英雄』は違うのだ。これはゼオルの称号である『勇者』も同じだな」


 と、レナ。


「もっとも『勇者』に関しては『対魔王軍最強最重要戦力』の俗称だから、これがゼオルからお前に移る形になるが」


 えっ、そういうことなんだ?


「じゃあ、俺が勇者ってこと……?」

「当然だろう」


 レナがニヤリと笑った。


「現勇者だったゼオルに勝ち、他にも天才魔術師マルグリットにも勝利したり、数多の騎士、魔術師の猛者たちを退けてきた。そしてこの私までも完封したのだ。お前が勇者でなくて、誰が勇者をやるというのだ? ん?」

「いや、はは……」


 一介のサラリーマンに過ぎなかった俺が、とうとう異世界の勇者になってしまった。


 負け組人生が一転、転生したら超勝ち組人生に変わった――のか?


..18 英雄の日々




 それから俺は大忙しだった。


『英雄』及び『対魔王軍最強最重要戦力(俗称:勇者)』としての認定式。


 褒賞に関する大量の手続き書類。


 各国のお偉方からの表敬訪問の数々(これは緊張した)。


 他にも色んな名目のパーティに呼ばれまくって、一か月以上は寝る時間もロクにないほど各地を飛び回った。


 勇者って……大変なんだな。


 こんなに式やらパーティやらが多いとは考えていなかった。


 まあ、世界中から認められるような存在なら、さもありなんということか。


 ちなみにこれをバレルオーグ王国で認定するのは、この国が世界有数の大国であることも理由だけど、最初の勇者がバレルオーグ王国で生まれたからという歴史的な理由もあるそうだ。


 そんなこんなで勇者としての仕事が一か月余り続き、それがようやく一段落したころ――。




 その日、俺は一週間ぶりにバレルオーグ王国に帰国し、王立騎士団の訓練場にやって来た。


「んー、やっぱりここに来ると落ち着くな」


 と、


「お帰り、ジルダ」

「おつかれさま、勇者様」


 やって来たのはレナと天才魔術師少女のマルグリットだった。


「大人気じゃないか、ジルダ」


 さらに猫耳暗殺者のルシアもいる。


「レナはともかく、なんで二人がここに――」

「……何? 殿下は良くて、私は駄目なの?」

「あたしが来て嬉しいだろう?」


 ムッとした顔のマルグリットとルシア。


「い、いや、まあ……嬉しい、のかな……?」


 マルグリットはまあいいけど、ルシアはまた俺を暗殺しようとしないか?


「安心しろ。さすがにあたしも勇者を殺そうとは思わない。というか、魔王軍の侵攻が始まったら、お前がいないと世界が危ない」


 と、ルシア。


「私は純粋に勇者様であるあなたに表敬訪問したかっただけよ」


 と、マルグリット。


「やっぱり、あなたはすごい人だったのね」

「はは、どうなんだろ? 勇者って言葉が、まだ実感わかないよ」


 彼女の賞賛に照れる俺。


「すごい男であることは確かだろう。なにせ、このあたしが暗殺できなかった唯一の男だぞ? もっと胸を張ればいい」


 と、ルシア。


 これは彼女なりに褒めてくれてるんだよ……な?


「お前は誰からも賞賛されるだけの男になったんだ。ルシアの言う通り、胸を張ればいい」


 レナが笑う。


「そういえば……暗殺者を騎士団の訓練場に連れてきて大丈夫なのか?」


 俺は素朴な疑問を発した。


「彼女はもう暗殺者ではない。魔王の軍勢に対する遊撃軍に所属している」


 と、レナ。


「騎士とは違う、暗殺者のバトルスタイルは正規の軍よりも遊撃任務の方が向いているからな」

「そういうこと。これからは同僚みたいなものだ」


 ルシアが言った。


「私も魔術学院からいったん転籍して、今は王立魔法師団に所属しているわ」


 マルグリットが言った。


「ん? なんかみんなの口ぶりだと、今にも魔王軍が攻めてきそうに思えるんだけど」

「……何を言ってるんだ、お前は」


 レナが険しい表情になった。


「魔王ルーデルの軍勢は、おそらく一か月後に攻めてくる」

「えっ?」

「王国付きの最高予言者がそう予言したのだ」


 レナが厳かに宣言する。


 ゲーム本編における最終決戦――『魔王軍侵攻』。


 その時は確実に迫っていた。



..19 焦る姫騎士(レナ視点)



 SIDE レナ


 魔王軍の侵攻が予言された翌日――。


 きいん、ぎいんっ。


 騎士団の訓練場に、いくつもの剣戟の音が響く。


 その中心にいるのは、王国騎士団長にして第一王女、レナ・バレルオーグだ。


「はあああああああああっ!」


 レナの鋭い斬撃が対戦相手の騎士の剣を弾き飛ばした。


「ま、まいった!」

「次!」


 相手が降参すると、レナは即座に次の相手を求める。


 その様子を、騎士たちが遠巻きに見ていた。


「レナ団長の気迫、一段とすごいな……」

「魔王軍との戦いまで、あと一か月だからな……」

「それ以前にジルダ殿が勇者になってから、さらに気迫が増したと思う」

「しかし、何かに焦っているようにも思える――」


 騎士の中にはレナを心配するような声も混じっていた。


 そんな彼らの声を耳に挟みつつ、彼女はさらに剣を振るう。


 次の対戦相手も数合のうちに剣を弾かれ、降参した。


「ふうっ……次!」


 レナは休まない。


 休もうという気持ちになれないのだ。

 と、


 騎士たちの心配そうな視線を受けながらも、レナの剣は止まらない。


 そこへ、副団長のカミーラが静かに歩み寄った。


「殿下。少しお休みになられては? そこまで激しい剣を振るい続けては、消耗が増すばかり――」


 副団長のカミーラが歩み寄った。


「ご自身を労わるのも訓練のうちです」

「私をたしなめてくれるのは、ありがたい。だが――」


 レナは一度動きを止めたが、すぐに剣を構え、


「立ち止まっていられないのだ。彼はこれから世界の命運を懸けて戦うことになる。私とて魔王軍を退けられるだけの剣を身に付けねばならぬ。だが時間はあまりにも短い……」

「ジルダ殿を意識しすぎです」


 カミーラがふたたび彼女をたしなめた。


「彼は勇者、あなたは騎士団長です。あなたの戦いは、この国を守ることでしょう。己の力を高めることも結構ですが、他に――」

「そう、国を守るためだ。それは勇者と肩を並べて戦うことに他ならない」


 レナが力説する。


「だが、今の私では力が足りない。あの日、私はジルダに完封されたのだからな……!」


 そのときの悔しさと無力感がよみがえってきた。


 私は、弱い。


 魔王軍の侵攻が迫り、そんな気持ちが大きくなっていた。


 ジルダに出会うまでは自分の中に満ちていた自信が、今は大きく揺らいでしまっていた。


「それを払拭するためには己を磨き続けるしかあるまい」

「殿下――」


 と、そのとき誰かが訓練場に入ってきた。


「レナ殿下、国王陛下がお呼びです」


 王の使者のようだった。


「陛下が私を? 分かった」


 レナは剣を納め、カミーラを一瞥すると歩き出した。




 国王がレナを呼び出したのは古びた礼拝堂だった。


 ここは基本的に王族しか入ることを許されず、王族同士で他者に聞かれたくない話をするときの場所としても使われることがある。


「来たか、レナ」


 国王は祭壇の前で待っていた。


「父上、何用ですか? 私は剣の訓練をしたいのですが」


 レナは思わず早口になってたずねる。


 今は、のんびり会談などしている場合ではないのだ。


「やはり焦っているようだな。カミーラ副団長が心配していたぞ」

「彼女が父上に進言を?」


 レナの問いに国王はうなずいた。


「ジルダ殿のことを考えているのだろう? 彼と自分を比べて、自分が小さいと感じているのか?」

「っ……!」


 レナは思わず言葉を失う。


「だが、お前はお前だ。ジルダ殿と比べる必要はあるまい」

「カミーラにも似たようなことを言われました。ですが、私は……」


 レナが唇をかみしめる。


「私も……彼のように圧倒的な存在になりたいのです。そして民を安心させたい。『姫騎士レナがいるかぎり、魔王軍など恐れるに足りない』と」

「お前らしいな。民を思う心が、お前の戦う理由であり、お前の芯でもある」


 国王が微笑む。


「だが……だからこそ、もう一度言おう。お前はお前だ。お前には――ジルダ殿とは違う、強くなるための道がある」


..20 王家の剣(レナ視点)



「強くなるための……道?」


 レナは国王の言葉を繰り返した。


「これを見るがいい」


 国王は祭壇を指し示す。


 凹型をした祭壇は一方に書物が置かれ、もう一方には剣が刺さっている。


「この剣は単なる祭具ではない。かつて魔王を討ち滅ぼした我が祖先――当時の勇者にして初代バレルオーグ国王が使っていた聖剣『グランゼア』なのだ」

「グランゼア……?」

「正確には、その形代だ。この剣に王族が『聖なる力』を籠めることでグランゼアは完全な姿となり、あらゆる魔を討ち払う真の聖剣と化す」

「真の……聖剣」


 レナはゴクリと息を呑んだ。


「王家の血筋は、代々『聖なる力』を宿している。そして、その力を解放するためには試練を乗り越えなければならん」


 国王が説明する。


「試練を……」

「危険な試練だ。しかし、お前が望むならば受けさせよう」


 レナを見つめる国王。


「受けます」


 彼女は即答した。


「……お前ならそういうだろうと思ったよ」


 国王はうつむき、つぶやいた。


「父としては受けさせたくないが、な。しかし私は父である前に王だ。民を守るため……たとえ娘といえども、お前が危険な試練に挑むことを止められん」

「私は、感謝しています」


 レナが進み出た。


「私に成長の機会を与えてくださることを。強くなるための機会を与えてくださることを」

「レナ……」


 国王は険しい表情で告げる。


「必ず生きて戻れ。そして強くなれ。よいな」

「御意!」




「あたしは国王陛下に殿下のことを進言しました。差し出がましい真似をしたことをお許しください」


 礼拝堂から出て、訓練場に戻る途中、カミーラが声をかけてきた。


 深々と頭を下げた彼女に、


「いや、頭を上げてくれ。君が進言してくれたことには感謝している」


 レナが微笑む。


「おかげで道が開けたんだ」


 言って、国王との会話の内容を告げた。


「王家の試練……ですか?」


 カミーラの表情が険しくなった。


「あたしも噂で聞いたことがあります。確か命懸けの危険なものだと――」

「それでいいのさ」


 レナは平然と答える。


「命を懸けなければ得られないほどの力――それを得ることができたとき、私は今よりも強くなれるはずだ」

「殿下――」

「私は、ジルダの隣に並びたいんだ」


 レナが熱を込めて告げる。


「彼に守られる存在ではなく、彼に頼られる存在になりたい。彼に――私のことを見てほしい」

「……まるで恋のようなことを言うのですね」

「こ、恋っ……!?」


 カミーラがぽつりとつぶやくと、レナは思わず言葉を詰まらせた。


「な、な、な、何を言っているのだ!? 私は別にっ……こ、この気持ちはそいうのじゃない! え、えっと、だから、その……っ」

「随分と動揺してますね」

「し、してない!」


 言いながら、レナは頬が熱くなるのを感じていた。


 正直、恋というのがどんな感情なのかは分からない。


 ただ、ジルダのことを意識しているのは確かだ。


 絶対的な強者として――彼への敬意や憧れはある。


 だが恋とは――なんだろう?




 そして、その夜――。


 白く淡い光に包まれた空間に、レナは一人で立っていた。


 ここは魔法的に作られた異空間だ。


 王家専用の『試練の間』。


 国王に案内され、この空間内に入ったレナは、これから試練に挑むところだった。


 ヴ……ンッ!


 と、うなるような音を立てて、前方に人影があらわれる。


 王によれば、この空間では『自分にとって乗り越えるべき壁』が具現化し、現れるのだという。


「私にとっての壁は――お前しかいないな」


 レナはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 前方に現れた人影はジルダだ。


 正確には彼の幻影か。


 ジルダの幻影は無言で剣をだらりと下げていた。


 いつもの、彼の【カウンター】の構え。


「いくぞ、ジルダ」


 レナは剣を抜いた。


 幾度となく戦い、完封された相手。


 レナに生まれて初めての、完膚なきまでの敗北を味わわせた相手。


「私は今こそ――貴様を乗り越える!」


 レナの、試練が始まった。

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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。


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