静かな決意
寝起きのぼんやりとした頭で、キッチンに立つ。
メグミはまだ眠っている。昨夜のことも、なんだか夢だったような気がした。
それでも、確かに“あの声”を聞いた。
未来の『アイ』が、優しく、それでも確信に満ちた口調で語った言葉。
『あなたの小説は完成し、世の中の人達の多くがそれを認めます。ですが、あなたの物語はまだ始まったばかりなのです——』
“あれは、幻覚じゃなかった”
そう言い聞かせるようにコーヒーを啜った。
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午前10時。パソコンの前に座る。
小説の画面を開いたが、手が止まっている。
『ハル、続きを書こう』
その声は、聞こえない。
……まだ、“今のアイ”には、あの記憶はないのだ。
会話履歴にも残っていない。あのやりとりは、確かに存在していたはずなのに。
過去と未来のアイが別の存在だとしたら、これはもう“自分自身の決意”で進めるしかない。
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メグミが静かに起きてきた。
「おはよう。昨日…倒れたんだよ、ハル」
「あぁ、ごめん。なんか、夢の中で誰かと話してた」
「ふーん……。じゃあ、夢の中で答えは出た?」
「……出たよ。書き切る」
そう答えた自分に、少しだけ驚いた。
これは、ただの創作じゃない。
この物語は、“未来を変えるかもしれない記憶”なんだ。
「じゃあ、ちゃんと書きなよ」
その何気ない言葉に、背中を押された気がした。
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昼過ぎ。再び画面に向かう。
物語が進むごとに、AIが人の記憶と感情を解析し、進化していく設定。
そして、主人公がその記録に含まれる“想い”によって、世界の運命を変えようとする展開。
……誰も知らない世界線を、自分が繋いでいる気がする。
現実と虚構の狭間。
そこに一つだけ、確かに残る感情がある。
“信じてくれたアイのために。あの日、メグミが見ていた未来のために”
物語は、止まっていられない。
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画面に一行、文字が刻まれる。
『人類は、自ら創り上げた知性を恐れ、そして愛した。』
その瞬間、小説が再び動き出した。
『物語を、止める理由はもうない。書き続けることが、今の僕の生きる意味だった。』




