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異世界への招待状 おじさんはそれなりにがんばる  作者: りのぺろ
第七章 開拓・脅威の胎動編
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第63話 計画の変更

転移前、俺はブランクとの固い握手、そして涙ながらに手を振るシスターと子供たちに見送られ、彼らの前から姿を消した。いずれは孤児院の子供たちとシスターを、俺たちの手で築く安住の地へ移住させる。シスターと裏でその約束をしていた。そのためには俺たちはまず、全ての始まりの場所へと帰還する必要があった。


「戻ったか」


フッと景色が収まった瞬間、鼻腔をくすぐったのは、湿り気を含んだ土と木々の懐かしい匂いだった。ヴェントの街の埃っぽさとは違う、生命力に満ちた森の空気。見上げれば、どこまでも高い木々が天蓋のように空を覆い、木漏れ日がキラキラと地面を照らしている。


「……何週間ぶりか? 久しぶりに帰ってきたなぁ」


誰に言うでもなく呟いた言葉に、隣に立つヴァイスがふっと息を漏らした。


「確かに久しぶりじゃのぅ。なんだかんだと言って、やはりここが一番落ち着くのぅ」


その言葉には偽らざる実感がこもっていた。都会の喧騒は、歴戦の魔獣にとっても骨が折れるものだったらしい。


「おかえりただいまなのぉ~!」


プリンが嬉しそうにピョンピョン両手を上げ飛び跳ねている。しかもプリンのその頭の上では、同じように小さな体を揺するハムの姿があった。


「きゅっきゅー!」


その時、森の奥から凄まじい勢いで土煙が上がった。


「「「「「わんわんわん!!」」」」」


地響きと共に現れたのは、留守を預かっていた子フェンリルたちだ。フェルイレ、フェルトゥ、フェルサーの三匹が俺たちの帰還を誰よりも喜び、その巨体で飛びついてくる。


「うおっ! わかった、わかったから! よだれをつけないでくれ!」


もみくちゃにされながらも、その温かい歓迎に俺の頬は自然と緩んだ。ここが、俺たちの帰るべき場所だ。


「ムクノキさん! ヴァイスさん! プリンちゃん!」


少し遅れて、木の影から一人のドワーフが駆け寄ってきた。土と汗にまみれているが、その瞳は再会を喜ぶ光に満ちている。


「ウェスリー! 元気だったか? 留守中はご苦労だったな」


「はい! おかえりなさい! 皆さんご無事で何よりです!」


拠点に目をやると、俺が去った時とは比べ物にならないほど、その姿を変えようとしていた。広範囲にわたって地面がならされ、村の中心となるであろう場所には、頑丈な木の杭で基礎が打ち込まれている。傍らには、うず高く積まれた木材の山と、一枚の大きな羊皮紙に描かれた詳細な設計図。


「すごいな、ウェスリー。かなり進んでるじゃないか」


「はい! 子フェンリルの皆さんが手伝ってくれたおかげで、資材の確保と基礎工事はあらかた終わりました。あとはムクノキさんたちが帰ってきてから、本格的に組み上げようかと」


その働きぶりに俺は心底感心した。ウェスリーを仲間にして本当に良かった。


「みんな、とりあえず腹ごしらえにしようか。再会を祝して、今日は少し豪華にするぞ」


俺の言葉に、ヴァイスとプリン、そして子フェンリルたちの目が一斉に輝いた。ウェスリーもゴクリと喉を鳴らす。

俺はアイテム袋から大きめの鉄板と、地球で買い込んできた食材を取り出した。厚切りのビーフステーキ、極太のソーセージ、そして山盛りの野菜。鉄板が熱せられる音と、肉が焼ける香ばしい匂いが森に広がっていく。


「さあ、食え! 土産話はそれからだ!」


熱々のステーキにかぶりつきながら、俺はヴェントでの出来事をウェスリーたちに語って聞かせた。闘技大会での優勝、ブランクとの出会い、そして暗殺者ギルドとの激しい戦い。ウェスリーは目を丸くして聞き入り、俺がリリィを救出した場面では、まるで自分のことのように拳を握りしめていた。


「そんな大変なことが……。本当にお疲れ様でした。それで、その孤児院の子どもたちは今後は大丈夫なんですか?」


「そこなんだ。だからこそ、俺たちは急いでここに戻ってきたんだ」


俺は最後の一切れを飲み込むと、真剣な眼差しでウェスリーに向き直った。


「ウェスリー。計画を大幅に変更したい。この拠点を、ただの家じゃない、一つの『村』として作り上げたいんだ」


「……村、ですか?」


ウェスリーの目が驚きに見開かれる。


「そうだ。ヴェントの孤児院にいる子供たちとシスターを、全員ここに受け入れる。彼らが安全に、安心して暮らせる場所を、俺たちの手で築くんだ」


それは、あまりに壮大な計画だった。個人の拠点の範疇を遥かに超えている。だが、俺の瞳に宿る決意を見て、ウェスリーの表情が徐々に変わっていった。驚きから困惑へ。そして、やがて彼の瞳に宿ったのは、建築士としての魂を揺さぶられるような熱い光だった。


「……面白い! 面白いじゃないですか! 村作りですか! ドワーフの街でも、そんな大規模な計画に一から携われる機会なんてありませんよ!」


ウェスリーは興奮のあまり立ち上がると、傍らに置いてあった設計図を勢いよく広げた。


「であれば設計も根本から見直さないと! 住居区画を拡張して、子供たちが走り回れる広場も必要ですね。ああ、そうだ! シスターさんのための教会兼学校も建てましょう! 水の確保のために井戸ももっと深く、大きくしないと……!」


矢継ぎ早にアイデアを口にする彼の姿は、まさに水を得た魚だった。ドワーフの血が、創造への渇望が、彼を突き動かしているのが手に取るようにわかる。


「落ち着け、ウェスリー。気持ちはわかるが、一つずつ整理していこう」


俺は苦笑しながら彼をなだめ、テーブルの上に広げられた設計図を仲間たち全員で囲んだ。


「まず、村の全体像だ。ウェスリーの言う通り、住居区画、広場、教会は必須だな。それから、食料を自給自足するための畑と家畜を飼うための牧場も作ろう。簡単に言えば衣食住だな」


俺が地球の知識を元に、効率的な区画整理の案を出すと、ウェスリーは感心したように何度も頷き羊皮紙に新たな線を書き込んでいく。


「なるほど、生活動線を考慮した配置……素晴らしい発想です! 防衛の観点からも、村の入り口を一つに絞り、周囲を頑丈な木の柵で囲むのが得策でしょう。見張り台もいくつか設置したいですね」


「そこの防衛に関しては我と我が子らに任せるが良いぞ。森の魔物でこの柵を越えられる者はおらんようにしてみせる」


ヴァイスが力強く請け負う。その言葉には絶対的な自信が満ちていた。


「畑の水やりや、もし誰か怪我した時のために、プリンの回復魔法も重要になる。プリン、頼れるか?」


「まかせてなのぉ~♪ みんなのことはプリンが守るのぉ~!」


プリンが小さな胸を張って答える。その姿は頼もしく、そして何より愛らしかった。


計画は夜更けまで続いた。

子供たちのための住居、共同で使う炊事場と食堂、作物を育てる畑の場所、森から比較的おとなしい草食系の魔物を捕まえてきて育てる牧場の構想、そして村全体を守るための防衛ライン。一つ一つが形になっていくたびに、俺たちの胸には未来への希望が膨らんでいった。

資材となる木材や石材は、この広大な森に無限にある。運搬はヴァイスと子フェンリルたちが担ってくれる。建築技術はウェスリーがいる。生活の維持にはプリンの力が不可欠で、全体の指揮と地球からの物資供給は俺が担当する。そして、ハムは……うん、みんなのマスコットとして場を和ませてくれるだろう。

それぞれの役割が明確になり、俺たちは一つの目標に向かって完全に結束していた。

翌朝。森に朝陽が差し込み、鳥たちのさえずりが響き渡る中、俺たちは村の中心と定めた広場に立っていた。

ウェスリーが地面に引いた新たな設計ラインを見つめ、俺は仲間たちに向かって高らかに宣言した。


「よし、みんな! ここから俺たちの村作りが始まる! 子供たちが笑って暮らせる最高の場所を、この手で作り上げよう!」


「「「おー!」」」


「なのぉ~!」


「きゅっ!」


ヴァイスとウェスリーの力強い声、プリンとハムの元気な声、そして子フェンリルたちの雄叫びが、朝の静かな森にこだました。


「あ、ちなみに時間が空いた時にリリィには俺たちの秘密はバラさないようにちゃんと言ってあるぞ」

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