第57話 トーナメント決勝戦
トーナメント表
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ム ギ コ 極 ヴ エ ジ プ パ ブ
ク ャ | マ ァ リ ャ リ ッ ラ
ノ レ ラ ッ イ オ ミ ン サ ン
キ ン ム チ ス ッ ン ク
ョ ト
掲げられた対戦表には、二人の名が大きく記されていた。
一方は今大会、彗星の如く現れた謎多き冒険者ムクノキ。もう一方は、軽やかな身のこなしで強敵を翻弄してきたブーラ。
「さあ、十分な休憩をとった事でしょう。それでは本日ラストの決勝戦! Cランクながら、その実力はAランクにも匹敵すると噂のムクノキ選手! 対するは、その素早い動きで相手を斬りつけ続ける事が得意なブーラ選手!栄冠はどちらの手に渡るのか!」
「え? 噂になってんの? いつの間に⋯⋯」
実況の発言に俺はちょっとビックリした。そして実況のけたたましい声が響き渡る中、両者が闘技場の中央で静かに向かい合う。
ブーラは二本の短剣を逆手に持ち、重心を低く落としてムクノキを観察している。
ムクノキは鑑定で相手の情報をもう一度確認する。
名前:ブーラ
職業:ヴェント隠密部隊長【シーフ】
LV:11
HP:84 MP:17
ATK:58 DEF:24 MAG:11 SPD:42
スキル一覧
二刀流 隠密(中) 気配遮断(中) 気配察知(中)
「HPとMPは全回復してるな」
俺がステータスを確認をしていると開始の合図が鳴り響いた。
瞬間、ブーラの姿が消えた。隠密と気配遮断を使ったようだ。観客席からどよめきが起こる。だが、俺は微動だにしない。俺のスキルはその全てを上回っていたからだ。
しかもムクノキにはオートマップと鷹の目がある。それのおかげでブーラの正確な位置が表示されているのだ。背後から高速で迫る二つの刃。観客が悲鳴を上げるよりも早く、ムクノキは半身を捻ってそれを回避した。
「ふっ、やはり今のを避けるか」
ブーラが驚きと共にどこか値踏みするような響きがあった。
「ただのCランク冒険者ではないな? 暗殺者を極めし者か何かだろう?」
「ただのなのかどうかはわからん。だが、そっちこそ中々素早い動きだ」
ムクノキは静かに答えながらブーラとの間合いを測る。ブーラは再び姿を消し縦横無尽に駆け巡る。陽炎のように揺らめき、幻惑的な動きでムクノキを撹乱するが、ムクノキは全ての動きを正確に捉えていた。
(このレベル差でも速いと感じるな。だが直線的だ。俺のスピードには及ばないってのもあるからなんだろうけど)
ムクノキは腰を落とし地面を蹴った。先ほどまでブーラがいた空間に一瞬で移動する。
あまりの速さに観客はムクノキが転移したかのように錯覚した。驚愕に目を見開くブーラの首筋に、ムクノキの手刀が寸止めで添えられる。
「…っ!」
冷たい汗がブーラの頬を伝った。完全に意表を突かれた。反応すらできなかった。
「まだ試合を続けるか?」
ムクノキの問いに、観客は誰もが勝負は決したと思った。しかし、ブーラは不敵に笑う。
「ああ、もちろん。むしろ、ここからが本番だ」
その言葉と同時にブーラは懐から煙幕弾を叩きつけた。白煙が辺り一面を覆い尽くす。
(おぉ? これはエリオット戦ではなかったな)
煙の中でブーラが再び動いた。今度は攻撃ではない。
彼はムクノキの死角に回り込むように移動し、信じられないほど小さな声で囁いた。観客にはもちろん審判にすら聞こえない、二人の間だけで交わされる密談だった。
「……君の力を貸してほしい」
ムクノキは攻撃の手を止め、訝しげにブーラを見た。
「⋯⋯は? いきなり試合中に何を言っている?」
「これは試合などではない。俺にとって君という人間を見極めるための試験だ」
ブーラは短剣を構え直しムクノキに斬りかかる。激しい剣戟を交わしながら二人の対話は続く。カン、カン、と金属音が響く合間にブーラの切実な言葉が紡がれていく。
「俺の本当の名はブランク。ヴェント王国の隠密部隊長だ。今は極秘任務でこの街に潜入している」
「任務とは?」
ムクノキはブーラの攻撃を受け流しながら問う。
「この街の孤児院から、子供たちが密かに姿を消している。……攫われているんだ」
ブランクの目に鋭い怒りの光が宿った。
「調査の結果、裏で手を引いているのが悪名高い暗殺者ギルドだということが判明した」
「暗殺者ギルド……」
その名にムクノキの表情がわずかに険しくなる。裏社会に生きる者ならば誰もがその名を知っている。非情で冷酷で巨大な力を持つ闇の組織。
「奴らのアジトは突き止めた。だが相手はあまりに強大だ。俺一人ではどうにもならない。王国に援軍を要請したが政治的な問題が絡んでいて、すぐには動けないと…」
ブランクは歯噛みした。その横顔には力及ばないことへの無念さが滲んでいる。
「子供たちを救うには一刻の猶予もない。だから俺は探していた。金や名誉のためでなく本当に力のある信頼できる協力者を。暗殺者ギルドと対等に渡り合えるだけの……『強さと揺るぎない信念がある人物』を」
ブランクの視線が真っ直ぐにムクノキを射抜く。
「このトーナメントに参加したのはそのためだ。優勝候補を片っ端から試し、本物を見つけ出すために。そして君が現れた。君のスキル……その気配の消し方、察知能力、常人離れした身体能力。それはただの冒険者のものではない」
⋯⋯oh? やっぱり? ヴァイスさんや。常人離れしちゃったじゃないですか? レベルを上げすぎたんじゃ? いや、でもなぁ。それよりも⋯⋯
「なぜ俺を信用する? 俺が暗殺者ギルドの人間である可能性は考えないのか?」
「考えたさ。だから試した。君の戦い方には無駄な殺意がない。力を誇示する傲慢さもない。ただ静かに効率よく相手を制圧する技術だけがある。それは、自らの力を完全に制御できている者の動きだ。そして何より……君のその目だ。その目の奥には奪う者ではなく護る者の光がある」
ブランクは一度距離を取ると短剣を鞘に納めた。
「話は以上だ。この話に乗るか乗らないか君が決めろ。もし乗ってくれるなら俺はこの場で負けを認めよう。だが断るというのなら……」
ブランクは再び構えを取る。
「君を倒して優勝し、スキルオーブを売ったその金で腕利きの傭兵でも雇うまでだ。成功の確率は下がるが何もしないよりはいい」
その覚悟は本物だった。彼は自らの名誉も、部隊長という地位も、全てを捨てて子供たちを救おうとしている。今の自分には、その力がある。そして、目の前には助けを求める者がいる。
ムクノキは、ゆっくりと息を吐いた。そして決意を固めた。
「いいだろう。その依頼、受けよう。だが、仲間にも伝えないといけない。少し時間はくれ」
その言葉を聞いた瞬間、ブランクの顔から緊張が解け、深い安堵の表情が浮かんだ。
「……感謝する」
「ただし……」
とムクノキは続けた。
「試合は試合だ。手は抜かない。あんたも最後まで全力で来い。観客への、そしてこの舞台への礼儀だ」
「……ああ、そうだな。そうでなくてはな!」
ブランクの顔に戦士としての笑みが戻った。話はついた。もはや手加減は不要だな。ムクノキは静かに告げた。
「ちょっと本気でやってみるか。耐えろよ? 能力3倍強化」
ムクノキの体から凄まじい闘気が立ちあがる。彼のステータスが観客にも分かるほどに膨れ上がった。
ATK:184 → 552
DEF:99 → 297
MAG:83 → 249
SPD:101 → 303
もはや勝負は見えている。だが、これは儀式だった。ムクノキという協力者の力を、ブランクに、そしてこれから始まる戦いに示すための。
「行くぞ」
ムクノキの姿が消える。いや消えたのではない。あまりの速さに人間の動体視力が追いつかないだけだ。ブランクは気配察知で必死にその動きを追うが、強化されたムクノキのスピードは彼の予測を遥かに上回っていた。
ドン!!!!!!
ブランクの体は、衝撃を受け、まるで木の葉のように宙を舞った。腹部に見えない何かで打ち抜かれたような強烈な一撃。受け身を取ることもできず、彼は闘技場の硬い地面に叩きつけられた。
「がはっ……!」
息ができない。HPが一気に削られる。しかし痛みはそれだけでは終わらなかった。ムクノキはすでにスキルの転移を使って彼の背後に回り込んでいた。目にも止まらぬ体術との連携。
「これが、暗殺者を極めし者の戦い方⋯⋯」
ブランクは驚愕をしていた。ムクノキはブランクの腕を取り関節を決めた。
「大丈夫か? まだやるか? 降参か?」
「……ああ。大丈夫だ。これ以上は無理だ。完敗だ」
ブランクは苦笑しながらタップした。審判が駆け寄り高らかにムクノキの腕を掲げる。
「勝者ムクノキーーーッ!」
その瞬間、闘技場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。圧倒的な強さ。誰もが納得する完璧な勝利だった。
そして、あれよあれよと表彰式へと移行し、表彰台の中央に立つムクノキに開催者からスキルオーブが授与される。しかし、彼の心はここにはなかった。彼の視線は観客席の片隅で、医療班の手当てを受けながらも安堵の表情でこちらを見つめるブランクに向けられていた。
「さすがは主じゃの」
「ヴァイス。なんだか色々とありがとうな。それにしてもこのオーブどうしようかな」
ヴァイスになんとなく礼を言っておいた俺だったのであった。表彰式が始まるまでの間になんとか暗殺者の事はヴァイスとプリンに伝えておいた。二人共、特に反対されるような事はなかった。
駆け足感が否めない⋯orz




