第52話 予選感想会
夕暮れの赤い光が闘技場を染め上げる中、高らかに響き渡る声が今日の終わりを告げた。
「勝者にも、そして惜しくも敗れた者にも等しく健闘を讃えたい! 本日の予選はこれにて終了! 本戦トーナメントは明日より開始となります! 皆さん、本日は誠にありがとうございました!」
大きな拍手と歓声が渦巻く中、司会者は深々と頭を下げ、熱気に満ちた一日の幕を引いた。まだ、興奮の余韻が残る、闘技場を後にした俺たちは、黄昏時の喧騒に包まれた街を宿へと向かって歩いていた。石畳の道を行き交う人々の話し声も、どこか今日の大会の話題で持ちきりのようだ。
そして予選が終わった俺達は宿へと戻る。
「ふー。まずは予選突破、なんとかいけたなー」
俺が安堵のため息をつくと、隣を歩くヴァイスが呆れたように鼻を鳴らした。
「あの程度の相手、我らにとっては準備運動にもならはずじゃがのぅ。あれくらいなら余裕じゃろぅ?」
「うんうん! すっごくドキドキしたけど楽しかったー♪」
宿の一室に戻っても火照った体の熱が、まだ肌の表面にじりじりと残っているかのような錯覚を覚えていた。
「よし、今夜はささやかながら予選突破祝いだ! 食うぞー!」
俺はそう宣言し、地球産の食材を取り出す。コトコト時間をかけて煮込んだ牛肉と野菜のシチューが、食欲を猛烈にそそる香ばしい匂いを部屋中に満たしていく。湯気が立ち上る深皿の横には、オーブンで焼き上げたばかりの外はカリッと、中は雲のようにふかふかのパンを添えた。
「今日だけだからな。思う存分食べるといいぞ。あまり街ではしたくはないんだが、ここなら大丈夫だろう」
俺がそう言うと、ヴァイスとプリンは目を輝かせて大喜びで食べ始めた。その幸せそうな表情を見ているだけで、こちらの頬も緩んでくる。
そして俺は受付で渡された、一枚の羊皮紙に視線を落とした。闘技大会の本戦トーナメント表だ。それをテーブルの中央に広げ、そこに記された文字の並びを改めて眺め、思わず深いため息が漏れた。
「まさか、本当にここまで来れるとはなー」
勢いで申し込んだはいいものの、いざ、自分たちの名前が強者たちのそれと並んでトーナメント表に堂々と刻まれているのを見ると、遊びではないのだという現実感が一気に重くのしかかってくる。
「何を今更弱気になっておる。主は強いと何度も言っておるであろう」
ヴァイスの声には、呆れと共に隠しきれない高揚感が滲んでいた。ヴァイスさん、俺は戦いはそこまで得意じゃないんですがね? やめてもらえませんかね? せっかく目立たないようにしてたのに。
「まぁ、そうなんだが……。理屈じゃなくて気持ちの問題なんだよ。このトーナメント表を見てみろよ、この面子。騎士団の副団長だの、宮廷魔法師だの、物騒な肩書の奴らばかりじゃないか」
俺が指でなぞった先には、いかにも強そうな名前がずらりと並んでいる。俺たちのような、どこの馬の骨とも知れないD級冒険者が勝ち進めるほど、甘い大会ではなさそうに感じた。
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ム 騎 宮 A ヴ 騎 B プ C D
ク 士 廷 級 ァ 士 級 リ 級 級
ノ 団 魔 冒 イ 団 冒 ン 冒 冒
キ 副 法 険 ス 団 険 険 険
団 師 者 長 者 者 者
長
「肩書きなんぞ張り子の虎じゃ。そんなものを気にするだけ無駄であろう」
ヴァイスはシチューを一口味わうと、こともなげにそう言う。すると、テーブルで黙々とご飯を食べていたプリンが、ぱっと顔を上げて元気いっぱいに声を弾ませた。
「強い人たちと戦えるんだよね? あそこで早く戦いたいよねぇ~♪」
プリンさん? あなたも戦闘狂なんですか? なんでうちの仲間たちはいつもそうなんですかね?
「きゅっきゅっ♪」
俺の肩の上では、ハムだけが「俺、カンケーねえっすからね。話を振らないでくださいよ? って、それよりこのナッツうめぇ」とばかりに頬袋をパンパンに膨らませている。そのナッツ、あんま持ってきてないから大事に食えよ?
「まぁプリンも自分の力を試す、いい機会だ。頑張れよ―!」
俺がプリンの頭を優しく撫でると、満面の笑みで頷き、嬉しそうに体をくねらせた。
な、なんて破壊力だ! カ、カメラはどこっすか?
「主よ? 何をボケーっとしておる? そしてくねくねしすぎじゃプリンよ。プリンは我と決勝で当たるまで、決して負けるでないぞ?」
と、ヴァイスがどこか誇らしげに言う。
「にしてもじゃ、あの程度の輩に、我やプリン、それに主が後れを取ることなど万に一つもないはずじゃがのぅ。主は隠密による撹乱、プリンは鉄壁の守り、我は全てを貫く破壊力。このどれも崩せる者など、この世におらぬと思うがのぅ」
自信満々のヴァイスの言葉に、思わず笑みがこぼれた。数多の魔物との死闘を乗り越えた今、ヴァイスの言葉には確かな説得力があった。
「そうだよな…。俺たち三人は、そこらの冒険者とはレベルも違うし、スキルだって別格のはずだ」
自分たちで言うのもなんだが、これまで積み重ねてきた経験値は嘘をつかない。俺たちの実力は、かなり高いレベルにあるはずだという自負があった。
「うん。そうだな。やるからには、てっぺんを目指してみるか」
俺はパンをちぎって濃厚なシチューにたっぷりと浸しながら、決意を新たにする。
「これはもう、ただの腕試しじゃない。俺たちがこの世界でどれだけやれるのか試してみようじゃないか」
異世界に来てからの目まぐるしい日々が、脳裏を駆け巡る。暗い森での孤独で不安な生活、ヴァイスやプリン、ウェスリーたちとの運命的な出会い、そして数々の強敵との戦い。その全てが、今の俺たちを形作っているのだな。
「うむ、それでこそ我が主じゃ」
満足げに言うヴァイスと、これから始まる激闘を想像しているのか、楽しそうに左右に揺れるプリンの姿。俺は残っていた飲み物をぐいっと一気に飲み干した。
「よし、食うぞ! 明日に備えて、しっかり英気を養わないとな!」
子フェンリル達にも分け与えながら今日一日の試合の話で盛り上がっていく俺達であった。
そういえば、ウェスリーは元気してるかな? 家は出来てるかな? 拗ねてないといいが。ウェスリーの事だから、来ないなら来ないで、あれやこれやとしていそうだが。
1話を感想会だけで引き伸ばすのは地獄でした。しんどいので通常通り切り替えますw




