第51話 予選試合
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます!」
スクラップ・コロッセオ闘技場。その巨大な空間に司会の朗々とした声が響き渡った。
熱狂的な歓声とざわめきが、まるで生き物のように蠢いている。
「人、多すぎじゃね?」
ここは、年に一度開催される大会の予選会場。多くの冒険者や武術家、あるいはスキルオーブを手に入れて一攫千金を夢見る者たちが、己の腕を試すべく集まっていた。観客席もまた熱気に包まれ、誰もがこれから繰り広げられるであろう激戦に胸を躍らせている。
ムクノキはその喧騒の中に紛れ、どこか落ち着かない様子で周囲を見渡していた。まさか自分がこんな大舞台に立つことになるとは、異世界転移する前の彼には想像すらできなかったことだ。
「ご存知の通り、この予選を勝ち抜き、トーナメント本選へ進出できるのはたったの十名のみ!」
司会の言葉に、場内が再びざわつく。予選はAからDの四つのブロックに分かれ、各ブロック五十名、合計二百名が参加している。その膨大な数の中から本選へ駒を進められるのは、わずか十名。これは途方もなく狭き門だ。
ムクノキはゴクリと唾を飲み込んだ。自分がこの中に名を連ねることができるのだろうか。不安がよぎる。
「各試合、複数名が参加し、最後までフィールドに残っていた者が勝ち残り! あるいは相手を戦闘不能にするか場外へ落とせばいい! ただし殺傷行為は一切禁止! 違反者には厳正なる罰が下ります!」
ルールはシンプルだ。乱戦の中、いかにして生き残るか、いかにして相手を排除するか。
個々の戦闘能力はもちろんのこと、状況判断力や駆け引き、そして運も大きく影響するだろう。ムクノキは、自分が持つ「スキル」と「知識」を最大限に活用するしかないと、改めて決意を固めた。
「それでは、ただいまより予選第一試合を始めたいと思います! 各自予選会場へと向かってください!」
司会の高らかな声と共に、各ブロックの第一試合に参加する選手たちが、定められた闘技場へと足を踏み入れた。ムクノキは自身の名を呼ばれ、Aブロックの闘技場へと向かう。
五十名の選手が広大な円形のフィールドに散らばり互いに牽制しあう。その中には、見慣れた顔はいない。
ヴァイスとプリンとは、異なるブロックに割り振られていることを確認し、京介は小さく安堵の息をついた。
「予選で当たらなかったか。よかったな」
ヴァイスとプリンに初戦から当たると、色々と面倒なことになるのは目に見えている。ものの見事にみんなバラけたようだ。
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「予選開始!」
試合開始の合図が響き渡った、その直後だった。
Bブロックの闘技場で一際異質な存在感を放っていたヴァイスが動いた。ヴァイスは両の腕を天に向かって突き上げると、見る見るうちに魔力を収束させていく。
「トルネード!」
ヴァイスの咆哮と共に、彼の周囲に発生した風の渦は、瞬く間に巨大な竜巻へと変貌した。それは、闘技場全体を覆い尽くさんばかりの規模となり、その中にいた五十名の選手たちを、問答無用で巻き込み、宙高く舞い上げたかと思うと、一瞬にして闘技場の外へと叩きつけていく。
悲鳴を上げる間もなく、選手たちは次々と場外へ排除されていく。
その光景は、まるで竜巻が砂埃を巻き上げるかのようにあっけなく、わずか十数秒でヴァイス以外の全ての選手が呆気なく場外へ転がっていた。その中で一人だけ何とか踏ん張って居た者が一人だけいた。
「……はぁ。少し手間取ってしまったのぅ。もう少し抵抗するかと思ったんじゃが大丈夫だったかのぅ」
ヴァイスは涼しい顔で呟き、呆然とする審判と信じられないものを見るような観客たちの視線を一身に浴びていた。
文字通りの秒殺。
力で全てをねじ伏せるその戦い方に、観客席からは驚きと畏怖、そして狂気にも似た歓声が上がった。
「Bブロック2名、トーナメント本線出場決定!」
一方、Dブロックの闘技場では、プリンが異彩を放っていた。
プリンは決して自ら攻撃を仕掛けることはなく、ひたすら闘技場内を軽やかに、まるで舞うように駆け回っていた。他の選手たちがプリンを捕まえようと追撃するが、プリンの動きはあまりにも素早く、攻撃は悉く空を切る。
プリンは相手が焦り、疲弊していくのをじっと待っていた。そして、狙いを定めたかのように相手がわずかに隙を見せたその瞬間、正確無比な魔法を放ち、的確に一人、また一人と場外へと落としていく。それは力任せなヴァイスの戦い方とは対照的で、まるで獲物を狩るかのように、冷静に、しかし確実に獲物の数を減らしていく戦術だった。観客たちは、その優雅にして容赦ない戦い方に息を呑んで見入っていた。
最終的にプリンは、ほとんど汗一つかかずに闘技場で残り2名になるまでひたすら狩り続けた。
「Dブロック2名、トーナメント本線出場決定!」
そして、ムクノキが立つAブロックの闘技場。彼もまた、己の戦術を静かに実行に移していた。
「隠密、気配遮断 風遮断」
スキルの発動と共に、京介の全身を薄い靄のようなものが包み込み、その存在が周囲の景色に溶け込んでいく。気配が消え、視覚からも認識しづらくなるこのスキルは乱戦においては絶大な威力を発揮する。彼はその隠密状態のまま他の選手たちの隙を縫って慎重に、しかし素早く移動した。
乱戦の中で、互いに意識が分散している隙を突き、京介はターゲットに選んだ選手の背後へと忍び寄る。相手が彼の接近に気づくことはない。
「すまんな」
心の中で呟きながらムクノキは相手の首筋に正確な一撃を叩き込んだ。
手加減された打撃ではあるが、急所を突かれた相手は、意識を刈り取られ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。あるいは、他の選手と交戦中の相手の死角を突き、足元を掬うような動きでバランスを崩させ、そのまま闘技場の外へと押し出す。その全てが、まるで誰かに押されたようにしか見えない、不可解な状況だった。
決して派手な動きではない。観客の注目を集めることもない。しかし、確実に、そして静かにムクノキは闘技場から相手の数を減らしていった。時には、二人の選手が揉み合っているところに接近し、両者まとめて場外へと誘導したりもした。
俺の目的は、あくまで「勝ち残ること」。そのためには、いかにして目立たずに、効率的に目的を達成するかが重要だった。
「Aブロック2名、トーナメント本線出場決定!」
そうして、各ブロックの予選第一試合が全て終了した時、信じられないほどの早業で全員を蹴散らしたヴァイス。優雅にして狡猾な戦術で勝利を掴んだプリン。そして、誰にも気づかれることなく、陰から着実に相手を排除していったムクノキ。
三人はそれぞれの方法で、見事にトーナメント本選への切符を手に入れることができたのだった。
ちょっとここから更新頻度が落ちるかもしれません。戦闘シーンが苦手なもんで今週のストックがもうないんですorz⋯⋯




