第八十五話:去りし者たちの意思を背負いて
――そして、戦は終わった。
凛夜、カガリ、紅明、縁、美奈子、そして楓馬――
六人は、激戦の地から帰還した。
国営陰陽機関【逢魔】へと、無事に。
だが、それは決して“勝利”という言葉だけで語れるものではなかった。
六人以外――
共に戦った仲間たちは、その尊き命を戦場に散らした。
逢魔の本拠地に残った防衛班もまた、半数が帰らぬ者となった。
日本は守られた。
しかし、守るということは、同時に「多くを失う」ということでもあった。
その日、逢魔本庁の広場で、戦死者たちの追悼式が執り行われた。
大切な者を失い、泣き崩れる者。
生き残り、互いの無事を抱き合って喜ぶ者。
静かに空を仰ぎ、祈る者――。
誰の胸にも、深く刻まれたのは、命を賭してこの国を守った英雄たちへの強い想いだった。
◆
逢魔庁から少し離れた丘に、ひとつの墓石が建てられていた。
その墓碑には、ただ一言だけ、名が刻まれている。
――芦屋冥道。
墓参に訪れる者は、ごくわずかだ。
その名が大罪人として語られている以上、当然のことだった。
だが、それでも――墓前には花が絶えなかった。
あの世で、せめて罪を洗い、その魂が救われることを。
それを願う者が、確かに存在した。
凛夜、カガリ、紅明、縁の四人は、その墓前に並び、静かに手を合わせた。
「……冥道。罪を拭いて、今度こそは“違う自分”になりな…」
紅明が低く呟く。
「……貴様のこと、儂は、忘れぬ。儂も…己が罪を背負い、生きていく」
カガリの声には、いつになく温もりが宿っていた。
縁は黙って目を閉じ、長く祈っていた。
凛夜はカガリの肩にそっと手を添えると、ぽつりと言った。
「……人は、変われるんだな」
カガリが、その横顔を見つめ、微笑んだ。
◆
そこからの逢魔の日々は、復興に捧げられた。
焼け落ちた庁舎の一部を修復し、負傷者の手当を行い、戦死者の遺族への誠意ある対応に奔走する。
だが、異界の門が閉じられたからといって、妖魔がすべて消え去ったわけではない。
日々、どこかで妖は姿を現し、人々の暮らしを脅かしていた。
逢魔の使命は、今なお終わっていない。
◆
忌部楓馬は、副長官の座を自ら退いた。
冥道との決戦の際、ただ一人で暴乱鬼と呼ばれる最上位妖魔を討ち果たした男。
だが、その代償として身体は深く傷つき、加えて年齢のこともあった。
「ちょうど良い機会じゃ。儂は前線を退き、裏方に徹するとしよう」
その顔には寂しさと共に、やりきった者だけが持つ静かな誇りが浮かんでいた。
◆
癒やし手・日下部美奈子は、後進の育成へと力を注ぐことになった。
次代を担う癒やし手たちの存在は、これからの日本にとって欠かせない。
彼女の柔らかくも厳しい指導のもと、多くの若き癒し手たちが育っていった。
◆
紅明は、山奥の古寺を引き払い、逢魔の近くに新たな住まいを得た。
そして、縁と共に暮らし始めた。
異界の門が閉じられた今、山奥に留まる理由はなかった。
逢魔特別顧問として、時に若き陰陽師の指南役となりながら、静かに過ごしている。
縁は、そんな紅明の傍で笑顔を見せ続けている。
「最近、二人のときは縁さんがこれでもかってくらい甘えてるらしいですよ」
そう、美奈子が囁くと、紅明は照れ臭そうに頬を掻く。
だが、否定はしない。
癒やしの家で千二百年もの間、魂を閉ざされ続けた少女。
宗雅の大呪法により守られていたとはいえ、その孤独は筆舌に尽くしがたい。
今、ようやく手に入れた日常。
彼女が誰かに甘えることくらい、当然の権利だろう。
◆
凛夜には、引退した楓馬の後任として「逢魔庁副長官」の辞令が下された。
彼の功績を見れば、それは当然の人事だった。
だが、凛夜はそれを丁重に辞退した。
「俺はそんな器じゃない。……それに、いつでも…カガリと一緒にいたいんだ」
理由はそれだけだった。
ただ、それだけで、十分だった。
カガリは凛夜の隣に寄り添い、穏やかに笑った。
◆
――そして、時は流れる。
あれから一年。
桜が咲き、雪が降り、また春が来た。
それぞれの想いを胸に、彼らは今日もこの国のために生きている。
それは、逝った者たちの意志を繋ぐことでもあり、
これからを生きる者たちが、「未来」を創るということでもあった。
彼らの中にある“想い”は、決して消えることはない。
それは、命を賭して守られたこの世界の、確かな礎なのだから。




