表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/88

第八十話:想いの輝き

二人の目の前に――

あれほどまでに強大だった男が、崩れ落ちていた。


まるで悪夢が明けたあとのように、現実感がなかった。


「……儂らは……勝ったのか?」

カガリの声は、掠れていた。


凛夜も、呆然としたまま答えた。

「……ああ……勝った……」


そのとき、倒れていた冥道が微かに唇を動かす。


「貴様たちの……勝ちだ」


それは敗北を認める者の、静かな――そして確かな声だった。

その一言を聞いたとき、二人の胸にようやく、じわじわと実感が芽生える。


……本当に、終わったのだ。


しかし、安堵に浸る暇はなかった。


「――ふたりとも! 紅明さんがッ!」

美奈子の悲痛な叫びが、空気を引き裂いた。


凛夜とカガリは反射的に紅明のもとへ駆け寄る。


地に伏した紅明の身体は、まだ微かに動いていた。だが、呼吸は浅く、鼓動も次第に弱まっていく。


「このままじゃ……」

美奈子が泣きそうな顔で訴える。

「ごめんなさい……私の力じゃ……紅明さんを……助けられない……」


絶望が、ふたりの胸を押し潰すように襲ってくる。


(なにか……なにか方法があるはずだ……!)

(なぜじゃ……なぜ儂は……癒しの力を……)


そのとき、背後に気配を感じ、ふたりは一斉に振り返った。


そこには――冥道が、立っていた。


凛夜は即座に構える。

「貴様……まだやる気か……ッ」


だが冥道は、両手を上げることもなく、構えるそぶりさえ見せない。


(はや)るな。もうそのつもりはない。……我は、否、“俺”は負けたのだ」


その瞳に、もう敵意はなかった。

そこにあったのは、何かを終えた者の、穏やかな諦観だった。


不思議なことに――凛夜もカガリも、嘘ではないと直感でわかった。


「……勝利者であるお前たちには、一つくらい……戦果があっても良いだろう」


冥道はそう言うと、ゆっくりと手を翳し、呪力を編み始めた。


(何をする気だ……?)

ふたりは警戒するが、呪式から感じるのは、恐ろしさではなかった。


むしろ――懐かしく、温かな気配。


まるで、あの「癒しの家」のような……静かで、優しい気配だった。


冥道が紡いでいたのは、大呪法。

それはかつて、久遠宗雅が縁の魂を千二百年守るために用いた、命を対価とする究極の術式。

その大呪法に匹敵、あるいは凌駕する奇跡の呪法。


今、冥道がその力を注ぐのは――『受肉の大呪法』。

禁忌中の禁忌とされる呪法。


その効果はただ一つ。

ひとつの魂をこの世に呼び戻し、肉体を与えること――


その対象は、他ならぬ安倍縁。


「……あの者の魂は、まだここに在る。

……あの家に囚われながらも、ずっと……」


冥道の言葉が途切れ、光が地に降り注ぐ。


眩い輝きの中、ひとつの人影が形を成していく。


千二百年の時を超えて――

安倍縁が、いま甦った。


なんと皮肉な話だろうか。

呪術理論上にのみ存在した、人の身では到れぬとされていた大呪法。

復讐のために人であることを棄てた一人の男が、安倍晴明ですら手が届かなかった頂きに……最後の最後で到達せしめた。


久遠宗雅が命を賭して守り、芦屋冥道が魂を救った。

癒しと守りの申し子――奇跡は、起きたのだ。


冥道の身体は既に限界だった。

術式の対価を払い、わずかに残った命も、もはや燃え尽きようとしていた。


それでも冥道は、なお立っていた。


「……まだだ……まだ、終われぬ……」



冥道の目が、かすかに異界の門へと向けられる。

かの門は、まだ閉じていなかった。


「異界の門を……閉じねば……」


崩れ落ちかけた身体を支えながら、冥道は印を刻む。

しかし、その動作はすでに限界に近かった。


――命の灯火が、尽きようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ