第七十六話:燃える獣、落つ
異界の門は、天と地を断ち割るようにそびえていた。
瘴気と雷が交差し、空間そのものが軋んでいる。
その目前に、血を滴らせながら対峙する二人の男がいた。
――安倍紅明。
――芦屋冥道。
共に満身創痍。
だが、まだ両者の目から光は消えていなかった。
目の前に立つ敵から、一瞬たりとも視線を逸らさない。
その場に駆けつけた凛夜、カガリ、美奈子の三人。
凛夜は、師と仇を同時に目にして、目を見開いた。
「じいさん……冥道……! くそっ、何でこんなことに――!」
しかし三人が動こうとした瞬間、紅明の声が鋭く空を裂いた。
「来るんじゃねぇ!」
血に濡れた唇からほとばしる言葉は、命を削るような響きを持っていた。
「……よく見てろ。これは、俺たちの決着だ。次は、お前たちがやるんだよ……凛夜」
凛夜は言葉を飲み込んだ。
紅明の背に、かつての仲間の想い、時を越えた約束が刻まれているのを感じた。
下手に動けば、それを踏みにじることになる。
冥道が、低く笑う。
「その意気や良し。……決着だ、紅明」
二人は同時に、最後の構えを取った。
紅明が詠ずる。
「陰を転じて陽と成す、陽を転じて陰と成す。
木が燃ゆり、土を育み、金を生み出し、水が溢れる――
七天……滅殺!」
七つの波動が重なり合い、極彩の輝きが天を貫く。
冥道もまた呪を唱える。
「下天燻りて天を望む。覇道渡りて修羅へと堕ちる。
六道九相を巡りて朽ちよ——
冥天外道!」
漆黒の闇が渦を巻き、あらゆる理を飲み込むようにうねり始めた。
光と闇――相反する力が、天地を裂いて激突した。
最初に来たのは、光。
次に、爆音。
そして、爆風。
凛夜たちは咄嗟に耳を塞ぎ、目を覆う。
足元が震え、風圧が全身を揺さぶる。
「うわっ……!」
「この力……人間の域ではない……!」
「じいさん……!」
煙が渦を巻き、視界を覆った。
だが、それが晴れていくと、そこには――
冥道が、立っていた。
服は裂け、片膝をつきかけている。
だが、なお立ち上がっているその姿に、凛夜の顔が青ざめた。
「じ……いさ……ん……? う、ぁ……師匠――――!!」
地に沈む紅明。
全身を打ち、動かない。だが、息は――
冥道は、動かない紅明を見下ろしていた。
そこに、嘲りはなかった。
怒りも、狂気もなかった。
ただ、深く静かな……賛辞があった。
「……見事だ、安倍紅明。
その身体で……よくぞここまで……」
その声には、どこか懐かしさすら混じっていた。
「人を捨て、理を超えた俺を……お前は、確かに追い詰めた。
これが……人の業か……。ならば……」
冥道はふらつきながら、凛夜へと視線を移した。
「お前か。久遠宗雅の血を継ぐ者……そして、あやつらが託した未来……」
凛夜は言葉もなく、睨み返す。
だが、その拳は震えていた。
冥道の目が細くなり、しかし、どこか穏やかに――
「良い目をしている……久遠凛夜。
まだ“人”を捨てていない目だ。あやつに似ているな……宗雅に……」
凛夜の喉が詰まる。
冥道は、ぼそりと呟いた。
「……だが、俺はもう戻れぬ。ならばせめて……この身の終わりで、何かを繋げるとしようか……」
そう言って、彼は紅明に背を向け、よろめきながら歩き出した。
――まだ、物語は終わらない。




