第七十話:動き出す運命
また遅れました。
安定しなくて、申し訳ない・・・
山深い古寺の静けさを破るように、霊脈がざわめいた。空気に満ちる瘴気の密度が、明らかに変わっている。
紅明は、老いた身体に鞭を打ちながら、山門の前に立っていた。
「……っち。冥道の野郎、本格的に動き出しやがったな……」
異界と現世を繋ぐ《門》は、不穏な波動を帯びて脈動していた。紅明は震える手で印を結び、封印術式を再強化する。だが――
「……くっ……!」
痛みが全身を走る。奥歯を食いしばっても、身体の奥からこみ上げる鈍痛が治まらない。
(やべぇな……霊薬の効力が切れかけてやがる……)
かつて施した「若返りの霊薬」の効果は、もはや限界に近い。その反動は確実に紅明の肉体を蝕み始めていた。
――数日前。
逢魔の一室。紅明は、凛夜とカガリを呼び出していた。
「凛夜、カガリ。お前らに、話しておかなきゃならねぇことがある」
その声音は低く、どこか切迫していた。晴明にすら見せないその表情に、凛夜は戸惑いの色を浮かべる。
「話って……それは構わないが、じいさん、顔色が……」
カガリも心配そうに目を細めた。
「うむ……話の中身は後でも良いのではないか?今のそなた、まるで人間の皮を被った死神のようじゃ……」
だが紅明は、首を振った。
「いや、ダメだ。……もう、時間がねぇんだ」
その目は、凛夜を真っ直ぐに捉える。
「凛夜。冥道の狙いは……お前だ」
空気が凍りつく。
凛夜は動揺を隠せず、口を開いた。
「俺……だと? なぜ……俺が?」
カガリも凛夜の隣で表情を強張らせる。
「冥道の目的は妖魔の増殖だけではなかったのか?凛夜が狙われる理由など……」
紅明は、ゆっくりと、だが確実に言葉を紡いだ。
「凛夜……お前の両親は、“偶然”襲われたわけじゃない。……冥道の狙いは、最初からお前だったんだよ」
凛夜の瞳が揺れる。
「……どういう、ことだ?」
「お前の家――久遠家のルーツに関係がある。お前の先祖……その名は、“久遠宗雅”」
「……宗雅……?」
カガリが目を見開く。
「まさか……あの時代の陰陽師、久遠宗雅の……?」
カガリは思い出してきた。封印の際に失われていた記憶を
「宗雅…久遠宗雅…久遠!そう…か凛夜はアヤツの…」
紅明は頷いた。
「その通りだ。お前の血は、宗雅の直系に繋がっている。つまり……お前には、“宗雅の魂の残響”が宿っている」
「……魂の、残響?」
「人は魂の器を持つ。記憶や人格こそ違えど、強き想いは“血”に刻まれ、代を超えて響く。冥道はそれを……“鍵”にしようとしている」
「鍵……?」
「ああ、久遠宗雅。かつての名を芦屋宗雅。凛夜…お前はな、芦屋の血筋なんだよ」
「冥道の目的は“完全なる同化”――つまり、宗雅の血脈を…自らと同じ芦屋の血を喰らい尽くし、己の闇を“盤石”にすることだ。お前は……その鍵になる存在なんだよ、凛夜」
凛夜は愕然とした表情のまま、口を閉じた。
自分がただの復讐者ではないこと。冥道の計画に組み込まれた“血の因果”の中心にいること。
カガリは、凛夜の肩にそっと手を置いた。
「凛夜。……それでも、お主は“お主”じゃ。たとえ誰の血を継ごうと、儂は……そなたを信じるぞ」
その言葉に、凛夜は少しだけ微笑んだ。
紅明は、そんな二人を見つめながら、ふと柔らかく言った。
「……お前らなら、大丈夫だ。信じてるぜ」
だが、その声音には微かな寂しさもあった。
(……もう長くは、持たねぇ)
自らの命が限界に近いことを、紅明は悟っていた。
現世に目覚めてから、色々と無理をしすぎた。最近は縁の癒しも受けていないし、もう効かないだろう。
――だが、それでもまだ伝えねばならないことがあった。
宗雅の意志、晴明の願い、縁の魂に託された“癒し”の思い――
そして、未来に託された、最後の希望。
その全てを、次代に渡さなければならない。




