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第六十九話:ひとときの安寧(あんねい)」

癒しの家。

かつて、悲しみの影が濃く落ちていたこの場所も、今はどこか柔らかな光に包まれている。


凛夜とカガリは、この家に身を寄せてから、静かで穏やかな日々を過ごしていた。

戦いの傷も、過去の呪縛も、まだ完全に癒えたわけではない。

けれど、互いの存在が、確かな救いとなっていた。


「のう……凛夜……良いのかのう? こんなに、幸せで……」

カガリがぽつりと呟く。


「憎しみに囚われ……多くの者に、不幸を撒いてきた……儂が……許されるのかのう……」


目を伏せ、悲しそうに笑うその顔を見た凛夜は、一瞬目を見開き、

迷いのない手つきで、カガリの肩を自分の胸へと引き寄せた。


「俺も同じだ」

凛夜の声は、静かで、それでいて真っ直ぐだった。


「かつては師の言葉を理解しようとせず……ただ、憎しみにすがって生きてきた。

当時の俺にとって、周りの人間は……利用価値があるかないかだけ。

自分自身すら、復讐を遂げるための“道具”に過ぎなかった」


「凛夜……お主……」


カガリが切なげにその名を呼ぶ。

彼女の深紅の瞳には、かすかに涙が光っていた。


「でもな……お前に会って……お前の頑張りを近くで見て、

俺は少しずつ……変わっていったんだ。

変わることが出来た。

お前のおかげだよ、カガリ」


その言葉に、カガリは堪らず、凛夜の胸へとすがりついた。


「私は……私は……貴方の救いとなれたのでしょうか……?

妖魔に身を堕とした、私が……っ!」


それは、かつての――まだ“白鐘篝”だった頃の、彼女の声。

凛夜は穏やかな表情で彼女を見つめ、両腕でそっと抱きしめる。

大切に、壊れてしまわぬように。


「……ああ。お前が、俺の心を救ってくれたんだ。

今度は俺の番だ。以前も言ったな?

お前の罪は、俺も一緒に背負って生きていくと。

愛している、カガリ。

世界中の誰よりも、お前を」


「凛夜様……あぁ……うわぁぁぁぁぁっ!」


カガリは、泣いた。

心の底から。

白鐘篝が妖魔に堕ちて以来、初めて――自分を隠さず、全てをさらけ出した涙だった。

―――この方がいてくだされば…私はもう…大丈夫――


凛夜は、黙ってその全てを受け止めた。

責めもせず、慰めもせず、ただ、そこにいてくれる人として。


癒しの家に、優しい風が吹き抜ける。

まるで――この地に封じられた安倍縁の魂が、そっと二人を包み込んだかのように。



カガリは、さきほどのやり取りを思い出しながら、俯いたまま顔を真っ赤に染めていた。だが、次の瞬間、ばっ!と顔を上げ、凛夜に向かって叫ぶ。


「り、凛夜……今のは……その……わ、忘れるのじゃ!!」


凛夜は少し驚いたような顔をしてから、ふっと唇の端を吊り上げ、珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「さて……どうするかな」


「うぅ……意地悪せんでくれ……凛夜よ……」


困り果てて肩をすくめるカガリの様子に、凛夜は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、柔らかく彼女を見つめていた。


――そのとき。


「……あのぉ……お邪魔……してます……」


「あ、勝手にあがって……すみません……でも……」


「この家に……あがっていいって、言われた気がしまして……ご馳走様です」


声のした方を見ると、玄関先から顔を覗かせていたのは、逢魔の若い陰陽師たち数人だった。どうやら誰かの計らいで、癒しの家に遊びに来たらしい。


それを見たカガリは一瞬ぽかんとし――やがて再び顔を真っ赤にし、怒鳴った。


「ゆ、ゆかりーーー!お主の仕業かっ!!」


言いながら、照れ隠しのように両手を振り回し、カガリは怒ったふりをしてバタバタと立ち上がる。


部屋の片隅からは、くすくすと笑う声が聞こえたような気がした。


何やら、癒しの家全体がほんの少しだけ浮き立った空気に包まれていく。まるで、そこにいる者たちの心が、ひととき安らいだような――そんなぬくもりが漂っていた。


凛夜は苦笑いを浮かべながら、その光景を優しく見守っていた。


「やれやれ……仕方のない奴らだな」


そのとき、不意に。


(……えへへ、ごめんね?)


――そんな、縁の声がどこかから聞こえたような気がして、凛夜はふと天井を見上げた。


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