第七話:仮職員カガリ
カガリの姿が、逢魔本部に現れたとき――
騒ぎは、瞬く間に組織全体へと広がった。
「……何故あの“最強妖魔”が、この中にいる?」
「冗談ではない。妖魔を、逢魔に入れるなど……!」
当然だ。
《逢魔》とは国が極秘に設立した、対妖魔用の陰陽師機関。
結界の強度も、霊符の質も、常に国家レベルの秘匿事項として管理されている。
そこへ、かつて人々を恐怖で震え上がらせた妖魔が足を踏み入れるという異常事態。
反対の声が上がらないはずがなかった。
だが、その騒ぎを凛夜は静かに鎮めた。
「俺が責任を持つ。彼女を、ここに迎えると決めたのは俺だ」
それは、一切の感情を排した冷徹な宣言。
だが逆にそれが通ってしまうのも、久遠凛夜という男の業績ゆえだった。
彼の存在は、逢魔の“最終兵器”に等しい。
数々の異常災害、国家消失クラスの呪障害案件を単独で解決し、表沙汰にはならぬ“未曾有の禍”をいくつも葬ってきた。
凛夜が動けば、黙るしかない――
上層部ですら、そう認識していた。
こうしてカガリは、《逢魔仮職員》として異例中の異例で迎え入れられることになった。
住まいは当然、凛夜とは別。
それも、寮の棟ごと距離を離された“特別監視居住区”の一室。
監視カメラこそ設置されていないが、霊的センサーが常時起動し、カガリの動向は陰ながら監視されている。
そんな状況にもかかわらず、カガリは殊更に騒がず、凛夜の意を汲んだように黙々と日々を過ごしていた。
「……なるほど、これが“炊飯器”というものか。水と米を入れ……ぬぅ!? 蒸気が出おった!?」
「“エレベーター”とは……箱に入ると、高みに運ばれるというのか……うむ、便利じゃ」
「“パソコン”……? なんと、紙も筆もいらぬのか!?」
最初は、現代の生活に一々驚いてばかりいた。
だがカガリは、元より知性のある存在だった。理解しさえすれば順応は早い。
任された簡単な事務作業や資料整理をこなし、文句一つ言わず学ぼうとするその姿勢に、最初は戸惑っていた職員たちも少しずつ接し方を変えはじめていた。
――だが、溶け込んでいるとは言えない。
「……元・妖魔なんだろ。いつ暴れるか分からない」
「表面上は大人しいけど、何を考えてるか分からないよ」
距離はある。
恐怖と警戒が、彼女への“壁”となっている。
一方で、カガリ自身もまた、そのことを痛いほど理解していた。
(……そうじゃな。儂は、かつて多くの人間を喰らい、恐れられ、憎まれてきた。当然のこと)
自分が“赦される”など、最初から思っていない。
ただ――
(それでも、凛夜のそばにいたい。それだけなんじゃ)
人間であった頃からずっと欲しかった“誰かに認められる”という想い。
そして、凛夜という存在の中に見出した、決して口には出されぬ温もり。
それが、カガリを動かしていた。
例え、周囲に忌み嫌われようとも――
それでも、傍にいたい。
こうして、“最強妖魔”カガリは、仮とはいえ“人の側”に立つ者となった。
凛夜とは、距離を置かれた寮で生活し、逢魔本部でも部署は別。
だがその距離は、簡単に断てるものではなかった。
誰よりも憎しみに囚われていたはずの二人が、今――確かに“同じ場所”にいた。