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第六十三話:晴明の章 前編――残された者、安倍晴明――

静かな夜だった。


京の町に、かすかな鈴虫の音が響く。

人々は眠り、灯は落ち、闇だけが地を満たす。


だが、私の心には、ひとときの静寂も訪れなかった。


宗雅が去った日から、もう幾夜が過ぎただろう。

紅明は未来へと封じられ、縁は魂のみの存在となり、宗雅は己の命を代償に、大呪法を成し遂げて消えた。


そして、私は――

ただ一人、この時代に取り残された。


「……残された者、か」


呟く声が夜風に溶けた。


かつての仲間たちは、みな遠くへ行った。

それぞれの“未来”を託して。

そして私だけが、“今”に縛られ続けている。


(だが、それでいい)


私は、そう決めたのだ。

誰かが、“今”を守らねばならぬ。

千二百年後に、すべての希望が辿り着けるように。


「……三人の想いを、私がすべて抱いて――」


そう、口にした刹那。


空が裂けた。


夜空の彼方、雲を喰い破るように、禍々しい気が溢れ出す。

瘴気の奔流が、京の空を黒く染めていく。


その中心に、いた。


「芦屋冥道……!」


それは、かつての陰陽寮を追われ、鬼神の道に堕ちた元・陰陽師。

己の欲望のままに、禁忌の術を喰らい尽くし、命すら歪めた男。


「久しいな、晴明……。宗雅も、紅明も……もはや、ここにはいないのだろう?」


冥道の声は、蛇のようにねちこく、氷のように冷たい。


「貴様……まさか、この時を狙って……!」


「当然だとも。お前が“独り”になる時を、ずっと見計らっていた。

今こそ、貴様を殺し、この国を黒き渦へと沈める!」


空が叫び、地が軋む。


冥道が腕を掲げた瞬間、京の地に無数の呪獣が湧き上がる。

獣の形をした怨念どもが、人の命を求めて蠢き出す。


だが私は、一歩も退かぬ。


「……来い。貴様ごときに、託された未来への道を壊させはしない」


左手に五芒星、右手に呪符。

詠唱は無くとも、意思が霊流を走る。


「天の理、地の律、我が掌に集え――!」


爆ぜる雷。

縛る鎖。

清める火。

陰陽五行が一つに交わり、術となって冥道を穿つ。


冥道は叫び、黒き霧を巻き上げて対抗する。


「いいぞ……晴明……これぞ、“最期の陰陽師”の力……貴様を破り、我が世界を否定しよう!!」


その言葉に、私は黙して応えない。

ただ、打つ。打ち続ける。

自らが砕けようとも、あの未来へと道を繋ぐために。


術と術のぶつかり合いは、空を焦がし、大地を裂いた。

戦いは数刻に及び、互いの力は限界に達していた。


そして――

一つの決着が、訪れる。


「……縛……封……顕……滅……!」


晴明の指先が、冥道の胸元を突く。

そこには既に、幾重にも重ねた封呪が刻まれていた。


「……貴様……まさか……!」


冥道の瞳に、怯えが走る。


「貴様の“核”は、既に術に囚われている。

この術は貴様を“殺す”ものではない。殺せずとも、“眠り”に就かせるためのものだ。

千二百年の間、お前はこの地の深淵で、夢も見ずに沈むがいい」


冥道が、叫ぶ。


「晴明ぃぃぃいい!! この“俺”を、封じきれると思うなよ……!

いずれ、目覚める……そして、すべてを呪い殺す……ッ!!」


「その時には、紅明がいる。そして、次世代の者たちが……お前などに、未来は渡さぬ」


最後に術符を叩き込む。

冥道の姿が黒き霧に溶け、そのまま空間の裂け目へと吸い込まれていった。


嵐が止む。

闇が退き、静寂が戻る。


私は、膝をついた。


疲労などではない。

心が、空だった。


宗雅も、紅明も、縁もいない夜。

その夜の中で、一人、私は空を見上げる。


(――これでいい。私は、“残された者”だ)


だが、それでも、進む。


この命の尽きるその時まで。

彼らの想いを抱き続けながら。


「……行こう。私には、まだやるべきことがある」

冥道を倒すことは叶わなかった。紅明へと――未来の者たちへと託さざるを得なかった。


なんと因果な事だろう。

未来で起きる『大百鬼夜行』。

その原因を未来へと送ることとなったのは、安倍晴明自身に他ならない。


『今』を守るために、未来へと託さざるを得なかった。


ならばせめて――この時代は守り通して見せる。彼方の未来へ、繋いでみせよう。


静かに立ち上がり、再び闇へと歩き出した。


未来へと、三人を繋ぐ“橋”として――。



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