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第五十六話:宗雅の章2:三つの星、交わる

京の空は、まだ春浅く。

冷たい風に梅の香が紛れていた。陰陽寮の庭に、若き陰陽師たちの声が響く。


実力試験――それは、若手陰陽師たちの登竜門にして、名声と任務の機会を得るための戦い。

けれど宗雅にとっては、それすらも「調和」の一端にすぎなかった。


「お前の式神、無駄な動きが多いぞ。風と術を合わせろ」

「……はい」


他の者が競い合い、名を高めんと奮う中、宗雅はただ静かに立ち、周囲の力の流れを見つめていた。

一分の乱れも許さぬその眼差しは、どこか冷たいとさえ見えたかもしれない。


だが、その日――彼の世界に、新たな風が吹いた。


「おい、あの堅物、また式神を黙らせちまったぞ」

「ははっ、まるで凍りついたみたいだな」


ひょうひょうと笑いながら現れたのは、一人の男――安倍紅明。

風をまとったように自由な気配と、野性めいた眼差し。

周囲に気を配るそぶりもなく、けれどその瞳は、鋭く宗雅を見据えていた。


「おまえ……芦屋筋か?」

「否、久遠宗雅。それ以上は聞かぬほうがよい」


「へぇ。じゃあ、おれは安倍紅明。こっちが兄者の晴明。まあ、ちょっと頭は切れるが性格は最悪だぞ」

そう悪戯じみた笑みを浮かべながら言う紅明。


振り返れば、静かに佇む男の姿。

白い装束をまとい、整った顔に仮面のような無表情。

それが――安倍晴明だった。


宗雅は、彼の目に映る「何か」を見た。

それは虚無ではない。激情でもない。

研ぎ澄まされた静寂――自分と似た、けれど異なる芯の強さ。


「……なるほど。貴殿も、乱れを嫌う者か」


「心の乱れは術を乱す。術の乱れは、命を落とす。――それだけのことだ」


晴明の言葉に、宗雅はわずかに頷いた。


そのとき、ふわりと甘い風が吹いた。

庭の片隅に、淡い桃色の光が舞った。


「あっ、また花を咲かせてる……」

「あれは……」


ゆっくりと歩み寄ってきたのは、一人の女性だった。

浅紫の装束に身を包み、柔らかな笑みをたたえたその人――安倍縁。


「おはようございます。晴明兄さん、紅明お兄ちゃん、そして……はじめまして。久遠宗雅さまですね」


宗雅は驚いた。初対面のはずなのに、彼女は何の躊躇もなく、自分の名を呼んだ。


「……名乗った覚えはないが」


「いえ、風が囁いたのです。『久遠』という音が、とても清らかだと」


宗雅は言葉を失った。

その微笑みには、争いも計略もない。

ただ静かに、すべてを受け入れる光があった。


(この者は――調和そのものだ)


紅明は笑った。「うちの縁はな、見た目はかよわいが、式神たちが一番頭が上がらないんだ。まったく、癒やしと守りの申し子ってのは伊達じゃねえ」


縁は紅明の言葉に、恥じらいの笑みを浮かべてうつむいた。


宗雅は思った。

この三人――まるで、三つの星のようだと。


ひとつは剣のごとき星。ひとつは風のごとき星。そして、ひとつは光そのもののような星。

それが、奇しくも自分の道に交わってきた。


やがて宗雅は知ることになる。

この三人との出会いが、自身の運命をいかに大きく変えるかを。


――そして、それが「終わりと始まり」の兆しであることも。


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