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第五十五話:宗雅の章1:久遠の名の由来

遅くなってしまいました…ワタクシ反省です。

夜は静かに、けれど確かに闇を深めていた。月はまだ昇らぬ。星も雲に隠れ、ひとしずくの光も差さぬ、無為の宵。

久遠宗雅はその闇のなかに、目を閉じていた。


――人を守るために、心を乱さぬこと。


それが、己の在り方と定めて久しい。

だが、そこへ至るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。


かつて、彼の名は「芦屋宗雅」であった。

芦屋一門――朝廷にも名を轟かせた名家に連なる者。

だがその家には、闇があった。栄華を貪る一方で、裏では妖と通じ、力のみに執着する者たちがいた。


宗雅が幼い頃から最も恐れていたのは、その頂点にいた二人のうちの一人…芦屋冥道の存在である。

芦屋一門において、知らぬものはいない存在、芦屋道満。

その道満に匹敵すると言わしめた男。


冥道は幼少の頃から才を現し、そして勤勉だった。

人を守り、道理に殉ずる。

それがかつての冥道の言葉だった。

あるいは、彼は誰よりも純粋だったのかもしれない。純粋すぎたのかもしれない。


いつの頃が、彼は変わっていった。それからの彼は、どこまでも冷酷だった。

己の術のためならば弟子を実験台にすることも厭わず、「陰陽とは支配である」と語って憚らなかった。


「宗雅、お前もいずれ我に堕ちる。血は選べぬものだ」

冥道がそう囁いた夜、宗雅は眠れなかった。

だが、その言葉に屈してはならぬと、幼心に誓った。


宗雅はある夜、密かに芦屋本家を離れ、母方の旧姓である久遠の名を継いだ。

その名は「時を越えても、調和を守り続ける者」という願いを込めて代々密かに伝えられていたものだ。


血は争えぬ。

だが、心は選べる。


その信念が、彼を「調和の陰陽師」へと育てていった。


陰陽寮に入ってからも、宗雅は異端とされた。

あまりに静かで、あまりに揺るがず、どこか人間離れしているとさえ囁かれた。

けれど彼は知っていた。力のために心を捨てた者が、いずれ何を生み出すかを。

それを、冥道の背で学んでしまったから。


宗雅は力に溺れず、乱れぬ心で物事の調和を計ることにこそ、陰陽の本質を見出していった。


やがて彼のそばには、少しずつ人が集まり始めた。

ある者は恐れながら、ある者は不思議と安らぎを覚えながら。

その中心にいたのが、安倍晴明。そして、晴明の弟・紅明。

そして――後に「癒やしと守りの申し子」と称される安倍縁であった。


宗雅はその出会いを、「天意」と思った。


そして今、再び夜の中で目を閉じながら、宗雅は静かに息を吐いた。

闇は近い。冥道の影が、再び蠢いている。

あのときと同じように、血が軋む音がする。


「久遠宗雅」――その名が意味するものを、今こそ果たすとき。


「人を守るために、我は我を捨てる。だが、心までは渡さぬ」


闇の向こうから、何かが呼んでいる。

その声に応じるように、宗雅の周囲の空気がふと張り詰めた。


これは、始まりにして終わり。

――「宗雅の章」が、今、静かに幕を開ける。


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