第五十四話:篝の章 8――罪を抱き、現世に舞い戻る者――
これにて篝の章は終わりです。次からは宗雅の章となります。
長き眠りの果てに、彼女は再び目を覚ました。
そこはもはや、篝が生きた時代ではなかった。
誰も彼女を「巫女」と呼ばず、かつての想い人の名を知る者もいない。
目に映る街並みも、風も、空の匂いすらも違っていた。
だが、変わらぬものが一つだけあった。
――心に残された、深い悲しみと、消えることのない罪の意識。
「……また目を覚ましてしもうたか。まったく、儂の命もなかなかしぶといのう……」
枯れたような老いた声。
だがその瞳の奥には、いまだ人としての魂が宿っていた。
久遠宗雅が願ったこと。
“せめていつの日か――お前の魂が救われる日が来ることを”
その言葉は、心の奥に深く刺さったまま抜けなかった。
その願いに応えようとは思わなかった。
いや――応える資格など、とうにないと思っていた。
現世に蘇ったカガリは、再び妖魔として、人の世に災厄をもたらした。
それはまぎれもなく罪であり、許されるものではない。
だが、時折その罪の中に、
滅びゆく命を静かに送るための“情け”がにじむこともあった。
まるで、かつての巫女としての在りし日々が、まだどこかに残っているかのように。
――そして、ついに。
国営陰陽機関《逢魔》が動いた。
妖魔・カガリを討伐するために、若き陰陽師を一人、現場へと送り込んだ。
その名は――久遠 凛夜。
「……ほう、お主が今度の討伐者か。……ふっ、ずいぶんと若いのう」
「……妖魔カガリ。お前をここで終わらせる。それが俺の任務だ」
冷たい声。迷いのない瞳。
しかし、カガリの目はどこか遠くを見るように細められていた。
「時代が変わっても……陰陽師ちゅうのは、変わらんもんじゃな。刃を向けられるのにも、もう慣れてしもうたわ」
どこか懐かしい気配を凛夜に感じながらも、カガリは微笑んだ。
心の奥で、悲鳴を上げているのに。
「救われたい」と、叫んでいるのに。
その想いは、表に出すことなど叶わなかった。
いまだに、宗雅の流した涙が、胸の内に棘のように残っていた。
あれほど強く、誰かに救われることを願ってくれた者がいたことを、
どうしても忘れることができなかった。
それでも――
また罪を重ねることしかできない己を、
ただ哀れに、情けなく、笑いながら、
「さあ、やろうかのう。……これも、わしの役目じゃろうて」
カガリは微笑を浮かべて、刃を振るう。
「この命、果てるまで……せいぜい付き合うてくれんかのう」
これより二人は、幾度となく刃を交える。
そうして――
始まりの物語へと、静かに繋がっていく。
ーどうか儂を…終わらせておくれー
カガリは心の奥底で、自らの終焉を願う。
もう誰も恨みたくない。誰も傷つけたくない。
この身を焦がす、怨嗟も邪力も…儂が抱いて地獄へ墜ちよう。
冷たい月の下、ふたつの魂が運命に導かれ、出会った。
かつて誰かが願った“救い”が、遥かな時を越えて、その扉を叩こうとしていた。
それは、月光に彩られた救いの契り―――。
平安の世と現世。時代を越えた、2人の男の想いがカガリを救うのは、まだ先の話。




