第四十四話 ― 凛夜の章5 ―孤独なる旅路、空白を埋めるものを求めて
「……ここも違うか」
かすれた声が風に消える。
夜の山道。木々のざわめきのなかを、ひとつの影が静かに歩いていた。
久遠凛夜。
かつて安倍紅明のもとで修行を積んだ少年は、今や一人の陰陽師として名を知られぬまま、闇の中を彷徨っていた。
目指すものはただ一つ。
「芦屋冥道」――あの日、妖魔を括り、両親を殺し、すべてを奪った仮面の男。
その影を追い、気配を求め、凛夜は幾度となく人里離れた土地を巡ってきた。
だが、掴めるのは、常に「気配」だけだった。
冥道の姿は見えず、ただ彼の生み出した災いだけが、各地に爪痕を残していた。
暴走する妖魔。封印の破壊。異界との狭間に迷い込んだ人間たち――。
凛夜はそうした混乱を片づけながらも、決して満たされなかった。
「違う……これじゃない」
どれだけ力を振るっても、心の空洞は埋まらない。
奪われた家族は戻らず、冥道の気配は遠ざかり、目的すら霞んでいく。
孤独は、まるで毒のように胸を蝕んでいった。
***
ある日、とある村の外れで凛夜は一体の妖魔と遭遇する。
飢えた蛇のように這い寄る異形。
かつての自分なら、ためらいなく刀を抜き、切り伏せていただろう。
だが――凛夜の足が止まった。
「……泣いている?」
妖魔の目が、まるで人間のように濡れていた。
怨嗟ではない。痛みでもない。
それは、寂しさに似た何かだった。
凛夜は結界を張り、妖魔を封じただけで、剣を振るうことはなかった。
彼の中に、確かに何かが変わり始めていた。
***
夜、焚き火の前でひとり、凛夜は星を見上げていた。
「……なあ、父さん、母さん。俺は、間違ってないよな……?」
その問いに答える者はない。
だが、風がひとひら、木々を優しく揺らした。
そのとき、遠くで――音がした。
どこかで誰かが、妖魔に襲われているようだった。
すぐに立ち上がった凛夜は、迷わずその気配に駆け出す。
それは、自分の目的のためではなく――
誰かを、助けたいと思ったからだった。
それが、のちに彼が出会う女性。
篝――カガリとの邂逅の、ほんの少し前の物語である。




