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第四話:闇を祓うもの

赤餓鬼の咆哮が、夜空を裂いた。

 怒りと飢えに狂うその巨体は、もはや先日までの“妖”の枠を越えている。

 凛夜の張った結界も、すでにその多くが破壊されていた。


 カガリを庇っていた凛夜は、再び前に出る。


「……まだ動けるか?」


「……ぬしに言われる筋合いは、ないのじゃがな……っ」


 痛む身体を無理やり動かし、カガリは立ち上がる。

 背中に受けた傷は浅くはないが、それでも炎を宿すその眼は、燃えていた。


「共に行くぞ。二度も負けはせぬ……!」


「――ああ」


 静かに頷いた凛夜の手には、すでに五枚の霊符が展開されていた。

 その中心に立ち、印を切る。


「【結界・封滅陣】……展開」


 光が地を走り、赤餓鬼の足元を囲むように巨大な陣が現れる。

 結界が再び張られ、妖魔の動きがわずかに鈍る。


「今じゃ、炎の女――!」


「言われずとも!」


 カガリが跳ぶ。炎が両掌に宿り、尾のように長くたなびく。


「燃え尽きよ――【赫焔・螺旋ノ舞】!」


 炎の渦が唸りを上げ、赤餓鬼の身体を包む。

 だが、それでもなお消えぬ。妖魔は苦悶の叫びを上げながら、陣の縁を突き破ろうと力を込める。


 その瞬間。


 凛夜の瞳が閃く。


「……貴様のごうも、命も、ここで断つ」


 凛夜の声に応じ、陣がさらに輝きを増す。


「【式神・影喰】――顕現せよ」


 闇より浮かび上がる影の獣。

 その牙が、赤餓鬼の首に食らいつくと、妖魔はひときわ大きな悲鳴を上げ――そして崩れ落ちた。


 その場に残されたのは、焦げた大地と、なおも揺れる霊の余波だけ。


 静寂が戻る。


「……やった、のか……?」


 肩で息をしながら、カガリが膝をつく。

 凛夜は黙って頷き、破れた結界を解除していく。


 月が、雲の切れ間から顔を出していた。


 銀色の光に照らされて、カガリはふと、隣に佇む男――久遠凛夜を見つめる。

 その横顔は無表情で、感情を押し殺しているかのように見えた。


 だが――


(……さっき、儂を庇ってくれた時……あの眼には、確かに……)


 思い出す。

 あの時の、冷たくもどこか熱いまなざし。

 人としての情を忘れたはずの自分が、なぜかその瞳に引かれた。


 静かに、自分の胸に手を当てる。


(おかしいのう……なんで、こんなにも……)


 この胸がざわつくのか。


 久遠凛夜。

 かつて自分を討とうとした男。

 人間を、陰陽師を、最も憎むはずの存在――


 ――なのに。


(あやつのことが、気になる。なぜか、放っておけぬ……)


 思考を振り払うように立ち上がると、カガリはいつもの調子で声をかけた。


「ふん、礼など言わぬからな。儂は別に、助けられたなど思っておらぬぞ」


「……勝手に言ってろ。俺も、助けた覚えはない」


 凛夜は背を向けて歩き出す。


 カガリはその後ろ姿を見送りながら、ひとつため息をついた。


 ――夜はまだ深い。

 けれどその闇の中に、微かな光が灯った気がした。


 それがいつか、ぬくもりとなって、二人を繋ぐ日が来るのか――

 それはまだ、誰も知らない。

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