表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/88

第三十七話:『癒やしの家にて』

歴史の影に埋もれ、表に名を残さなかった紅明と縁の物語。

楽しんでいただければ、ワタクシ感涙です。

禁術の眠りより目覚めた安倍紅明は、季節の移ろいさえ変わり果てた世界の只中に、たった一人で立っていた。


時は流れ、すでに一千二百年後——

共に戦った兄・晴明の姿も、親しき仲間たちの影も、そこにはなかった。

かつて命を賭して守ったこの国は、何もかもが変わっていた。

見慣れたはずの空も、風も、人々の言葉も、紅明の知るものとはすべて違っていた。


それでも、ほんのひとつだけ、変わっていなかったものがあった。


——妖となった“彼女”も、この世にまだ在る。

かつて、絶望と裏切りの果てに人としての姿を捨てた女——カガリ

己の手で封じた、あの因縁の存在。

彼女の気配は、微かにではあるが、今もどこかに感じ取れた。

紅明の中に、静かに、しかし確かに焼きついていた「宿命」が疼く。


けれどもそれは、もうかつてのような激しい怒りや憎しみではなかった。

彼は知っている。自らの術で、数多の「想い」や「命」を断ち切った者として。

あの時、あの場所での選択は本当に正しかったのかどうか、答えはもう出ない。

ただ、過去は深く深く心に刻まれ、消えることはない。

         

         ◆


彼の心に、深く、そして静かに「孤独」という毒が侵食していく。

いかなる禁術をも制し、強靱な精神を誇った紅明ですら、それには耐え難かった。

生きる意味、使命、そして誇り。すべてが霞のように遠のいていく中で、紅明はふと思う。


——本当に、これで良かったのか?

——俺たちは……とんでもない間違いを、犯しちまってるんじゃないのか?


やがて彼は、ただ宛てもなく街をさまよい歩くようになった。

誰に声をかけられても、何を見ても、魂は現世から浮いたままだった。


どれだけの日々を彷徨い歩いたのだろう。ある日——


ふと、何かが心に触れた。

それは空気の流れでも、風の匂いでもなかった。

懐かしく、温かく、胸の奥を包み込むような……そんな「気配」だった。


紅明は立ち止まり、その方向へとゆっくりと顔を向けた。

まるで意識の底から何かが呼びかけるように。

そして、彼の瞳に光が戻る。


「……ゆ、縁……?」


そこには、かつてのまま残されていた一軒の家があった。

懐かしき名を冠した癒やしの家——

それは安倍縁の魂が封じられた、あの場所だった。


外壁は少し古び、時の風雨には晒されていたが、佇まいはまるで時を止めたかのように、あの頃のままだった。

紅明は、零れそうになる涙を噛み締めて、そっと一歩を踏み出す。


扉を開けた瞬間——


確かに、そこに「いた」。

言葉ではない。だが、はっきりと感じられた。


縁はまだ、この家にいた。

彼女の優しさが、温もりが、紅明を包み込んでくれた。

まるで「おかえりなさい」と語りかけるように。

その癒やしの力は、かつて幾度となく紅明の傷を癒した、あの頃のままだった。


心が、静かにほぐれていく。

荒れ果てた魂が、そっと撫でられていく。


——紅明は、もう泣かないと決めた。

——だから、涙は流さない。けれど……心の中で、紅明は確かに、哭いていた。


「……ゆかり。……ただいま」


その時、確かに聞こえた気がした。


(紅明お兄ちゃん! お帰りなさい!)


まるで、彼女の声が風に乗って届いたかのようだった。


——それからの紅明は、自らの使命を思い出し、再び歩き出した。

かつて守りたかったものを、今こそ守るために。

疲れた時は、癒やしの家に帰った。そこで縁の癒しに包まれ、再び立ち上がるために。

後に、彼を中心として国が動き、一つの組織が誕生する。


国営陰陽機関『逢魔』


それまで個々人で活動していた多くの陰陽師たちが集い、次世代を育てる。

日本の対妖魔における、最後の砦。


癒やしの家——

それは、傷ついた誰かを癒し、救うためにあった。

そして、縁はその魂で、一千二百年もの時をかけて、それを守り続けたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ