第三十一話:燃える獣、覚醒す
国営陰陽機関・逢魔。その中心に建つ本部ビルは、今、修羅場と化していた。
「来るぞ……数が多すぎる!」
警戒の声とともに、無数の妖魔が宙を舞い、地を這い、建物を破壊しながら進軍してくる。中でも――明確な脅威と見做された個体が、二体。
一体は、かつて凛夜とカガリが“死の伽藍”で倒した人造妖魔をわずかに上回る力を持つ。その名を、瘴獣『しょうじゅう』。すでに逢魔本部の近くまで接近しており、その瘴気は都市機能すら狂わせていた。
だが、もう一体は――その比ではない。
「……あれは……なんだ……!」
遠隔視を行った高位陰陽師が、青ざめた顔で呟いた。それは、圧倒的な質量と殺意を抱いて進軍してくる、禍々しい“災厄そのもの”。もはや妖魔の枠を逸脱していた。その名を、災鬼『さいき』。
それでも、逢魔は戦った。
若手と新人たちは、ベテランの指示のもとで群れを成す雑魚妖魔と渡り合い、時に命を落としながらも一歩も退かなかった。中級クラスの陰陽師たちは、相応の敵を引き受け、力を尽くして戦い抜いた。
だが、本部に迫った強大な妖魔には、誰もが歯が立たなかった。
ベテラン陰陽師たちでさえ、連携と命を賭した戦法で時間稼ぎをするのがやっとだった。
そこに――
「遅れて、すまない!」
「今、援護するのじゃ!」
凛夜とカガリが駆けつけた。身体はまだ、伽藍での修行の疲労を引きずっている。それでも彼らの目には、確かな闘志が宿っていた。
「カガリ、分かれて二体を――」
「……いや、駄目じゃ。あのもう一体、明らかに桁違いじゃ。今の儂らでは、分散は危険じゃろう」
「……ああ、同感だ。まずは本部のやつから片付ける」
ふたりは迷いを捨て、到達していた妖魔に全力を注ぎ込むことを選んだ。
凛夜の式神術、封印術、攻撃呪。カガリの妖力を増幅した術式と、鋭い爪撃。そのどれもが、以前の彼らより遥かに洗練されていた。
だが、それでも瘴獣は強かった。
「くそ……! こいつ、まだこんな力を――!」
「師匠との修行がなかったら……今頃、やられておったのう……!」
「いくぞ!カガリ!…五行滅殺!」
「うむ!凛夜!…炎天業羅!」
二人の渾身の一撃が敵を穿つ。
激闘の末、ついに瘴獣は絶命する。だが凛夜とカガリは、立ち尽くしたまま息を吐いた。消耗は激しい。これでは――もう一体の“災鬼”とは、とても戦えない。
そのときだった。
――ズゥン……!
大地が低く鳴るような、恐ろしい圧力。力の「爆発」が、空間そのものを撼わせた。
逢魔本部から少し離れた地点。例の“もう一体”災鬼がいたはずの場所から、あり得ないほど巨大なエネルギーが放たれる。
それは、凛夜の身体の奥深くに刻まれた、懐かしい気配だった。
「……この力……!」
「まさか……!」
顔を見合わせた二人は、反射的にその場を飛び出す。
駆けつけた先にいたのは――
引き締まった上半身を露出した、若き獣のような男。
年のほどは凛夜と変わらぬほど。だが、その全身から放たれる威圧感と覇気は、人のそれではない。
炎を宿した黒の瞳。逆立つ髪と、鋼のように鍛え上げられた肢体。そして、その背にたなびくのは、焦げ茶色の羽織――。
凛夜は、言葉にせずとも確信した。
「……紅明……」
そう。目の前の青年は、あの老練で飄々とした“鬼の師”・紅明だった。
彼の本当の姿――力を解放し、若き日の肉体を一時的に取り戻した「全盛の紅明」が、そこにいた。
そして彼の足元には、巨大な災鬼の屍が転がっていた。
完全なる、圧倒的な――勝利だった。
「おせぇぞ、バカ弟子」
紅明はいつものように、ニヤリと笑った。




