第二十一話:試練の山、師の一閃
――静寂を切り裂いて、それは現れた。
黒煙を纏い、血のような瘴気を撒き散らす異形。
山の気すら淀ませるその存在に、空気が震える。
カガリは思わず足を止めた。
目の前にいるそれを、“敵”と認識するよりも早く、本能が“災厄”と告げていた。
「な……なんじゃ、これは……!?」
その瞳に映ったのは、かつての自分が“最強”を自負していたことすら恥じたくなるほどの圧倒的な“力”。
恐怖。魂の奥底が、無意識に震えている。
背後から、紅明の鼻を鳴らす音が聞こえた。
「怖気づいたか? ……まあ、無理もねぇな。だがよ、凛夜の隣に立つってのは――この程度の雑魚に怯えてる暇なんざねぇってことだ」
「こ、これで雑魚なのか……!? くっ……情けないのう……!」
額を伝う冷や汗。
瘴気に肺が焼かれるような錯覚。
体が軋む。立っているだけで限界に近い。
だが、カガリは拳を握った。
――逃げる気はなかった。
「……負けてたまるか!!」
突き出した掌に、妖力を集中させる。
周囲の木々がざわめき、地面がかすかに震える。
全霊をもって放とうとした――その瞬間。
一歩、遅れた。
妖魔の黒き腕が空を裂き、稲妻のごとく振り下ろされる。
(しまった……避けきれん!)
刹那、覚悟を決めかけたその時――
「甘ぇな」
低く、重みのある声が響いた。
視界の端。
ゆったりと歩み寄る紅明の姿。
その右腕が、ゆるく、しかし確実に振り上げられる。
次の瞬間。
バシュッ――――ン!!
耳をつんざく破裂音とともに、空間が裂ける。
黒き瘴気は瞬く間に霧散し、あの禍々しき妖魔は一閃の閃光に飲み込まれ、塵となった。
あの禍々しき妖魔が――
たった一閃で、塵と化す。
「なっ……!!?」
カガリは呆然と立ち尽くした。
全身にまとわりつくような汗。
冷たいものが背を伝う。
(これが……凛夜の、師か……)
紅明は、気だるげに肩を回す。
「ま、悪くはねぇよ。よく踏ん張ったな。だが――まだまだだな。あと百年早ぇ」
その口元に、わずかながら笑みが浮かんでいた。
――その一閃は、カガリの中に確かな火を灯した。
「……負けてたまるか。もっと……もっと強くなるのじゃ。
凛夜の隣を、胸を張って歩けるように……!」
彼女の目に、再び強い光が宿る。
――カガリの戦いは、ここからが本当の始まりだった。




