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第十九話:古寺にて

鬱蒼とした森の奥。

ほとんど忘れ去られたような古寺。

その一角に、凛夜は静かに立っていた。


傍らには、共にここまで歩いてきたカガリの姿がある。

彼女は辺りを見回し、不穏な気配を感じ取ったのか、少しだけ肩をすくめた。


凛夜が低く呟く。


「……少し、待っててくれ」


「う、うむ……無理はするなよ、凛夜……」


カガリは小さく頷き、心配そうな表情を浮かべつつも、その場で待機することにした。


木製の門を、コン、コンと凛夜が叩く。


しばらくして、重い声が中から響いた。


「……入れ」


それだけ。

感情のこもらない、昔と何も変わらぬ声。


門を開けると、懐かしい空気が肌を撫でた。

かつて毎日、血の滲むような修行に明け暮れたこの場所。


そして――


縁側に背を向けて座っていたその男が、

凛夜の訪問に一切振り向くことなく、静かに口を開いた。


「今さら、なんの用だ」


答えるべきか、一瞬迷う。だが、凛夜は真っ直ぐに言葉を紡いだ。


「ようやく、わかったんだ。じいさんが、あの時言ってたことの意味が――」


「……おせぇよ。帰りな。今さら来たって、もう教えることなんざねぇ」


冷たい声。

まるで心に、壁を作っていたのは凛夜だけではなかったような、そんな拒絶。


だが――凛夜も、もう引けなかった。


「……教えてもらいに来たんじゃない。見てほしかったんだ。“今の俺”を、あんたに」


「……」


「何もなかった俺に、全部叩き込んでくれたじいさんに――“今の俺”を、ちゃんと見てほしかった」


返事はない。

紅明は依然として背中を向けたままだ。


その静寂を、破ったのは――カガリだった。


「……ま、待てなかったのじゃ……!」


涙目で駆け寄るように門をくぐるカガリ。

彼女の瞳には、見たことのない必死さが宿っていた。


「ど、どうか!お願いじゃ!この者を、今の凛夜を――ちゃんと見てやってほしいのじゃ!」


「……っ」


凛夜が振り返った時、彼女の頬を涙がつたっていた。


「……誰も信じず、自分すら許せなかった凛夜が……儂を、信じてくれたのじゃ……!」

「儂を守るために、命を賭けてくれた……そんな凛夜を、見てやってくれんか……!」


しばし、沈黙。

そして――


紅明が、初めて振り返る。


その風貌は、年月を感じさせない。

しわは増えたかもしれぬが、瞳の鋭さも、背筋の伸びた姿も、昔のまま。


鋭い眼光が、カガリを一瞥する。


「……“あやかし”、か。……ふん」


ほんのわずか、ほんのわずかに眉が動く。


「……まぁ、いいさ。入ってこい。……話くらいは、聞いてやる」


その瞬間――

凛夜は静かに目を閉じた。

心の底から、何かがほどけるような、安堵の気配が滲んだ。


そしてカガリは、嬉しさのあまり――またぽろぽろと涙をこぼしたのだった。


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