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第十六話:幸せが、怖かった

「カガリ、明日――暇はあるか?」


いつものように任務を終えた帰り道、夕焼けに染まる空の下で、凛夜がふいに問いかけた。


カガリは、きょとんとした表情を浮かべる。


「暇…じゃが? 何じゃ? また妖が暴れたのか?」


「いや、そうじゃない。遊びに行こう。――デートだ」


「……で、でぇと……!?」


顔を真っ赤に染めて動揺するカガリを見て、凛夜は静かに微笑んだ。


「行ってみたい場所があるんだ。お前と一緒に」



翌日。


カガリが連れて来られたのは、都心から少し離れた大型遊園地だった。


「こ、ここが……“ゆうえんち”…という場所か!?」


煌びやかなゲート、浮かぶ風船、楽しげな音楽、色とりどりの衣装を着た子どもたちやカップルたち――


その光景に、カガリの目が輝きを帯びていく。


「すごいのう、すごいのう! 見てみよ、凛夜、あれが“じぇっとこーすたー”というやつか!? まるで龍の背に乗るが如し!」


「……あれは確かに、龍より速いかもしれんな」


次から次へと現れる非日常の光景に、カガリは終始、目を輝かせていた。

射的、メリーゴーラウンド、シューティングゲーム……どれも初めてなのに、夢中で楽しんでいる。


凛夜は、そんなカガリを優しく見つめながら、常に隣に寄り添っていた。


昼には、園内のレストランで食事を取る。


「な、なにゆえこのように食べ物が“顔”をしておるのじゃ!? この“お子様ランチ”とやら、侮れん…!」


「気に入ったか?」


「うむ! …凛夜と一緒に食べておると、どれもこれも美味でのう…」



午後も日が傾き始めた頃、凛夜は少しだけ席を外した。


「すぐ戻る。少しだけ待ってろ」


「うむ、わかったのじゃ!」


ぽつんと残されたカガリは、ベンチに腰かけ、ひとり空を仰いだ。


「……幸せじゃな……ほんに、幸せじゃ……」


口元には微笑が浮かんでいたが、その目はどこか切なげだった。


「……良いのかのう……儂が……この様な幸せを享受して……多くのものに不幸を振りまいた儂が……」


その独白に、応える者はいない――はずだった。


「おいおい、嬢ちゃん、一人か? こんなトコで待ちぼうけ?」


突如現れた、ガラの悪い男たち。二人組はカガリににじり寄る。


「どっかで見た顔だな? モデルか? 芸能人? …なあ、俺たちとちょっと遊――」


「……いね……小童どもが……」


カガリの表情が、凍りついた。


普段見せる柔らかさとは程遠い、氷のような眼差し。


しかし、男たちはそれを“演技”とでも思ったのか、引くことなく近づこうとした。


――その時。


「……俺の女に、何か用か?」


背後から、低く鋭い声音が響いた。


男たちが振り向くと、そこには凛夜が静かに立っていた。


その眼光は、妖を一睨みで封じる陰陽師の“それ”だった。


「ちっ、なんだよ…! 行こうぜ!」


男たちは慌てて逃げ出した。


カガリは胸を撫で下ろしながら、ふと凛夜を見上げる。


「……また……言うたの……『俺の女』と……」


「事実だからな」


さらりと言い放つ凛夜に、カガリは頬を真っ赤に染めた。



夕日が沈み、園内がライトアップされる時間。


ふたりは最後のアトラクション――観覧車へと乗り込んだ。


「ふわぁあ……これが“かんらんしゃ”という乗り物か! 下がどんどん小さくなっていくのじゃ! 凄いのう!」


初めのうちは興奮気味だったカガリだったが、頂上が近づく頃には、次第に黙り込んでしまった。


「どうした? 怖いのか?」


凛夜が隣からそっと問いかける。


カガリは首を振り、ぽつりと呟いた。


「……高さなど、怖くはない。ただ……幸せが、怖いのじゃ……」


「……?」


「儂は……多くの罪を犯してきた。人を殺め、多くの幸せを奪ってきた化け物じゃ。そんな儂が、幸せなど……求めてよいのか……わからぬのじゃ……」


その声は、どこか震えていた。


凛夜は無言で席を移動し、カガリの隣に座った。


「……なら、俺も一緒に背負う。お前の罪も、悲しみも、全部」


その手が懐に伸びる。


「……俺は、お前が好きだ。誰よりも、何よりも愛している。――俺と、結婚してくれ」


差し出されたのは、小さな銀の指輪。

(お袋……いいよな)

それは凛夜の母の残してくれた、ただ一つの、形ある形見。


凛夜がそっとカガリの左手を取り、薬指へはめる。


不思議なほどに、ぴたりと合った。


「……いつの間に……?」


目を見開き、カガリの唇が震える。


「儂で……よいのか? 儂のような、化け物で……?」


「お前じゃなきゃ、駄目なんだ。……結婚、してくれるか?」


沈黙ののち、カガリの瞳から涙が零れ落ちる。

薬指にはめられた指輪から、不思議と温もりが伝わってくる。


次の瞬間、彼女は凛夜の胸に飛び込んでいた。


「……よろしくお願いします……貴方を……愛しています…!」


その言葉は、人間だった頃の口調。優しく、震えるような、誓いの言葉。


窓の外では、夜の空に浮かぶ満月がふたりを照らしていた。

月明かりに照らされて、胸元のイルカのネックレスと、薬指の指輪が、優しい光を反射する。

凛夜は静かにカガリの頬に触れ、唇を重ねた。


それは、二人だけの誓い。

そして――始まりだった。


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