第十三話:—命の灯、守りし者—
カガリが“逢魔”に入隊してから、幾ばくかの時が流れた。
最初は雑務や文書整理が主だった彼女の任務も、今では実戦任務へと移行していた。
かつて“最強”の妖魔として恐れられたその力。
今やその剛腕と術は、“逢魔”の中でも頼られる存在となりつつあった。
もっとも、すべての者が彼女に心を許しているわけではない。
上層部の一部――とくに古株の一部は、未だにカガリを“妖”としてしか見ていない。
だが、彼女の戦果と行動が確かに“人”の側であることを示していた。
「……利用価値は、ある。今は様子を見るべきだな」
そんな打算交じりの評価すら、彼女の実力が証明した結果だった。
ある日、凛夜が遠方の妖魔祓いに向かっていた最中のこと。
“逢魔”本部に、強大な妖魔が襲来した。
結界を破り、悠々と侵入してきたその存在は――
かつて、カガリ自身が凛夜に救われた時の妖魔を凌駕する力を持っていた。
状況は最悪だった。
最近の妖魔出現の頻発により、人手が足りていない。
出払っている陰陽師も多く、残るは数名のベテラン、数人の新人、そして――カガリ。
「……不幸中の幸い、か」
ベテランのひとりが呟いた。
だが、戦場に“幸い”など存在しない。
妖魔の猛攻は、容赦がなかった。
新人たちは怯え、手が止まり、呪符を取り落とす。
まともに戦えるのは、実質カガリとベテラン数名のみ。
戦況は、圧倒的に不利だった。
それでも新人たちは、せめて足を引っ張るまいと、
結界の補強、符の補充、叫びながらの回復術を必死にこなしていた。
カガリはその姿に、過去の自分を見た。
命を差し出して戦った、あの夜。
凛夜が、手を差し伸べてくれた、あの夜――
(……今度は、儂が守る側じゃ)
燃えるような意思を宿し、カガリは猛然と駆けた。
「火鱗炎舞!」
ガガリやベテラン陰陽師達の技は効いていないわけではない。
しかし…敵が強すぎる。決定打に欠けていた。
そして、戦いの最中、その瞬間は訪れた。
妖魔の気配がふっと逸れ、目標が変わったのがわかった。
狙いは――
「……やめいッ!!」
カガリが叫んだ時にはもう遅かった。
女の新人陰陽師が一人、ただ立ち尽くしていた。
恐怖に縛られ、呪を唱えることすらできない。
咆哮と共に襲いかかる妖魔の爪。
とっさに飛び込んだカガリが、彼女を抱きすくめ、地面に伏せるように倒れ込む。
視界が暗くなり、音が遠くなる。
敵の気配が背後から迫る――が、もう、反撃する術もない。
(……せめて、この子だけでも……)
新人の身体は、酷く震えていた。
彼女の温もりに触れた時、カガリの胸に何かが溢れた。
(人のぬくもりじゃ……ああ、儂にはもったいないのう……)
意識の底に浮かぶのは、ただ一人。
(……凛夜……)
(凛夜……会いたいのう……)
(……死にとうない……大好きじゃ……!)
恐怖ではない。
未練ではない。
生きたい。
――この想いを伝えたい。
ただ、それだけだった。
その刹那。
轟音が響いた。
空気が裂け、妖魔の咆哮が掻き消える。
「……っ!?」
目を開けると、カガリの目の前にいたのは――
黒衣に身を包み、怒気に満ちた視線を向ける、久遠凛夜だった。
「……俺の女に、何してる……?」
その声は低く、冷たい――が、どこまでも怒りに満ちていた。
次の瞬間、凛夜の術が炸裂する。
「木、火、土、金、水……五行…滅殺!!」
一閃。
空間ごと裂かれたかのような、鋭い一撃。
妖魔は、そのまま絶叫すら上げられぬまま、塵となって散った。
静寂の中で、凛夜はそっとカガリに手を差し伸べた。
「……遅れて、すまなかった」
それだけを言って、彼女の手を握る。
カガリの目に、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
「……凛夜……儂、生きとる……?」
「……ああ。生きてる」
その言葉に、ようやくカガリの肩から力が抜けた。
彼女は泣いた。
新人を守り抜けた安堵と――
何より、自分がまだ凛夜の隣にいられることに。
彼の掌の温かさが、まるで陽だまりのように感じられた。




