第十一話:—歌姫、夜に咲く—
逢魔の一室。そこには、賑やかな談笑と、次々と運ばれてくる料理の匂いが渦巻いていた。
時は、夕暮れが夜に飲まれた頃。
カガリの、正式な逢魔所属から約一月――。
その日、彼女のための歓迎会が開催されることとなった。
一次会は、飲み放題・食べ放題の大盤振る舞い。
主催は、若手陰陽師たちを中心にした有志数名。
元々は人間だったとはいえ、1200年も前の“妖魔”を本気で歓迎するなど、誰が想像しただろうか。
その知らせを受けた日、カガリはぽかんと口を開けた。
「……儂の、歓迎会……?」
それが何を意味するのか――。
まるで幼子のように、言葉の裏を探り、頭の中で組み立て、理解した瞬間。
「う、うおおおおおおおっっ!!!」
跳ねそうになるのを堪え、両の拳を震わせて天に掲げる。
(のじゃ、のじゃ! まさかこの儂が、現代で歓迎されるとはのうっ!)
以後、カガリの目標は一つになった。
「カラオケで失敗はできぬ……!」
すぐさまスマートフォンを取り出し、最新ヒットチャートを検索。
どの歌が流行っているのか、どんな雰囲気が喜ばれるのか。
夜ごと、一人でこっそりと練習を重ねるカガリの姿があった。
「ふむ……Aメロはこうで、サビは……あ、音が上がるのう……」
かつて誰よりも強く、恐れられた“災いの篝火”が、
今は一音一音に真剣な眼差しを向けている。
その姿を目撃した者の多くは、思わず口元を緩めた。
(……可愛い……)
(……いや、尊い……)
そして迎えた、歓迎会当日。
一次会の宴席では、カガリの周囲に多くの人が集まっていた。
「カガリさん飲める口なんですか?」「昔のお酒ってどんな味だったんですか?」
そんな無邪気な問いに、カガリは嬉しそうに応じていた。
久遠凛夜は、そんな様子をやや離れた席から静かに見つめていた。
氷のような瞳の奥に、ほんのわずかな温度が灯っている。
「……悪くない」
そんな呟きが、誰に聞こえるわけでもなく落ちた。
やがて、熱の冷めやらぬままに二次会のカラオケへ。
数人が先陣を切って盛り上げ、拍手が巻き起こる。
そして、順番が回ってきた。
「……次はカガリさーん!」
ざわ、と空気が変わる。
誰もが思った。
(大丈夫か……?)
(時代も違うし、歌なんて――)
だが。
静かに、曲が始まる。
イントロ。
誰もが知る、今もっとも人気のバラード。
そして――カガリの唇が、開いた。
「……♪」
それは、清らかな泉のようだった。
やわらかに、心の襞を撫でていく。
透き通る声に、誰もが言葉を失う。
まるで、歌そのものが命を持っていたかのように。
誰もが聴き入った。
目を見開いたまま固まる者、涙ぐむ者、口元を抑える者。
凛夜ですら、言葉もなくただ――見惚れていた。
一曲が終わった時、場にあったのは静寂。
そして、嵐のような拍手と歓声が巻き起こった。
「カガリさん……すご……!」
「やっば……泣きそうになった……!」
「アイドルいけるって……!」
その夜、カガリはただの歓迎対象ではなく、
**「逢魔の歌姫」**として、その名を轟かせることとなった。
そして数日後。逢魔の掲示板の片隅に、小さな貼り紙が。
《カガリちゃんファンクラブ会員募集中!》
会長:風間(術式課・若手)
活動内容:応援、差し入れ、こっそりボディガードなど。
凛夜さんにバレない範囲で!
それが何より、カガリという存在が、
この時代に確かに「愛されている」という証だった。




