内側、外側
あれから私たちは必死に脳波のデータを収集した。エスプリによると、約八割の確率で胎児の脳波データと、捕らえられている犯人の脳波が一致しているという。つまり、表面的な外見とは異なり、犯人の中身が「ジェミニ」だという証明が可能になりつつあった。
私たちは、慎重に裁判のシミュレーションを行い、万全の準備を整えて法廷に臨んだ。
裁判は紛糾し、異例の長期戦となった。その理由は明白だった——人の「中身」が異なるという事例に前例がなかったからだ。
検察側は、従来の科学的証拠や現場の状況証拠をもとに、被告の犯行を断定しようとした。一方、私たちは最新の脳科学研究を駆使し、「中身が違う」という事実を証明するために全力を尽くした。エスプリ先生も参考人として証言し、強力な後ろ盾となってくれた。
しかし、その内容はあまりに現実離れしており、傍聴席の人々や裁判官たちは、まるでSF映画を見ているかのような表情を浮かべていた。
長時間にわたる協議の末、裁判官たちは判決の延期を決定した。
脳波が一致することを科学的に証明できれば、「中身が違う」ことを立証できる——その見通しが立ったのは大きな前進だった。次の裁判で、実際に被告の目の前で脳波データを測定することで、その真実を示せる。その局面まで持ち込めただけでも、私たちは確かな手応えを感じていた。
裁判後、面会室でジェミニと対面した。彼は安堵した表情を浮かべていた。
「次の裁判までに、何度か脳波を測定することになるだろう。今はゆっくり休んでくれ」
リブラが言うと、ジェミニは静かに頷いた。
「本当にありがとう」
「いいんだ。ただ……お前に何があったのか、聞かせてくれ」
「……ああ、約束する」
世の中は時に、不気味なほど均衡を求めるものだ。裁判が好転した矢先、それは起こった。
エスプリ先生と脳波測定の手順について打ち合わせをしていたとき、警察から一本の電話が入った。
ジェミニが、裁判所の留置所から消えた。
内部からの脱走は不可能なはずだった。つまり、何者かが彼の逃走を手引きした可能性が高い。
数日後、ジェミニの遺体が発見された。
正確には、「ジェミニの外見をした遺体」が発見された、というべきだろう。
遺体には外傷がなく、まるで眠っているかのようだった。ただ——脳だけが、消えていた。
私はその後ジェミニのこれまでの人生を調査したが、ほとんど手がかりはなかった。
ジェミニは私と同様に施設から”両親”に迎えられたのち、警察となり自分の正義を探していたらしい。主な任務は潜入捜査を行なっていたらしい。その内容は極秘任務だったらしく、話を伺った警察の人も情報を持っていなかった。
私たちは確かに科学的にジェミニと出会い、ジェミニと裁判を戦った。しかし、これは内面的なものであり、私たちが得た日頃信じていた遺伝子や外見など外的なものとしてはまだ一つもジェミニとは出会っていなかった。
私が弁護していたのは本当にジェミニだったのか。
ジェミニを逃がしたのは誰なのか?
誰が彼を殺したのか?
AIに答えを求めても、私たちの知り得る技術では、何も得られなかった。
——そもそも、「ジェミニ」はどこまでが存在し、どこからが虚構だったのか?
科学が証明できることと、証明できないこと。
私たちは、その狭間にいるのかもしれない。