残された時間、過去の時間
裁判を控えたリブラは、友を救うために「ジェミニである証拠」を探し求める。しかし、そのためには過去を見つめ直す必要があった。
X月X日
今日もAIと共に、さまざまな分野の情報を収集していく。
裁判の判決が近づくにつれ、焦りだけが募る。
ジェミニであることを証明できなければ、このまま判決を受け、命を落とす可能性が高い。かといって、証明せずに無罪となったところで、闇組織に消されるのがオチだろう。
つまり、何がなんでも彼がジェミニであると証明しなければならない。
ただ——どうすればいい?
そんなことを考えながら、先日届いた同窓会の招待状をぼんやりと眺めた。
そういえば、同期に遺伝子研究の道へ進んだ奴がいたはずだ。あいつに仮説を聞いてみるか——。
X月XX日
同窓会は思いのほか盛況だった。毎年参加者は減る一方だが、新しい顔ぶれも少なくない。
運よく、遺伝子学者になった「レアキャラ」を見つけた私は、さっそく話を持ちかけた。
リブラ「遺伝子以外で個人を証明する方法って何かあるかな?」
トム「うーん……質問の意図に合っているかわからないけど、遺伝子が最も確実な証明書だと思うよ。今は遺伝子認証が当たり前になったしね。昔は生体認証が主流だったみたいだけど、意外とエラーが多かったらしい。でも遺伝子は勝手に書き換えられないし、病気のリスクも判別しやすくなった。オーダーメイド医療が普及した今、遺伝子認証を否定する人はほとんどいないよ」
リブラ「そうだよな……。でも、遺伝子の次に使えそうなものは?」
トム「んー、最近は脳波かな。ただ、個体識別にはデータ量がかなり必要らしい。学会で発表してた研究者がいたけど、連絡先を教えようか?」
リブラ「本当か? ありがとう、ぜひ頼む!」
トム「珍しいな、お前が素直に礼を言うなんて。はい、これが連絡先。ちょっと研究バカすぎるかもしれないけど、いい人だって評判だよ」
その場でエスプリという研究者の連絡先に面談依頼を送る。
とにかく、何が何でも状況を進展させたい——情報が必要だった。
X月X日
後日、エスプリから「ぜひどうぞ」と快諾のメールが届き、面談が決まった。
実際に会ってみると、噂通り研究への情熱がすさまじい。
エスプリ「話し出すと止まらないんですよ。学会でも発表時間をオーバーして怒られがちでして」
彼は笑いながら言った。
エスプリ「それで、ご相談とは?」
本題に入る前に、私は一通り彼の研究を聞き、興味を持ちそうな部分だけをかいつまんで説明した。
エスプリ「確かに、脳波が一致すれば同一個体と判定できる可能性はありますね。ただ、その方の脳波データはありますか? 普通はデータバンクに保存されていますが、病院名がわかれば確認できるかもしれません」
言葉に詰まった。
ジェミニと私が生まれた病院は、建物こそ現存しているが、すでに閉鎖されて久しい。
エスプリ「それは困りましたねぇ……。おそらく病院のデータも——」
エスプリ「あっ、でも待ってください。胎児の映像でも構いません。映像データが見つかれば、脳波の解析が可能です。実は今、映像から脳波データを抽出する研究をしているんですよ。データベースと照合しながら進めているので、成功例も多いんです」
X月XX日
私は意を決して、病院へ向かった。
ジェミニを救うため——
そして、私たち自身の過去に向き合うため。
私たちは同じ病院で生まれた。
親の顔は知らない。二人とも「落とし子」だった。
病院の先生たちが親代わりだったが、同じ境遇の子どもが多く、私たちは兄弟姉妹のように育った。
だが、その穏やかな日々は長くは続かなかった。
最も優しくしてくれた先生が、罪を着せられ、刑務所へ——
やがて自ら命を絶った。
その影響で病院の経営は傾き、私たちは再び落とし子となった。辛うじて生き残った私たちは救急隊に保護され、施設へ移された。
やがて私は養子に迎えられ、ジェミニも別の家庭に引き取られることが決まった。
それぞれの形で「正義を守る仕事に就こう」と決意したのは、そのときだった。
病院の資料室にたどり着いた。
当たり前にことだが親の情報はない。
だが、胎児期の映像や成長記録のカルテは、整然と並んでいた。
私は一巻のビデオテープを手に取り、エスプリのもとへ向かった。
エスプリ「まさか……! これはビデオテープじゃないですか?!」
彼の目が輝く。
エスプリ「こんな時代の遺物に出会えるなんて! どうしよう……今あるデッキを少し改造すれば、出力を調整して解析範囲を広げられるかも。ちょっと時間をください、これは忙しくなってきた!」
私の焦燥とは裏腹に、彼は研究室へ駆け出していった。
しばらくして、戻ってきた彼は言った。
エスプリ「お待たせしました。これにビデオテープをセットしてください。映像が流れれば、脳波を抽出できます。データが一定量得られれば、友人の脳波と照合できますよ。実際、照合するポイントは——」
熱弁を振るうエスプリの声が、次第に遠のいていく。
それよりも、画面に映し出された胎児の姿が、私の意識を支配していた。
世界は、こんなにも苛烈なのに——
どうして、こんなにも無垢なのだろう。
この映像を見た人は、誰もこの子の不幸を願わなかったはずだ。
それなのに、なぜ——私たちは「落とし子」だったのだろうか。
モニターには、ただただ無垢な胎児が映し出されていた。