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悪夢との遭遇3

 昌輝にしがみつき、嗚咽をもらしながら涙を流すメルクリーズの異様な様子に何かを察したのだろう。昌輝はメルクリーズが落ち着くまで黙って待っていてくれた。


「それで、何があったの? ただ迷子になったってわけじゃないよね?」


「じつは──…」


 説明をしようとして、メルクリーズは一瞬口をつぐんだ。

 昌輝はメルクリーズの過去を詳しく知らない。

 人間として平穏に生きてきた彼は、初めてメルクリーズに会ったとき、メルクリーズが殺されたときのシエルとしての凄絶な記憶がフラッシュバックしてパニックを起こし、倒れかけたことを思い出す。

 魔族としての記憶は、人間の記憶と感覚しか持たない昌輝には刺激が強すぎるのだとキルクが言っていた。

 またあんなことになってはいけないと、メルクリーズは昌輝に話すべきか否か逡巡したが、それはほんとうに一瞬のこと。メルクリーズはすぐに意を決した。


「じつはあの、街のなかで魔族に遭遇してしまって……。それで、怖くて逃げて、ここに隠れてたんです」


「そうだったんだ。それは怖かったろうね。よかった、無事で」


 神妙な顔で昌輝が言う。


「その魔族って、まだこのへんにいるのかな? 俺、全然わからないし、役に立たないんだけど……。あ、雪人を呼ぼうか?」


「はい。出来るのでしたら、お願いします」


「わかった」と、昌輝はスマートフォンを取り出し、雪人に連絡を取ってくれた。


「今から来てくれるって。でも、空間移動とか出来ないから、ほんのちょっとだけ時間かかるみたい」


 空間移動はあらかじめしるべをつけている場所でしか使えないからだ。

 けれど、実際に雪人を待っていたのは、ほんの数分だった。


「めちゃくちゃ早いな。近くにいたのか?」


 目をしばたたかせ、驚きを隠さない様子で昌輝が言う。


「いや、家にいたけど。全力で走っただけ」


 事も無げに言い、全然息も切らしていない雪人が肩をすくめる。

 魔族というのは、人間とは比べ物にならないほど速く走ることを思い出したのか、昌輝は「ああ、そっか」と呟きながら頭を掻いた。


「悪いな。いきなりこんなところに呼び出したりして」


「そんなこと気にするなって。俺はもともとおまえのために傍にいるんだからさ。逆に呼んでくれて嬉しいよ。……で、家まで一緒に帰ればいいのか?」


「そう。魔族がまだ近くにいるかもしれないんだけど、雪人は分かる?」


 雪人は顎に手をおいて考えるそぶりを見せた。


「んー。こっち来るときは他の魔族の気配なんて感じなかったけど。ってか、ここはシエルのお膝元だぜ? こんなところに入り込んでくる魔族なんて、ただのバカだろ」


 自殺願望でもあるやつじゃないか? と、雪人が気のない様子で話す。


 閉店間近ではあったが、まだ買い物が終わっていなかったメルクリーズは、昌輝と雪人に付き添われてショッピングセンターの中にある食品売場で醤油を急ぎ購入した。

 そうして出口に向かっていたメルクリーズは、ふと足を止めた。


「どうしたの?」


 昌輝も立ち止まる。

 メルクリーズは吸い寄せられるように、すぐそばにあった天然石の店に歩み寄った。


「これ……」


「これ?」


 メルクリーズが手に取ったものを昌輝が見やる。そこには明るい緑の天然石があった。


「リーズの瞳の色によく似てるね」


 昌輝のその言葉に、メルクリーズは思わず笑みが浮かんだ。


「昔、この色と同じストールをシエルさんがくださったんです。私の瞳の色と同じだと言って」


「クリソプレーズ? 俺、全然詳しくないから聞いたことないけど、綺麗な石だね」


 アップルグリーンと呼ばれる、明るい澄んだ緑。陽光に透けて輝く若葉の色。

 雫型の小さなその石をそっと展示されていた台に戻し、メルクリーズは懐かしい思い出に目をすがめると同時に、昌輝が掛けてくれた上着に手をやった。

 やっぱりシエルも昌輝も本質は同じなのだと、改めて思わされる。性格は違うように見えても、行動がまったく同じなのだから。

 それまでずっと表情が強張っていたメルクリーズだったが、ふと昌輝と目が合って、自然にニコリと笑うことができた。



 帰宅すると、念のためにとキルクが自宅マンションの周辺に結界を張ってくれた。メルクリーズの気配を隠してくれるものらしい。


「あの……キルクさん、少しお訊きしたいことがあるんですけど」


「なに?」


 ベランダで結界を張り終えたキルクが振り返る。


「魔族の方というのは、見えない相手でも魔力で居場所が分かったりするんですよね?」


「そうだけど、その魔族の力量にもよるよ。力の強い魔族なら広範囲で感知できるけど、弱いやつなら、近場にいるやつしか探せない」


「私みたいな魔力を持たない者でも、見つけることはできるんですか」


「んー。リーズはちょっと特殊だからなぁ。ふつうは魔力を持たない者だと感知できないんだけど、リーズってシエルの心臓持ってるだろ? そこに」


 キルクがメルクリーズの右肩を指差し、正確にシエルと交換した心臓の場所を言い当てる。

 魔族には三つの心臓がある。一つは臓器としての心臓。あとの二つは、臓器としての心臓が機能を失っても代わりに働くことができる気の塊のような心臓。

 終生契約のときに交換する心臓は後者だ。


「昔はリーズの存在を隠すために、シエルがリーズに術をかけてたからさ、俺もふたりの契約に気づかなかったくらいだけど。今はもう隠す必要がなくなったというか、むしろシエルのものだと分からせるために術とかかけてないからさ、めちゃくちゃシエルの気配がするんだよな、リーズから」


 部屋の中に入り、後ろ手でベランダの戸を閉めながらキルクが答える。


「リーズ自身に魔力はないけど、シエルの心臓はシエルの気の塊なわけだから、正直けっこう目立つよ。今のリーズの気配を知ってるやつなら、わりと簡単に見つけられると思うな」


 ああ、では、やっぱりあの女魔族も自分のことを簡単に見つけられるのかもしれない。

 今日、遭遇してしまったから、もう自分の特殊な気配を記憶してしまったに違いない。

 メルクリーズは暗澹たる思いがした。

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