村は枯れている
私たちは今からこのイニティオ村のみんなの仇を討たなければならない。問題は、私が今世も剣の才能をドブに捨てているということだ。さらに前世ほど筋肉もついていない。もちろん、身体を鍛える努力は怠っていなかった。学生時代、ずっと剣道部だった。身につかなかっただけだ。そこで私の前世からの仲間レディファイター、ソニ・アルセード!彼女ならなんでも一撃なはずだ。たよりにしてるよソニ!
私たちはソニが壊した牢屋を出る。はしごを上ると、そこは何の変哲もない民家だった。今でもイニティオ村の住民がここで暮らしているような気がする。だがそんなことはない。彼らの魂は魔物に食われたのだ。
村人だった一人が部屋の隅にいた。ぐるりと目をこちらに向ける。
「やっちゃうわよ!やっちゃっていいのよね!やっちゃうわよ!」
ソニが身をのりだす。
「いいぞ!やれ!やれ!」
ミコがやいのやいのと手をたたく。元村人がこっちに向かってくる。
「ま、まって!」
ばこん
私が止めるのとほぼ同時に元村人が音をたてて倒れた。
「だっ、だめだったかしら?」
ソニが不安そうにこっちを見る。
「やっぱり、村人たちが助かる方法を見つけられないか、なんとか魔物の魂だけ撃退して……」
「どうやって?」
ミコが首をかしげる。
「ハナミ、そんなことがかりにできたとしてもからっぽの体がのこるだけよ」
ソニが悲しそうな顔をする。
「あたしでもあれが人の魂じゃないって気づけなかった。あそこにはもう魔物の魂しかないのよ」
「でも……」
「花の勇者、すべてをすくえるとおもうなよ」
ミコの光の無い目が私を見つめている気がする。
「おまえがのぞむように、なるとおもうなよ」
同時に、やっぱり遠くを見ている。
倒れていた元村人がのそのそと起き上がる。よろよろと外に出る。仲間を呼ぶ気だ……。
「一気に来られるとやりづらいわよ!」
「とめるなら、いまだ」
ソニがかけだす。
私、私は。彼らを救えないのなら。だったら、せめて……
そばにあった箒を手に取る。きっとこの家に住んでいた人は、この箒で家を掃除していたんだ。いままで住み続けてきた家を。そして、これからも生きていくはずだった家を。
箒を元村人に向ける。また、目を閉じて魂の形を感じて……
ばこん
……ソニが元村人を殴り倒したのが見える。
「やったわよ!」
「華怜の格闘家。今勇者ハナミが魔法を使おうとしてたぞ」
「っえ!?もしかしてあたしハナミの活躍の場を奪っちゃった?」
「勇者さまは覚悟をきめていたのにな」
「いや。そんなのは。どうだって。いいよ」
ソニはまた倒された元村人に向き直って袖をまくる。
「もーうおきあがれないようにしてやるわよ!てい!」
ウィリディス王は頭を抱えた。自称花の勇者が逃げ出したのだ。あんなやつ、逃げようと死のうと興味は本来ないが、あれが本当に花の勇者なら話は別だ。花の勇者は恐ろしい力をもってこの世界に現れた。そして必ずや魔王を倒してみせるなどとほざき、無様に殺された。この国の脅威は、一切役に立たず散っていった。
「花枯れの勇者め」
うなる。死後も我々の頭を悩ませるとは。
民家を出る。相変わらず村はしんとしている。ほかの元村人は建物の中に閉じこもっているのだろうか。いや、油断してはいけない。この村に来た時のことを思い出す。音もたてずに私たちの背後に立たれたあの時のこと。後ろから突然殴られでもしたら——!
ぐらり
隣にいたソニの身体がぐらつく。
「ソ、ソニ!?」
あの時の老婆だ。前世の記憶と重なる。倒れた仲間たちの姿が思い浮かぶ。ざわざわと体が震えるのを感じた。ソニ死んじゃった?生きてるよね、死なないで。ひとりに、しないで。
「だいじょうぶ、いきてる、きぜつしてるだけ」
ミコの声が聞こえる。
「い、生きてる?」
よかった。力が抜ける。
「あれ、さっきの元村人は?」
「ソニがうごけないとなると、うごきにくいな」
ミコに無視される。でも確かにそうだ。私の戦力はほぼ……皆無……だし。剣の代わりにさっきの家から持ってきた箒しかないし。ちょっと相手をぬらすくらいしかできないし。
「ほかのやつがくるまえに、魔法のごくいをおしえてやろ~」
ミコがちょっと得意げに腰に手を当てる。ま、まほうのごくい?
「おまえには素質があるからな。ほんとうにあえてうれしい」
「い、いや私も会えてうれしいよ……?」
「まほうとはずばり、感情の動きのことだ」
感情の動き?
「魔力は感情さえあやつれればじゆうじざい。こんなふうに」
瞬間。ミコの身体からくろいうねうねした何かが広がる。線状に飛び出し、まわりの民家を襲撃する。ものすごい音。反射的に出たであろう元村人たちの声。すっと静かになった。
「わたしとおまえのばあいは、ずばり怒りがひつようだ」
呆然としている私の前でミコがしゃべり続ける。
「そういえばソニ、やっぱりしんでるかも」
枯死の力を持つ者、すべてを無に帰す。魂を浄化せん。
気が付くと、まわりに何もなくなっていた。イニティオ村だったはずの場所に砂場が広がっている。ミコもソニも見当たらない。何があった、いま。ソニを探さなきゃ、ソニに会わなきゃ。
すると、目の前の砂が意思を持ったように動き出した。うねうねうね。だんだん人の形になって、それはミコになった。
「うーん、だめか」
ミコがぽつりと言った。
「ソニは、ソニはどこ?」
「ソニならあっちに」
ミコが指さす方に本当にソニの姿があった。何事もなかったかのようにこっちに駆け寄ってくる。抱き着かれる。
「ハナミ~!すごいわ!やっぱりあれはハナミの力だったのね!」
ソニ、ソニが生きてる……じわじわと涙が出てくる。
「い、生きてるじゃないか!」
「うん。うそ、ついたからな」
「なんで!」
「いっただろ、怒りがひつようだって」
なぜか今度はミコの視線の先にはっきりと私がいる気がした。
「すごいだろ。わたしの魔法はたしょうのいどうなら、とってもらくだからな。華怜の格闘家をひなんさせたのだ」
「あんたのおかげってわけね!そこは感謝してあげる砂になっちゃったらハナミに触れないもの」
みんなが何を言っているのか、いまいち呑み込めない。まって。さっきソニが私の力がどうのって
「ねえ、この砂、もしかして私がやったの?」
私、なんかやっちゃいました?
「そうだぞ花の勇者。おまえはなんでも枯らせる。砂にできるんだ」
へ、え~。そう、なんだ。私。なんでも砂に。じゃあ、このイニティオ村が小さな砂漠になったには、私の力か。そっか。
そんなの、理解できるわけなくない?!
「老婆をいっしゅんで砂にかえたとき、かくしんした。おまえはわたしがさがしてたじんざいだ」
ミコの灰色の光の無い目が、なんとなくキラキラしている気がした。
「わたしを、しなせてくれ」
ウィリディス王は気が付いた。そもそも、自分にまともに従わない者などいるはずがないのだから、あの自称花の勇者を見つけ出して適当に金でも渡して治安維持に尽力してもらえばいいじゃないかと。民には黙っているが、最近魔物に関するめんどうな話をきくし、そいつらを枯らしてもらえばいいじゃないか。勇者は一応魔王城にまで行ったはずだし、そのくらいはできるだろう。もしただの頭のおかしいやつだったなら、どうなろうと知ったことではない。うまくいけば枯死の力を自分のもののように扱える。安心したウィリディス王は立ち上がった。昼寝でもしようか。