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魔王はもう死んでいる~今世は雑魚の魔物を葬ってちまちま治安維持しながら幸せに二人で暮らしましょう~

 死の世界。さまよう魂。すべてを忘れ、のうのうと暮らしている。すべてを憎み、再生を求む。枯死の力を持つ者、すべてを無に帰す。魂を浄化せん。

「終わりを求めている」

 少女はつぶやいた。光の無い目はただ鉄格子を見つめている。少女にとって、ここまでの人生はあまりにも長すぎた。もしも、この世のすべてを枯らす力があったなら?それは少女の理想である。自分の身が枯れることを永遠に望んでいるのだから。

「終わりを求めている」

少女はまたつぶやいた。もうすぐ、ここに希望がやってくる。



「こんな穴、よく開けられたね……」

「えへへ。もっとほめていいわよ!」

 私とソニは穴の中を進んでいた。ソニがここに来るときに拳であけたらしい。この先どうするにも、まずは城の地下牢を出なくてはいけない。あの王様に前世の話をしたところで信じてもらえないだろうし、信じてもらったところで私は魔王を討伐できなかった役立たずの無礼者だ。相当上機嫌でなければまた投獄されるだろう。

 私としては前世の仲間たちを探しながら、「日本」に帰る方法を探したい。魔王がいなくなった世界に花の勇者は不要だ。ちゃんと、あの世界で生きてみたいのだ。

前世の仲間たちに関してはソニ曰く「気配は感じる」らしい。そんなに近くにはいないのでぼんやりとしか感じないが、間違いなくこの世界に存在はしているだろうということだ。

「勇者さまの魂だけまったく感じなかったから、あたしず~っとさびしかったのよ」

「私もだよレディファイター。ずっと君に会いたかった」

「も~!勇者さまったら!大好き!あとその二つ名で呼ばないで」

 光が見えてきた。顔を出してみると、城下町の端だった。十六年生きた世界の基準で考えるとたいしたとはなさそうだが、それでもがっしりとした地面を私の仲間は拳でつきやぶっていた。十二才の体で。

 あらためて町を見渡す。旅立ちから五十年以上たった町はあの頃の何倍も活気にあふれていた。本当に平和なのだろう。端々から感じるあの頃の余韻にまた目頭があつくなる。

「ハナミ、みんなに会いたいなら南に進みましょう」

ソニが言う。確か、ウィリディス城の南には平原が広がっていたはずだ。

「あの時と同じだな」

花の勇者として旅立った日も、南のほう進んだ。そういえば、少し行ったところにのどかな村があったはずだ。あそこでは人間最後の希望としてかなりのごちそうをいただいた。村人はみんな温厚で子供たちは元気に走り回る。あんな世の中で必死に清く生きていた。

「イニティオ村を覚えているか?」

「ああ、最初の?」

「ああ、あそこに行ってみたい」

「たしかここから歩いて四時間くらいだったわよね。いいわよ!行きましょう」

歩いて四時間か。文明の発達した世界で十六年生きただけの身だったら歩くなんてありえなかっただろう。だが私は違う。歩いてきたのだ。山を。谷を。何日も何年も。

「じゃ、行きましょハナミ!あんまり目立たないようにね!」

「ん、なんでだ?」

「私たち、さっきまで地下牢にいたのよ!ばれたら面倒だわ」

それもそうか。さすがレディファ……ソニは頭もきれる。おそらく手刀で木もきれる。

「ところでソニ、両親に挨拶はしなくていいのか?」

ソニは私に向き直る。まっすぐと目を見つめる。

「あたし、家出中なのよ」

ソニは真顔で言った。

「ハナミが現れるのを信じて、ずっと旅をしてたの。二年前に家を飛び出してから帰ってないわ」

ぽかんとした。いいのか。それで。だが、私一人でこの先生き抜いていける気がしない。仲間と再会するなんて絶対に無理だ。ここはおとなしくソニを頼ろう。

「じゃあ……ソニこれからよろしく」

「ええハナミ!永遠によろしく」


 びちゃ、びちゃ

 小動物くらいの大きさの水の塊。確か魔物の中でも群を抜いて数が多く、群を抜いて弱いハイドジェムだ。私は木の枝を構える。日本のセーラー服に枝。元気に遊ぶ子供にしか見えない。

「ハナミー!ファイトー!」

「うおりゃあ」

ぺちん

枝が濡れただけだ。少しでも剣が扱える者なら、この程度の魔物、一振りで倒せるはず。

「やっぱ、な。枝じゃな。枝じゃダメなんだよソニ。武器屋に行こう。枝じゃダメなんだ」

「そんなことないわよハナミ。太い枝なら十分攻撃力があるし、ハイドジェムなら余裕でたおせるわよ」

一般的には。とソニが付け加える。そんはずはない。前世剣の才能が全くなかった私は今世、かなりの練習を積んだのだ。両親に頼み込んで剣道を習い、中学の部活は剣道部に所属していた。全国大会——には行けなかったけど、ほかの部員に比べればそこそこ強く——もなかったな。

 そっか。今世も剣の才能をどぶに捨てているのか。私は。

「落ち込まないでハナミ!花の勇者の特技は魔法でしょう!」

そうだった!さすがソニだ。前世の私は水の魔法でごり押しを続け、ラグデザートで光魔法を習得してからは、光魔法でごり押ししていた。一応、剣は肌身離さず持っていた。

「よし、みててくれソニ!水の魔」

ハイドジェムが水を吐いた。びしょびしょだ。ところでソニ、魔法ってどう扱うんだっけ。なあソニ、私が十六年過ごした世界に魔法はなかったんだよ。

「大丈夫よハナミ、あなたの魂はキラキラ輝いてる!」

ソニは自分の胸の前で手を組んで、祈るようにささやいた。

「魂の形を感じるの。大丈夫。あなたの魔力はこたえてくれる——」

魂の形を感じる。そうだ。そうだった。私は目を閉じる。

 花畑。色とりどりの花が、夜空の元で咲き誇るのを感じる。きっとこの花こそが私の魂なのだ。夜空の月が、私を見て笑う。

 瞬間、私がもつびしょびしょの枝の先から、すごい勢いで水が飛び出した。

「!?」

びっくりしたハイドジェムが逃げようとする——が、もう遅い。私の魔法の水はハイドジェムに命中して混ざり合い、まったく動かなくなった。

「ハナミ~!よくやったわ!ハナミは前世と同じで魔法の天才よ!」

相変わらずこの子は私を過度に持ち上げる。水の魔法は初級の初級だ。

「それにしてもハイドジェムのやつ。水のくせに水の魔法に弱いなんてあわれよね」

ただの水たまりになったそれを踏みつぶしながら私たちは再び南にすすむ。


 イニティオ村が見えてきた。木製の小さな家がぽつりぽつりと立ち並んでいる。確か住民たちは畑を耕して生活していたはずだが、畑が全く見当たらない。

「なんだか静かね」

ソニの言う通り、遠くから見ていても人の気配が全くない。

「村で軽くお小遣いでも稼げたらよかったんだけど」

ソニに言われて気づいたが、私は今本当に何も持っていない。武器を買おうにもお金がないじゃないか。

「ぐ……こんな枝じゃなにも切れない……」

びしょびしょの枝を見つめる。早く剣がほしいところだ。

 村の前まで来てみても、やはり人が見当たらずしんとしていた。物音がひとつもしない。なんというか……村全体に生活感がなかった。あの子供たちはどうなったのだろうか。

「旅人さんか?」

突然、背後から声がする。びっくりして振り向くとそこには老婆が立っていた。なんだ、いるじゃないか、人。

「まあおばあさんこんにちは!そうです!あたしたちは旅人!こっちは勇者さまのハナミ!」

なあソニ、目立たないという話はどうなったんだ。

「勇者?ははは、面白い冗談だ。勇者様なら魔王の城を管理しておられるだろう?」

老婆は目をほそめて言う。

「なにはともあれ、この村は旅人を全力で歓迎する。こっちへおいで」

私とソニは顔を見合わせた。


「イニティオ村へようこそ!」

 比較的大きな家に案内された私たちは大歓迎を受けていた。若い女性が飲み物をつぎ、若い男性が肉をもってきた。小さな子供たちが駆け寄ってきて言う。

「しか!しかのおにくなんだよ」

「旅人さん!ようこそ」

「のんでのんで!これのんで!」

困っちゃうな~!照れちゃうな~!あのとき大歓迎された村で、今もおもてなしをされている。

「ハナミ、なんらかたのひいわね!」

「ソニ、まさかおまえ、その身体で飲んだのか?!」

「ご安心ください旅人さん。これはジュースです」

ジュースで酔っているのか……?

「そうよ!おいひいじゅーすよ!」

グラスを高々と持ち上げながらソニがわははと笑う。

「この村は旅立つ若者が最初に立ち寄ることが多いのです」

若い女性が言う。確かに、ウィリディス城下町から立ち寄りやすい位置にあるかもしれない。

「あたひたちもひょうね!」

「ですので、みなさんの旅立ちがより素敵なものとなるよう、この村では全力でパーティをすることにしてるんです!」

なんていい村なんだ?!

「このあたりの魔物を退治していただければ報酬を差し上げます。たいしたものはありませんが、ここで荷物を整えていただくことも可能です」

なんて都合のいい村なんだ?!城に近い城下町では、再びの投獄をおそれてあまり店を見ることができなかった。剣……剣がもしもこの村で手に入れば、それはすごくうれしい!

「剣はあるか?」

「たいしたものではございませんが、一応ありますよ。さあさあ飲んで食べて!この後に備えましょう!」

「最高の始まりにしましょう!」

「ビバ!イニティオ!」

さっきまで大興奮だったソニは机につっぷしてすやすやとねむっている。私も遠慮せずに楽しもうじゃないか!

「このジュース、おいしい!」

おもわず口角があがる。あまくてなんだか……。

「何でできてるとおもう?」

少年が私の顔を覗き込んでにこにこしている。

「ええ~、なんだろうな。さくらんぼとか?」

この世界にさくらんぼはある。当然、丸くて赤くて、あまいやつだ。

「えっとね」

少年のとなりにいた少女がもじもじする。ソニ、私もなんだか眠くなってきたよ……。

「おくす……ポーションだよ」

少女はもじもじしたまま言う。

「ねむくなるやつ!」

少年は相変わらず笑っている。

なるほど~だからソニも私もこんなに眠いのか!なるほどなあ……それって……あれ……大丈夫な……やつ……?おもてなしの……一環……


 意識は閉じ込められてしまった。



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