表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

ソニ

 死んでこの世界に転生したのであれば、もう一度死ねば元の世界に生まれなおすことができるかもしれない。私はまずそう考え、実践しようとした。が、できなかった。今世の親の愛は呪いのように深く、私を死ぬ気にさせてくれなかった。なので私はいわゆるオカルトのようなものにのめりこみ、ありとあらゆる異世界転移の方法をためした。紙に飽きたと書きなぐり、そこらじゅうのエレベーターを占領した。あまりにも迷惑行為だった。バレた時はかなり怒られた。反省した。

こんなことを繰り返して十五年……いや、もうほぼ十六年になるのか。

疲れた。

 後悔が、憎しみが、私の心を蝕んだ。私が負けた元の世界はどうなった?残された民は?家族は?私が不甲斐ないばかりに命を落とした仲間たちの無念はどうする。やはり死ぬしかない、死んであの世界に帰るのだ。今度こそ私がみんなを救わなければならない。

 なら今世はどうなるのだ。新しい家族を悲しませるのか?そんなことが許されるのか?この思考でさえも疲れた。まあ、もうこの悩みは必要ないのだが。

 なぜなら今私は、すでに真っ逆さまだからである。落ちていく。父さん母さんいままでごめん。先生さようならみなさんお元気で。この世界で幸せになれない私を許してください。来世、また別の世界に生まれてしまう、なんてことがおこったらどうしようか。まあ、その時も……同じことを繰り返すか……。


「その体を捨てるのは惜しいぞ」


 幼い少女の声が聞こえる。誰?と、思う間もなく、地面を感じた。

 私は無傷で床に座り込んでいた。


———



「貴様、どうやってそこにあらわれた……?」

 しゃがれた声が聞こえる。目を開けると、ごてごてした赤い大きな椅子に、白髪が混じった髪、ひげを生やした老人が座っていた。明らかに現代日本の服装じゃない。まって、それどころかこの空間——

「ウィリディス王国の王座の間!」

思わず声をあげた。間違いない。これは前世の私、花の勇者が旅立ったあの王宮だ。

だが私、桜川華深の体はぴんぴんしている。まさか、死のうとすることが異世界転移の条件だったということか?!

そしてあの王……よくみると、あんなに小さくてかわいかった王子じゃないか?!

「お、おまえ、そんなに立派なひげをはやして……おおきくなったなあ……!」

感動の涙を流しならそういうと

「なんだとこの無礼者!こいつを牢に放り込め!」

「は?!なんで!私はあの花の勇者、あの花の勇者だぞ!帰ってきたんだ!今度こそ魔王を地獄に叩き落すために!私が!勇者だ!信じてくれ!」

こうして私は投獄された。


「なんだよ王子のやつ、あの頃はあんなにかわいかったのに」

 私は牢屋で前世の幼い王子に思いをはせる。小さな体でてってってっと駆け寄ってきたかと思えば舌足らずな声で

「おいゆうしゃ!くつをなめろ!そのきたないくちでなめるきょかをくれてやろう!」

だめだ。あんまりかわいくなかったかもしれない。仲間の遊び人が大喜びでなめてたっけ。たしかそのあと王子の小さな拳でポコんとやられてもっと喜んでた気がする。仲間が恋しい。あの時の私がもっと強ければ、こうはならなかったんだ。膝を抱えて顔をうずめた。私には剣の才能は全くなかった。代わりに魔法の才能がそこそこあったみたいだが。なんで私なんかが勇者だったんだ。もっと強いリーダーなら、彼らは死なずに済んだのに。勝ち気で所作のすべてが美しいレディファイター、かわいい顔で何を考えているのかわからなかったムードメーカーの遊び人、魔弓使いの……うさぎ?の鮮血の天使。

 みんな私みたいにどっかで転生していたりしないだろうか。寂しい、あまりにも寂しい。暗い空間は人をひたすらネガティブにさせる。

「レディファイターのあんまりおいしくないご飯がたべたいよお……」

「それは勇者様の舌がおかしいからって言ってるでしょ!ばか!」

少女特有の高い声が聞こえる。顔を上げると、鉄格子の向こうに深い青色の髪に黄色い瞳の十才程度の少女が腕を組んで立っていた。

「わあ!女の子になった勇者様かわいい~!男前な前世も素敵だったけど今世はもっと素敵~!」

手を組んで飛び上がる少女。フリルがひらひらと揺れる。ここまで私という人間を持ち上げる人は一人しか知らない。まさかこの少女は……

「レディファイターか!」

「ばっか!その二つ名で呼ばないでって言ってるでしょ!あたしは華怜の格闘家なんだから」

その華怜の格闘家、というのこそやめてほしい。私の花の勇者に寄せてきてる感じが恥ずかしい。

とにかく、とにかく、前世の仲間に会えたことがうれしくて私はその場でわんわんと泣き出した。まさか本当に転生しているなんて。そして、こんな私を今でもこんなふうに慕ってくれるなんて。少女はそんな私を黙って見守ってくれ……見守……

「近くないか」

少女は鉄格子に顔をめり込ませながらニッとわらった。

「勇者様の顔がよくみたくって!」

「ああ……私のことは華深と呼んでくれないか。今世はそういう名前なんだ」

「わかったわハナミ!ちなみにあたしはソニよ!ソニ・アルセード!このあたしにぴったりなうつくしい名前でしょ!」

深い青髪の少女——ソニは、胸に手をあてて誇らしげな顔をする。

「ソニ……!ああ、本当にいい名前だ、おまえに会えてうれしいよ」

「っきゃー!あたしも!あたしもうれしい!」

ソニは小さな身体をはねさせて喜んだ。

「ところでソニ。どうしてここにいて、どうして私だとわかったんだ?」

私は赤くなった目をこすりながらきいた。ソニはきょとんとする。

「ここにいるのは、勇者……ハナミがここにいるってわかったからで、ハナミのことがわかったのは、私はいつだって勇者様の魂をみているからよー!」

怖い。

とにかく深く考えるのはやめておこう。


 私とソニは、それぞれのここまでの人生の話をした。ソニは生まれたときからずっとこの世界の人間で、今年で十二才になるそうだ。前世ほど裕福な暮らしではないが——彼女の前世は貴族だったはずだ——そこそこ元気にやっているという。

「なあソニ。この世界はどうなった。みんな苦しんでいないか?」

私は拳を強く握った。声が震える。

「私のせいだ……私が弱かったから。仲間たちを死なせてしまった。この世界を地獄に変えてしまった。魔王の支配を、ゆるしてしまった」

勇者がいなくなった世界を魔王は蹂躙しただろう。この世界で十二年生きてきたソニも、苦しんだはずだ。また視界が濡れる。私は本当に弱い。

「ハナミ、泣かないで……」

鉄格子の隙間からソニが私の手を握った。

「魔王ならもう、討伐されたから」

ソニ、おまえはなんて優し……

「いまなんといった」

「ハナミだいすき」

「言ってない。それはぜったいに言ってない。なあいまなんて言ったんだソニ!魔王は!!どうなったんだ!!!」

「討伐されたわ」

「そっか!よかった?!」

魔王が!!!!!!討伐された!!!???

「あたしたちが死んだ直後に旅立った勇者パーティが、ちゃちゃっと一年くらいでたおしてくれたのよ」

直後に。

一年で。

「かれこれ五十年、多少の魔物の被害はあれど、凶暴な魔物はほとんど同士討ちで滅んだからとっても平和よ」

五十年。

とっても平和。

「まってくれ、勇者が直後に旅立つというのはどういうことだ?勇者は私じゃなかったのか」

「もちろん!ハナミは花の勇者さまよ!」

「勇者ってそんなポンポンでてくるものなのか」

「そうだったみたいね」

「私が花に包まれて生まれてきたともてはやされていたのは」

「その場のノリだったんじゃない?」

声が出なかった。私の十六年の思いは?それどころか五年の旅は?仲間たちの命は——

「そんなことより勇者さま!今世は雑魚の魔物を葬ってちまちま治安維持しながら幸せに二人で暮らしましょう!」

ソニが抱き着いてくる。そんなことじゃない。ソニはその事実を受け止めるのに十二年使えたかもしれないが、私は十六年かけて憎しみを増幅させてきたんだ。ソニが元気出して!と言いながら腕に力をこめてぎゅ、っと

「なあソニ」

「なーに!ハナミ」

「鉄格子は」

「壊したわよ!この程度の魔金属なら余裕ね」

「……そうか」

レディファイターの怪力は今世も健在のようだ。どうしよっかな、これから。日本に帰る方法でも探そうかな……今度は激しく今の家族が恋しくなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ