私には使命がある
15才最後の夜。隣町。人気の無いビルの屋上に立っている。
家庭環境には満足していた。両親は私を痛いくらい愛してくれた。彼らは私のことが好きで、私も彼らのことが大好きだ。
学校も楽しかった。クラスメイトに恵まれ、友人はみんな優しかった。勉強は少し難しかったが、それでもなんとかついてこれた。
我が生涯に一片の悔い無し。
いや、本当に不満のない人生だった。食事は少し合わなかったが、それは「前」もそうだったし、母も父も私に愛情たっぷりの手料理をふるまってくれたのだから、文句をいうのはおかしいだろう。
さて、私は足を前に出す。空中に足が乗る。そのままおちる。重力に逆らわず、まっすぐ、まっすぐ——。
走馬灯。
中学のころの先生の声が聞こえる。
「桜川さん。志望校、空白というのはどういうことですか?」
私は黙っている。なんと答えればいいのかわからないのだ。
「就職したい、というわけでもないんですね?」
私は頷く。やりたいことがないのだ。本当に。この世界では。
あの時は先生を困らせてしまった。悪いことをしたと思っている。後で適当な高校の名前をかいて切り抜けた。最初からそうすればよかったものを。嘘をつくのはどうにも得意じゃない。
進路に関しては親にも心配された。そのときも適当な高校に行きたいと嘘をついた。高校の入学にお金がかかることはわかっていたが、まだこの世界を諦める気にはならなかった。全部全部忘れて、この世界の普通の人間になれたらどれほどよかっただろうか。
愛してくれる家族、きれいな空、優しい友達
大好きだった。この世界のことが。でも、前の世界のことが忘れられない。私はまだ、使命を果たしていない。私はその使命のことを一瞬も忘れたことはなかった。
星が輝いている。本当にこの世界の空はきれいだ。特に夜空は私のお気に入りだ。
そろそろ、私の「前世」の話をしようか——。
「とうとうここまでたどりついたか。花の勇者よ」
「魔王バザピス!私はあなたをゆるさない。罪のない民を傷つけ、この世をあらしたこと。地獄で悔いろ!」
過去の私はそう言いながら魔剣の先を魔王に向けた。ここまで5年。短い時間だったが、こいつを倒すために仲間たちと苦難を乗り越えてきた。余談だがこのころの私の腕は男らしくたくましいものだった。
「花の勇者様、麗しいわ!さあ、魔王。この華怜の格闘家の拳を受けて死になさい!」
「うわあ、過激でこわいよお。ぼくはここで踊ってるねえ……」
「……処す」
その仲間たちもやる気まんまんに戦闘態勢に入る。
勝てる。私たちなら、絶対に。
「もはや、お前たちとかわす言葉など、ない」
魔王はそう言い、何かをとりだした。
私たちの視界が光に包まれる。
負けるわけがない。私は魔剣の先から光の魔法を繰り出していた。仲間たちが拳をふるい、剣を躍らせ、魔法の矢を放っている。
はずだった。
この光は、私の光じゃなかった。もっと邪悪な何かだった。
ぱん
ぱん
ぱん
大きな音が三回。目が慣れた時、仲間たちは胸から血を吹き出しながら倒れていた。
「え」
黒い、つつのような何かが私にむけられる。魔王の目は何も語っていなかった。
ぱん
死、とは、案外何も感じないものだ。
これが私の前世、花の勇者の最期である。
次に目を覚ました時、私は悔しさで泣き喚いた。
「おめでとうございます!かわいい女の子ですよ!」
「華深……!生まれてきてくれてありがとう。だいすきよ」
「お、おれたちの娘なのか……!本当に……!よくやった……よくやったぞ……!」
祝福は、いまでも覚えている。だがそんなものを受ける権利は私にはない。
魔王を、憎きパザピスを地獄に叩き落さなければならない。それが私の、使命なのだから。