第七節 無いもの少年
だがしかし、嗚呼、なんと非情か。神様は続ける、黙って聞いてろと言わんばかりに。なんと横暴か。聞いてきたのはそちらなのに。
「と・に・か・くっ!遊戯がただ平和じゃ面白くない!なんて云うんだっけ?ユーモア?が必要でしょ?言ったよね、僕は神だ。だから少しだけ、イジった」
「っ、神様は世界に過干渉しちゃいけないものでしょ?!」
「それは君達の見解だよね?!関係ないよね僕には!」
思わず悠莉が叫べば、少年も叫び返す。少年の瞳が冷たく、そして何処までも狂気に満ちていたのは自ら神と名乗った、本物だからだろうか。
「本当はさっきのお人形だけ生かすつもりだったんだよ?でも、失敗しちゃってさぁ……二人が生き残っちゃった。そこの生き残りが彼ってわけ!」
何処か子供のように無邪気に云う少年が恐ろしく見えた。彼は、子供がおもちゃで遊ぶように世界で遊んでいるのだろう。世界という名で括られた、神様の箱庭で。その強大な力で、些細な思考で運命を狂わす。嗚呼、それを神と言わずになんと言おう。少年の言葉に二人の顔から血の気が引いていく。彼は、それこそ本当に自分がいる世界を遊戯だと認識しているのだろう。だがそれでも人を、殺めるべきではない。神様だとしても。
少年は二人の様子に「気にしないで〜?」と笑う。どう気にしないでいろと云う気だ。
「でさーそのお人形は、村が壊滅し、家族が死んだのは神である僕のせいだって憎んで闇に身を落としちゃったわけ。酷くない?」
「お前の方がよっぽどひでぇわ」
「なおみんに同じく!」
だが、その青年はどうやって神様というこの少年が原因と気づいたのだろうか。そんな疑問に少年は「気になる?」と目を細めた。まるでチシャ猫のようなニタリ目。しかしやはりと云うべきか、銀色の目の奥は笑ってさえもいない。
「……なんで、目が笑ってないんだ?」
「あっ!それうちも思った!」
その原因を探るべく、奈緒美が問えば、悠莉も同意を示す。すると少年は自らのローブの胸元を広げた。突然なんだ!?と驚愕する二人の前で少年はさも当たり前のように、自らの胸元をーー正確には左胸をさらけ出した。
「……え?」
「な、んだ……あの、空洞は……」
少年の左胸。そこにはぽっかりと空洞が空いていた。心臓だと言うのだろうか、ハートの形でくり抜かれていた。少年はなにもない左胸に手をかざし、空洞に指を突っ込む。やはり空洞で、くり抜かれているらしく、少年の指はなににもぶつからない。
「まさか……っ、いやいや!そんなわけないじゃん!ファンタジーじゃあるまいしぃ!?」
「ところがどっこい、現実なんだよなぁ」
怯えるように奈緒美の隣で叫んだ悠莉に、少年は何処も悲しくなさそうな声色で言う。
「要らないから捨てちゃった、心。その心をさー十四個に分けてお人形のところにポイッて隠したんだーてか神様と言ったら教会だから、隠すって感じでもないかっ!そんでちまちま遊んでたの。そーしたら、『魔王』がさぁ、人間に憎悪を向けられてありもしない罪を声高に叫ばれるのは『神様』のせいだって怒るんだよ?『魔王』も知性がない『魔物』も『魔族』もそういうものなのにさー矛盾してない?」
敵であれ、ありもしない罪で冤罪をかけられたら、そりゃあ怒るわ。と奈緒美と悠莉は思ったが、少年が心を捨てたという事実になにも言えずに口の中で消えていった。
「……なおみん、多分だけど、神様が言ってた青年……『魔王』とか『魔族』の人に……」
「そうそう、だーいせーかーい!!」
パチパチ〜と悠莉が奈緒美に言おうとした言葉を遮り、少年が言う。奈緒美もなんとなく気づいていた。おそらくあの青年はーー
「なーんか『魔族』に聞いたらしいんだよね。僕が心を捨てたからこうなったって。『魔族』もさ、人間の敵なのにねー『魔王』は僕が隠した心を集めれば少しは改善されるって思ってるみたい。僕が遊んでるの邪魔しながらさ、七つも集めちゃった……邪魔するなってーの!だって、いいじゃんねーこの世界は君達の云うゲームだ。それのなにがいけないの?」
そうして、笑っていない、心がない目ケラケラで嗤う。完全に人間がとばっちりを食っている構図である。前門の神様、後門の魔王ということか。まぁだからこそ知性がないという『魔物』がいるのだろう。その『魔物』もある意味、『魔族』側ではあるが。
「でっ、君達には闇堕ちした青年の対処をお願いしたいんだよねー!お人形にはお人形をぶつけようってこと!他は好きにしていいからさー!」
「なんで俺達?」
「調べたら一番強かったから」
無邪気な子供にように云う少年に二人は再び恐怖する。彼は、自分の都合しか見ていない。今二人が此処にいる間にあちらではどうなっているか。悠莉は愛猫をひとりにしてしまった。奈緒美は親に連絡すると約束していたのに出来なくなってしまった。そして、時差。此処にいる数分があちらでは数年経った、だなんてこともあり得る。だって、彼は神様なのだから。
「あ、時間とか気にしてる?大丈夫大丈夫〜ちゃーんとそこは神様として、調整して家に帰すからから〜」
「ホントなんだろうな?」
「そんなに信じられない?」
にっこりと笑っていない目と突然の誘拐じみた行為に、どう信じろと。二人共なにも言わなかったが、そう言っているのはオーラでわかったのだろう少年は「しょーがないかー」と肩を竦めた。が、次の瞬間に、少年の言葉に二人は目を見張った。
「ま、いいかーさてさて……行く覚悟はいい?」
「は?覚悟って……俺達やるだなんて一言も言ってないぞ?」
「言ってなくてもコレ、終わるまで強制ね」
「はぁ??てめぇふざけんのも大概にしろよ?!」
「っふざんなっ!!」
少年の強制発言に奈緒美が腕まくりをしながら憤怒の表情で叫べば、悠莉も大声で叫び返す。やるだなんて一言も言ってないし、ただ説明受けただけなのに、なんとも横暴すぎた。だがやはり、少年は二人の怒りを無視しパチンッと指を鳴らした。途端、二人の足元にぽっかりと大きな穴が空く。つまり、落ちる。
「うわっっっ!!」
「ウソぉおおお!?」
「っ、悠莉!!」
突然のことになにも出来ずに悠莉が穴に落ちていく。雄叫びのような、やまびこのような悲鳴を上げながら落ちる悠莉に奈緒美が手を伸ばそうとするが、その手はもはや遅く、悠莉の姿は穴の奥へとすでに消えていた。奈緒美は悪態をつきそうになるのをなんとかとどめつつ、間一髪で淵を掴み、落ちるのを耐えた。
「あれ?落ちてない?さっさと落ちてよー」
淵を掴み、間一髪であった奈緒美を少年が見つけた。そうして、奈緒美の所に歩み寄り無慈悲に彼女の手を足で蹴った。奈緒美の顔が蹴られた痛みで歪み、痛みで思わず手を離してしまった。嗚呼、落ちる。恐怖の底へ、神様の望む玩具箱へ。
「こんのクソ野郎!!あとでぶっ殺す!!」
力の限り、怒りの限り、頭上へ消えていく少年に向かって奈緒美が叫ぶ。穴の奥ーー中とも云うかーーに落ちていった奈緒美の声が反響している。それをBGMの如く聞きながら少年は穴に落ちて見えなくなった二人に手を振る。
「頼んだよー『光』と『闇』の戦士達」
覗き込んでいた態勢から立ち上がり、そこを後にしようとするとどこからか花弁が舞ってきた。それを見て少年のないはずの心が一瞬ざわめく。そのざわめきを彼は愉快さだと、誤って捉える。
「奈緒実って子、誰かに似てたけど……誰だっけ」
ま、いっかと思い出すことを放棄した少年の脳裏にある女性が突如、浮かんだが、何故かそれはすぐに消えてしまった。そうして、神様と名乗った少年はそこを立ち去った。
此処までがプロローグとなります!
次からは第一章……!
過去作を下敷きにして(ただし第一節は抜かす)、ほとんどプロローグは書いてあるので、此処まではスムーズに書けました……!