第六節 遊戯
「パンパカパーン」
何処か間抜けな擬音を口にする、声変わりの終わっていない少年の声に奈緒美と悠莉は目を開けた。そう、目を開けた。いつの間に目を瞑ったかさえ覚えてない。けれども、目を開けていられないほどの閃光を浴びたのは確かで。きっとその時、思わず目を閉じたのだろう。しかしそれでも納得はいかない。なにせ、本当に目を開けたかさえどうか不明だったからだ。眼の前に広がっていたのは何処までも続く闇だったから。
「な、なななおみん!!真っ暗!!真っ暗だよ!?なんで?!」
「落ち着け悠莉」
突然の暗闇に驚いた悠莉が奈緒美の腕にしがみつく。彼女の瞳が不安と恐怖を顕にし、体も小さく震えている。そんな悠莉を見て、奈緒美も驚愕に声を失っていたのだが徐々に冷静さを取り戻し、悠莉の背を優しく撫でた。いつしか悠莉が奈緒美にしてくれたように、優しくゆっくりと擦る。すると、そのゆっくりな動作に悠莉は落ち着きを取り戻したようでいつもの満面の笑みで「ありがとっ」と奈緒美を見上げた。
「ふぅん……優しいんだね君」
先程も聞いた少年の声に二人が顔を上げると、そこには暗闇に浮かぶ一人の少年がいた。白いローブを身に纏い、何処か淡々としている。上も下も、右も左も分からない暗闇に突然現れた少年。不審人物であることは疑いようがない。奈緒美は悠莉の前に立ち、彼女を背に庇いながら勇猛果敢に不審人物に鋭い眼光を向ける。
「なにそれ。睨んでるつもり?アハハ、お人形さんはお馬鹿さんだねぇ」
明らかに馬鹿にされている。そう感じ取った二人はムッと表情をしかめる。が、奈緒美は力強く言い放つ。先に主導権を取らなければ、いけない。
「誰だアンタは。俺達に何用?」
「誘拐犯!なおみん、こういうのって誘拐犯だよね?!」
「まぁ、そうだな」
「うっわ、辛辣っ。てか君達、適応早くない?」
なにを当たり前なーー事実なのに。そもそも、少年には冷静に見えているだけで二人共、心臓は煩いくらいにバクバク言っている。適応なんぞ早くない。少年と云う不審人物によって些か正気が保たれているだけだ。少年がクスリと、笑う。顔を隠していないので、表情がわかる。プラチナブロンドの髪は肩で切り揃えられ、瞳は美しい銀色をしている。しかし、その瞳には違和感があった。そうだ、目が笑っていないのだ。
笑っていないが綺麗な、無機質な瞳と目が合う。途端に二人の体を駆け巡ったのは、凄まじい悪寒。思わず奈緒美が自らの腕で体を抱き締めれば、悠莉が彼女の背を優しく擦った。
「ま、いっか」
悪寒に怯える二人の様子なぞいず知らず。少年はさっさと話を進めていこうとする。
「僕は君達が楽しんでいる遊戯の……んー世界の神様」
「……はぁ?」
「……えっとぉ?」
少年の言葉に二人は呆気に取られてしまう。彼はなにを言っているんだ?奈緒美と悠莉が楽しんでいるゲームーー『ALUTAPARN』のことを言っているのか?だとしても、『ALUTAPARN』自体に『神様』は存在しない。『ALUTAPARN』の本当の神は、運営陣、制作者側にある。だが少年は、いや、少年が言おうとしている意味はどうやら違うようだ。少年は二人の戸惑いなど気にもせず、二人の前の地面ーー地面なのか床なのか些か不明だがーーにふわりと降り立つと勝手に話し始める。
「君達にさ、お願いしたいお人形がいるんだよね」
「そろそろかな…」と少年が呟いたちょうどその時、シュン……と小さな音がして等身大の鏡が空間に現れた。「ご苦労様ー」と現れた鏡になのか、それとも二人には見えない誰かに言った少年に「え、何。それ通販とかなんかなの?」というツッコミが心の中で飛んだ奈緒美である。ちなみに悠莉は思いっきり「通販かっ!!」とツッコミを入れたが、少年には無視された。
「これ見てくれる?」
少年が二人に言い、鏡に手をかざす。すると鏡の表面が水面のように歪み、何処かの村を映し出した。それに今まで混乱していた悠莉がキラキラとした目で奈緒美の後ろから顔を覗かせる。だがまだ怖いのか、奈緒美の後ろからは出ない。
「すっごーーい!!」
「すごいでしょ。僕は君達が住んでる世界の……んー分かりやすく言えば、君達が遊んでる遊戯の裏側、パラレルワールドの神様」
「さっきと言ってること……」
「区別出来ればどうでもよくない?そういう世界観があるんでしょ?ならいいじゃん」
なにもよくないが。つまり、今少年が見せているのは、そして、彼自身は『ALUTAPARN』のパラレルワールドの神様。奈緒美と悠莉が生活しているのが現実とすれば、少年が云うのはもう一つのゲームであり裏側、パラレルワールドと言うことらしい。難しすぎて頭が混乱しそうだ。さもありなん。
「……えーと、簡潔に言えば『ALUTAPARN』に似た世界が少年の云う世界で……よく云うパラレルワールドとか裏側って言いたくて……つまりは異世界だね、なおみん」
「お前そういうのホンット得意だよな……」
「まぁ、そういうことだね」
悠莉の説明に少年はどうでもいいのか面倒くさいのか投げやりに頷く。いいのか、神様よ。少年はさっさと話を進めたいらしい。ワクワクが止まらない子供のような、可愛らしいワクワクのように見えた。少年は等身大の鏡が二人に見えるよう、横にずれると手を振った。すると鏡は映し出していた村を拡大した。拡大された村からは黒煙が上がっている。火事か?そう二人が思った次の瞬間、異形な姿をした化け物が現れた。『ALUTAPARN』にもいたことがある化け物ーー魔物だった。魔物は逃げ惑う人々に襲かかり、傷を負わせていく。真っ赤な血が噴水のように舞い上がる光景は、そのようなものに縁がない二人にとって吐き気を催すものだった。所詮、自分達が見て読んでいたのは非現実なのだと思い知らされる。すると他の魔物の群れの中に一人の青年がいることに気がついた。鏡はその青年を拡大する。その青年は村の人々が魔物に襲われているのをただただ傍観しているようで……目を逸らすように背を向けているように見える。傍らにいる耳が尖っている人物が青年の顔を覗き込むようにして話しているのが見えなければ、青年への印象はまた変わっただろう。
「あの青年を君達には救って……んーまぁいいや、お願いしたいんだ」
「なんで俺達に?お前の云う世界の住人でもいいだろ」
なにか含みのある少年の言葉に奈緒美が再び鋭い眼光を向けながら問う。悠莉も奈緒美の隣に躍り出ると鏡に映し出される残忍で現実な光景を一瞥し、少年を睨んだ。だがやはり、少年は二人なぞ知ったことかと無視を決め込み、続ける。
「君達はゲームが平和だったら面白くないだろう?」
「わぁあからさまな話題転換」
「というかな、そもそもの前提が可笑しいだろ?言っちゃあなんだが遊戯はそれ相応の目的があって作られてる。それを俺達が遊んで勝手に面白いとか面白くないとか言ってるんだ。遊戯の平和と俺達の平和だから面白くないは違うだろ」
奈緒美の言葉に少年はあからさまにげんなりとした表情を一瞬見せたが、パンッと手を叩いた。
「まぁとどのつまり?面白くない、だね!」
「あ、でも育成系ののんびりな感じのゲームは平和って言葉が合うよね〜なんか安心感があるってい」
「煩い黙れ」
悠莉が奈緒美の言葉に追加するように、優しい笑みを浮かべながら言えば、鋭く冷たい声が遮った。少年の声だった。彼の、「なにも言わずに黙って聞いてろ」と言わんばかりの冷たい声に背筋が凍る。絶句という言葉が当てはまるかの如く、悠莉の声が消えた。思わず奈緒美が彼女を守るように背を優しく撫でれば、悠莉は少し安心したのかいつもの表情を浮かべる。だがしかし、非情か。神様は続けた。