第五節 二人の少女Ⅱ
さて、此処で一つ。奈緒実と悠莉の言うゲーム『ALUTAPARN』について説明しよう。
『ALUTAPARN』とは世界中に絶大な人気を誇る大規模多人数型オンラインRPGゲームのことだ。かつてはスマホゲームとしてリリースされたのだが、スマホゲームきっての情報量とビジュアルデザイン、様々な機能と盛りだくさんすぎてプレイヤーから「容量が馬鹿デカくて遊べない」とのクレームが殺到。泣く泣く家庭用ゲームに移行。スマホゲーム時代のデータを引き継ぐことに成功し、またプレイヤーもそのまま移動することにも成功した、ある意味、ゲーム界の革命児である。基本的には家庭用ゲーム端末にダウンロードすることで遊べるのだが、スマホゲーム版ではその縮小版が遊べる。
さて、このゲームが人気の理由は機能が盛りだくさん、というだけではない。自分だけの世界にたった一つしかないオリジナルスキルを四つほど作れる、というのも大きな魅力の一つとして挙げられる。
また、もう一つの魅力として、多種多様なアバター作製が挙げられる。ゲームの最初にアバターを製作するところは他のゲームと同じパターンだろう。性別、名前、髪型、髪色、体型、服などなど。だが性別と名前以外は多くのデザインがあり、アバターを作るだけでも楽しくなってしまうほどだ。隠し要素のデザインも存在し、プレイヤーの中にはアバタービジュアル設定に丸一日を費やした者もいるほどにその種類は多種多様、多くの人々の個性を引き出している。そして、その先に待っているのはおよそ二十五からなるメイン職だ。メイン職は次に選ぶサブ職と違い、一生変えられないので悩みどころだが、レベルアップで上級職に転職することが出来る。反対にサブ職は上級職に転職が出来ない。サブ職はメイン職に選んだ以外の中から二つ選択することが可能。つまり、メイン職が支援職であってもサブ職で攻撃職を選ぶことも可能であり、いざと云うときは攻撃職に転じることも出来るのだ。というように、職業の組み合わせだけでも無限大、上級職も合わせれば総数は五十にも及ぶ。ここまでの多種多様なアバター設定が終われば、『ALUTAPARN』の世界へ足を踏み入れることが出来る。
『ALUTAPARN』では大まかに分類すると二つのモードが存在する。一つは大勢でワイワイと楽しんだり世界中を冒険したり、ギルドを作ったりでき、または一人で黙々とクエストに取り組めたりと言ったソロプレイも含まれる『ゆっくりモード』。もう一つは『ALUTAPARN』に組み込まれている星でレベル表示がされているストーリーを遊ぶ、『ストーリーモード』。ちなみに『ゆっくりモード』も『ストーリーモード』もどちらだけ遊んでも、両方遊んでも、全体的に影響はないので好きな方を選んで楽しめる。
『ゆっくりモード』も『ストーリーモード』も誰がどのくらい進んだか、誰がどのくらいレベルが高いストーリーをやっているかがランキング形式で表示される。オンラインなので世界中のプレイヤーと競争や気に入ったプレイヤーと協力プレイがいつでも出来る。ランキング形式には個人と団体の二つがある。『ストーリーモード』にはレベルが上がると団体でストーリーを遊べる権利がつく。団体が可能になるということはこの先、難易度が上がるということを示す。難しいために団体を作らせる。そのため、『ストーリーモード』にも団体が存在する。その団体で上位常連者パーティの一つが奈緒実と悠莉の所属する二人だけのパーティ『ブラックローズ』である。
『ALUTAPARN』は世界中の人々への感謝と、一周年の記念として二年前、「第一回 『ALUTAPARN』スカーレット杯」を開催した。その大会はのちに一年に一度行われる大型アップデートの翌月開催と、不定期開催のイベントとなった。大会は個人戦と団体戦の二つ。『ブラックローズ』は第一回団体戦準優勝、第二回団体戦優勝、と華々しい功績を勝ち取った。それが彼女らを世にーー『ALUTAPARN』というゲーム内ではあるがーー知らしめる結果となった。
『ブラックローズ』は学生で、しかも二人だけ、と言うのは大会参加者ならば有名な話だ。たった二人、されど二人の見事なテクニックと立ち回りに何度も何度も魅力されてきたのだから。ちなみに大会は生配信なので、プレイに支障が出ない範囲で仮面やマスク等の着用が可能となっている。あと未成年は保護者の許可も必要な時があったりする。
不定期開催と受験と云うイベントもあったため、第三回から第十回まで『ブラックローズ』は参加を見合わせていた。だが受験が終わったであろう二月下旬に行われた「第十一回トパーズ杯」で『ブラックローズ』は再びこの地に現れ、颯爽と以前と変わらない……いや、以前よりも強くなった姿で優勝賞品と優勝限定装備品を勝ち取った。『ブラックローズ』は『ALUTAPARN』の女性プレイヤーの憧れの的、男性プレイヤーの高嶺の花であった。
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不定期とは言え、もうすぐ開催される大会に向け、そして入学してから初めてのゴールデンウイークを二人は遊び倒すつもりでいた。向かった先は一人暮らし中の悠莉の部屋だ。一人暮らしの女性でも安心のセキュリティ万全のマンション、その分お値段は張る、うん。悠莉の場合は再来月に、仲の良い従姉がマンション近くの職場に異動になると言うことで「同居しよう!」という案のもとちょっとお高めのお家になった。ちなみに家賃諸々は割り勘となる。
閑話休題。
「お邪魔しまーす」
「はぁーい!お邪魔されまーす!ヨルちゃんただいまー!」
扉を開け、奈緒実を中に招き入れながら悠莉が部屋の向こう側に向かって叫ぶ。すると、チリンチリンと鈴の音を奏でながら黒猫がトテトテと歩いてきた。ペット可のマンションなので飼っている黒猫だ。奈緒実がふんわりと顔を綻ばせ、ヨルと呼ばれた黒猫に手を伸ばせば、黒猫ヨルはぐるぐると喉を鳴らしながら彼女の手に頬釣りした。
「ヨルちゃんはなおみんが大好きだねぇ。従姉もだけど、なおみんが一番な気がする」
黒猫を抱き上げ、喉元を指先で撫でる奈緒実に悠莉は楽しそうに笑う。それに奈緒実はクスリとニヒルな笑みを浮かべる。
「嫉妬か?」
「そーでーす嫉妬でーすっ」
不貞腐れたように頬を軽く膨らませながらリビングへと歩いていく。それが可笑しかったのか、奈緒実はクックックと喉の奥で笑いつつ、あとを追う。手洗いうがいをきちんとし、足元で「撫でて撫でて」と頭をグリグリ擦りつけてくるヨルを甘やかしながら二人は宴とも言うべき準備を始める。何度も遊びに来ている奈緒実はまるで自分の家のようにコップを棚から取り出し、悠莉が買った飲み物を注いでいく。
「みゃあ」
「あっ!そこ入っちゃだめっ!」
メッ!とゲーム機を置いたテレビボードの中に入ろうとするヨルに悠莉が怒ると、ヨルはお行儀よく近くに座って待つ。そんなヨルの頭を良い子良い子と撫でつつ、悠莉は奈緒実から受け取ったコントローラーを自宅のゲーム機に繋ぎ、ゲームの準備をしていく。だが、
「ん?あれ?」
「悠莉?どうかしたか?」
お菓子と飲み物をトレイに載せて、リビングにやってきた奈緒実が怪訝そうな声をあげた悠莉に問う。テレビ画面には『ALUTAPARN』のメニュー画面が表示されている。
「んー……ねぇなおみん。メニューにこんなのあった?」
こんなの、と悠莉が指し示したのは『NEW GAMES』や『SAVE DATA』、『OPTION』の下にあった『LEVEL☆』という文字だった。トレイをローテーブルに置きながら奈緒美が言う。
「ねぇな。大会参加特典とかじゃねぇか?」
「えー?でもダウンロードとかなかったよ?」
「悠莉が知らねぇだけじゃ?」
「それは否定はできない!」
「とにかく押してみれば?メニュー画面にあったってことは、運営関連だろーぜ。俺はネットで調べてみる」
「イエッサー!」と敬礼をし、恐る恐る不思議なアイコンを選択する悠莉。それを横目にスマートフォンを取り出し、検索にかかる奈緒美。しかし、奈緒美の指が検索の虫眼鏡を押すことはなかった。まばゆく、目を開けていられないほどの閃光が彼女達を包んだからだ。悲鳴をあげることもままならず、閃光に覆い隠された二人。閃光が消えた時、そこにいたのは
「みゃあ?」
不思議そうに首を傾げるヨルと、『GAMES OVER』と表示されたテレビ画面だけだった。