第四十一節 とある図書館に触れて
噂について調べてみようとなった、暫し滞在することになった件の街の名は「ソニアの街」と云うらしく、至る所に音符をモチーフとした大小様々なオブジェやら花と共に飾られたベンチやらが存在していた。噂を教えてくれた店員曰くこの街は歌が好きらしいので、納得と言えば納得である。また大通りや街の人々を見る限り、日常的にお祭りのように賑やからしく、広場では旅の途中に立ち寄ったであろう大芸道の一団が芸を披露し客から歓声を浴び、それを狙って屋台が所狭しと出没していた。毎日毎日賑やかでいいなぁと思ったのは、ナオとユーリが此処に来る前のカミサマからの説明が後を引いているからかもしれない。
ともかく。
いつの間にか図書館の場所まで把握していたユーリを先頭に、賑やか大通りを抜け広場の大道芸に目を奪われるルルを半ば引きずって連れ戻し広場を抜け、またさらに通りを抜けた先にその件の図書館は存在した。「どうして道まで知っている?」というソラリスのご尤も疑問は本当にいつの間にやら入手したというユーリが見せた地図で回答が得られた。のだが……
「ユーリ」
「うん、うちも此処まで大きいとは思ってなかった」
「うっわー……」
「何処の都市部の図書館だっつーの……」
あんぐりと困惑と驚愕の表情を浮かべる一行の目の前に聳え立つ図書館。その姿は巨大であった。所々修復を施しているのであろう箇所は目立つものの、古びたりながらもその威厳は今も存在し、静かに静かに己を求める者達へ細かい装飾が施された扉を開いている。だがそれは序の口。図書館の入口の壁に設置された案内図を見て、彼らは困惑と驚愕を浮かべる事態となったのだ。案内図にはこの図書館は地下二階、地上三階建てと記されていたのだ。しかも案内図にはご丁寧に「地上三階部分は全ての書籍の閲覧が可能となっております」と注意書きまで添えられていた。地下はおそらく書庫とかそちら方面だろうと考えても、結構大きめな図書館であった。ソラリスの言う通り、明らかに都市部にありそうな規模の図書館である。この街に辿り着く道すがら、小さい町が転々とあったのでその辺りも含んでいる為にこのような大きさなのだろうが……それにしても、大きいな、と言うしかない。
「あっ、この図書館、街の大部分占めてる」
手元の地図を覗き込んでいたユーリからもたらされた新情報に、もうなにも言えなくなる一行である。歌が好きな街と言っていたし、楽譜とかそういうのが多くて三階建てとかなのかな。そう思うことにした。
「……とにかく、中に入るか」
「そ、そうだね!調べたいこと、あるといいねー!」
困惑の空気を振り払うようにナオが言い、それにルルも賛同する。この量なら何処かにあるだろうな、という諦めにも似た感想をソラリスは声には出さずにそっと胸に締まった。なにはともあれ、図書館の中へと入ると、彼らをまるで何処ぞのホテルのロビーかと言わんばかりの光景が出迎えた。休憩スペースも兼ねているのか、ロビーにはソファやテーブルが並び、壁にはずらりと本棚が並んでいる。二階、三階は吹き抜けになっているようで螺旋階段を登って知識の沼へと足を踏み出す者達が大勢いた。見える箇所だけでも本の数は膨大で目が回りそうになる。ロビーの奥にもまだ本棚が見える為、奥には更に多くの書籍があるのだろうと思われる。入口から一番よく見える場所に受付のカウンターがあり、そこでは館員が図書館内へと足を踏み出す者達へ手厚いサポートを行っている。この街の大部分を占めていることもあってか、図書館内には何十人単位の人数がいるものの静寂さが場を支配し、楽しげな空気が漂っている。
「どっから行くべきだ?」
「闇雲に行ったってわかんないよ。受付の人に聞こう!」
まさかの光景に再び困惑を示すソラリスにユーリがそう提案すれば、「思い立ったが吉日!」と言わんばかりにルルと共にユーリが受付まで早足で向かっていく。大勢で行っても邪魔になるだけだろうと思い、ナオは受付が見える壁際に静かに移動するとソラリスも待つつもりなのか、彼女の隣の壁に寄りかかる。受付に並び順番を待つ二人にソラリスが「此処にいる」と目線で合図を送れば、「合点承知!」とユーリが親指を立てて答えた。
「過保護」
ポツリと二人を待っている間に小声でナオが呟いた。その言葉にソラリスは図星と云うか自分でも分かっているのか、肩を竦めて答えた。もちろん小声で。
「癖と云うか、そういうのだよ。お前もだろ」
なにが、とまでは言わない。お互いがお互い様なのはこの間の一件で分かっている。いつか、全てを話せたらいい。信頼して、それこそ心から背を預けられるようになったら。
ソラリスにフッとナオは小さく笑う。今はそれで十分。二人が来るまで静かな空気が、彼らの間に流れていた。
「まぁ周りからはイケメンが壁際にいるってだけで注目度上がってるんだけどね」
「言い得て妙」
ちなみに周りから見れば壁際でイケメン二人が佇んでいて黄色い悲鳴の代わりに、「噂と同じ髪色で本人では?」と興味深そうな視線やら熱い視線やらを受けて平然としている二人ーー視線に気づいてもいないのかわからないがーーを、受付でそれに気づかず淡々と会話を続ける二人を見ていたユーリとルルは小声でツッコミを言い合っていた。
あの二人ならしょうがないか、と。噂のこともあるし。
受付からのサポートによれば、「噂話や行方不明などの類いの情報は一階の奥にあります、新聞や過去の新聞を情報別に集めたスクラップブック、故人が収集した民話などが集められたエリアがございます。なのでそちらで調べるのがよろしいかと」ということで彼らはそこへとやってきていた。先ほどの静かだが楽しげだった空間と違い、人がほとんどおらず窓もない奥まった場所のせいか、些か湿っぽいと云うかどんよりとした空気が流れている。大変貴重な資料なのか、ガラス張りの展示になっているものもチラホラ見受けられる。
「ちなみに新聞関連は二百年前まであるって〜」
「そこまで遡らないだろ」
受付から聞いた情報をルルが口にすれば、ナオのツッコミが飛ぶ。さすがにそこまで遡らない……遡らないよね?
「多分、知りたいのは最近だから大丈夫でしょー多分」
本当にそこまで遡ることになったらちょっと怖い。遠い目をしながら座るユーリに釣られて、それぞれが「此処だろう」という最近の日時が背表紙に示された書籍や新聞を持って席に座る。まぁ歌の噂は最近だろうし、大丈夫だろうとナオも思いつつ、過去十年分が記載されたスクラップブックを手に取り、ユーリの隣に座った。チラッとナオがユーリの持つものを見ると、どうやら噂話やら行方不明事件を取り扱った本を持ってきたらしく、厚さからいって二百ページは優に超えている。魔物とカミサマの今の関係性がいつの時代から続いているのかわからない以上、似た事件も含めて調べるようだ。最初にーーこの世界に連れてこられた時にカミサマが言っていた「心を捨て、教会に捨てた」と、「遊んでいたら『魔王』が怒った」と言っていたように、何処かしらにターニングポイントがあると考えたようだ。複雑に絡まり、人類を意図せずに挟み込んで行われるこの物語を。おそらく、あのカミサマの遊戯やら青年を考えると、百年はまだ経っていないのではないか。そう考えて、ナオとユーリはページを捲った。
『十年に渡る戦争、終結』『多くの人々を惑わした魔術師、死亡』『とある貴族、血肉を争う殺人事件に発展』『悪魔宗教による被害、拡大。幼児も犠牲に』『民衆の声よ高らかに!今こそ此処に正義を!』『魔物に誘拐されたと思われた住人が見つかる。全員軽傷』『近日公開!神が愛した聖歌隊!』『魔物の侵攻、衰えることを知らず。住民は不安の日々を過ごしてる……』
探してる内容は未だ見つからない。
「はぁ」と小さくため息をつき、頬杖をついたままページをナオは捲る。『村が魔物により焼失』やら『村人全滅』やらはあるが、カミサマが言っていた「生き残りがいる村」の記事はない。生き残りがいたならば、噂になりそうなものだが。それともカミサマが意図的に隠したのか、はたまた別の理由からなのか。これは結構かかるなぁとナオは肩を軽く回しながら、新たにページを捲った。
噂関連探し。少しずつ真相に近づいていっていればいい、なぁ…




