第四十節 とある噂を求めて
「お兄ちゃん、翠の髪、綺麗!まるでお歌の王子様みたい!」
「あら、貴方もしかして噂のお姫様?あら、あれって王子様が攫われたんだっけ?」
「綺麗だなぁ、噂のお姫様ってアンタだったりして?あ、それだと噂にゃあならんかぁ」
「ね、あの人かっこいいね〜!」
「本当本当!握手してもらう?ていうか、あの人が噂の人じゃない?」
その後もナオは街の人々にそんな風に声をかけられた。男に間違われているのは、この世界に来てからは多少あったし、ナオ自身男勝りな自覚が多少あったので気にしてはいない。最初は、ただ目で追っていただけであったが幼い子供が無邪気に「綺麗!」と言った辺りから、声をかけられる回数が増えた気がする。噂と同じらしい髪色から、今までもあったその容姿まで声をかけられる理由は様々だ。まぁただの気のせいかもしれないが。店員に噂を聞いていたのもあって「所詮噂だし、いいか」とナオは表面上はさほど気にもせず、しかし内心は不思議と気になっていた。まるで引き込まれる物語の如く、後ろ髪を引かれているかの如く。噂でしかないので確証はどこにもないのに。『神様はとある塔に姫を閉じ込めている』、『翠の髪をしているらしい』、『歌声が素晴らしいらしい』などという全て噂でらしいと言うもの。全部が嘘の可能性だってある。わからないものはわからないか。
「気になる?なおみん」
グラスに注がれたカフェオレを飲み、コトッとコースターの上に軽やかに置いたユーリが言う。それにナオは頬杖をついたまま、小さく頷く事で答えた。ナオの前には飲み終わったホットロイヤルミルクティーが入っていたカップが置かれている。ちなみに二人が座る四人席のうち、空席の前には空になったグラスと、同じく空になったカップがもの寂しげに置かれている。ルルとソラリスの分だが、今はいない。ようやっと、とでも言おうか、宿屋を発見し食事にもありつきその後のティータイムも終盤、というところで少しだけ席を外しているのだ。護らなきゃなんだと言うものの、本当に癖になっているんだなぁと思いつつ、本当に恋人同士とかじゃないんだな?と些か疑問に思ってしまう。まぁ二人の言い分通りなら「違う」んだろう。それでも気になってしまうのか、二人が行く時、ユーリの目が二人を追っていて、ナオはなんだか微笑ましく思ったりもした。
さて。
「まぁ多少は。此処に来てから、ってのもあるが」
「ねぇ〜他だとなんにも音沙汰なかったのに……『魔族』関連はあったけど。それでかなぁ?」
どちらかというと人類の味方であろう神様と、人類を憎み命を狙う魔物と『魔族』。「救ってくれるはずの神様がそんな事するわけない」という先入観にも似たものがあるのかもしれない。まぁここ最近とあの雑貨屋の店員も言っていたし、本当にただの偶然の可能性もある。
「歌みたいに流れてきたって言ってたもんね。差があるのかなー此処、歌好きって言ってたし敏感だったのかも」
「それもあるがあの店員が言ってた村が消えたとか行方不明が出たとかの方が気にならないか」
「確かにー!んー……カミサマ案件?」
頬杖を解き、両腕を組んで椅子の背に体重を乗せるとナオは「わからない」と首を振った。情報が足りなさすぎる。
「ユーリはその村消滅とか行方不明とかの話って聞いてたか?」
街へ行くたびに「時間があったから!」「気になったから!」と言わんばかりにいつの間にか情報を得ているユーリにナオが問えば、今度は彼女が両手で頬杖をついた。
「あったにはあったんだけど、ほとんどが教会とか『魔族』の話大半でさぁ。それに埋もれてなのか内容が似たりよったりで判別つかないんだよね。それこそ魔物が村滅ぼしたって話と、ある街で何人もの住人が行方不明になったけど見つかったって話も何個かあったけど……」
「あー……伝わり方が違うだけでそれの可能性もあったのか。数が多ければ似たようなのがあっても無理はないしなぁ」
「うん……あの店員さんが言ってた噂がうちが聞いたのとどれだけ合致してるのか曖昧だしーそれにその手の話のオチって、大体が魔物か『魔族』のせいでした、なんだもん」
何処か遠い目をして言うユーリにナオはなんとなくその意味に気づいて、空になったカップを見た。この世界の人々はそう思うだろうが、二人はそう思えない。だって、あのカミサマが自ら「遊び」と言ったのだから。
「……カミサマが言ってた生き残りの青年の村っていう線もあるわけか」
「そーっ!今のところ最有力候補はそれぇー」
テーブルに両腕を投げ出しながらユーリが言う。この世界に二人を投げ込んだ神様が頼んだお願い事。「失敗して生き残っちゃった二人のうちの一人の対処」。本当にあの少年がやったなら復讐に走るのも無理はない気もするし、あの少年は村を滅ぼしたことの罪悪感など持っていなかった。心がないから、遊戯だから、と。その思考が心底自分勝手で傲慢で、神様じみていて恐ろしい。
「アイツの言う通りになるのは癪だが……やんねぇと帰れねぇしなぁ……」
「うん……でも情報がないの!理不尽!」
「うがー!」と唸るとユーリが残っていたアイスカフェオレをグッと飲み干した。口の端についた水滴を手の甲で男らしくグイッと拭う。その行為を凛々しいナオがやれば様になるのだが、何処か可愛らしいユーリがやれば些かギャップと言うかなんというか。まぁそんなユーリを見つつ、ナオは言う。
「集めるしかねぇなぁ」
何が、とは言わない。此処までの会話で主語がわからないほどユーリは馬鹿ではない。
「だね!此処でちょっとやる?」
「急いでるわけじゃねぇし、二人の意見も聞いてだなー」
「なにが二人の意見も聞いて、なの?」
と、そこにタイミングよくルルとソラリスの二人が帰ってきた。「長かったな」と椅子に座るソラリスを横目にナオが言えば、ため息交じりに答えが返ってきた。
「ルルが店先で止まってな」
「だって~!さっきの雑貨屋さんとはまた違うんだよ?!魔法具専門店!いっぱい、いいのあったんだもん!」
「あとで行くか?」
「いいのー?!」
ナオの言葉に目をキラキラとさせてルルが叫ぶ。ナオが大丈夫だろ?とユーリを振り返れば、「うん!」とそんなルルにつられて楽しげにユーリが答える。
「二人共ありがとうー!」
「あんまり甘やかすなよ……」
「一番甘やかしてるのってソラリスだよね?」
矛先が自分に向いた。ん?ん?と意地悪げに笑ってユーリが言う。「降参」とでも言うように両手を上げて示しながら、ソラリスが話題を変える。そんな彼を見て椅子に座りながらルルがクスクスと笑った。
「で、さっきの二人の意見も聞いてとかなんとか言ってたが」
「嗚呼。少し気になることが出来てな。しばらくそれを調べたい」
「つまり、ちょっと滞在するってこと?ボクはいいよー!」
「同じく」
ナオが問いに答えると、ルルとソラリスが承諾の意を示す。それにユーリが嬉しそうに「ありがとう!」と言えば、ルルがニコニコと笑って返した。
「でも、気になることって?あ、さっきの噂?」
空になったグラスを手持ち無沙汰に両手で弄びながらルルが言うと、「嗚呼」とナオが答える。確かにルルとソラリスからしてもあの噂は気になる。閉じ込められたお姫様にしろ、村が消えたにしろ。そしてーー
ふと、ルルの表情が一瞬曇った。そのことに気づいたソラリスが大丈夫かと問いかけようとして、すぐにルルの表情が笑みに戻り、上げかけた手を下ろした。そんな二人の小さな動揺に気づかないナオとユーリではない。
「まぁ噂も噂だけど、どっちかっていうと村が消えたって方かなー」
「そう、なのか」
「うん!あ、ほらこの街、図書館あるみたいだし、そこも行って調べてみよー!」
おー!と手を突き上げるユーリにルルも真似して拳を突き上げて二人して笑う。二人が拳を突き上げた時に多少テーブルが揺れたが、グラスを倒すまでには至らなかった。それはどちらかというと楽しい振動だ。が、どうやらその音はソラリスには違う意味で伝わったらしい。
だからいつの間にこの街を把握しているんだよ。
そんなツッコミがソラリスから聞こえてきそうでナオは小さく笑った。
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「ふぅん、あれが」
テーブルから立ち上がり、ユーリを先頭にテラス席から出ていく四人を見て、その人物は頬杖をついた。彼らを観察しているのを気づかれぬよう、そっと視線を外し、手元のグラスを手に取る。飲み物を飲むふりをしながら彼らの行く先を観察する。会話は多少聞こえていたが、おそらく図書館に行くのだろう。案の定、事前に調べたのだろうこの街の図書館に向かって大通りを進んでいく。見失うわけにはいかない。さり気なく席を立ち、大通りの店を見るふりをしながら後を追う。
自らの主に命じられた事。『神様の駒を奪う』。その駒があの四人のうちの二人だと、彼女は確信していた。仲間で兄弟の二人から聞いたわけではない。自分の得意分野と包囲網を使って調べ上げたのだ。二つのキーワードによって。
『最近になって突如現れて冒険を始めた冒険者、もしくは登録だけはあったのに最近になって冒険を始めた者』。それをキーワードに探せば、いくらかは絞り込める。それでも候補は何百にも及ぶが、無理矢理にでもやった。絞り込んだうち、突然現れたのが先のルルとソラリスのチームと、二人の少女のチームだったと言うわけだ。他にも絞り込んだ中に候補は居たのだが、カミサマが関連している可能性も視野に入れたのもあり、この二つーー今は一つのチームに絞られた。
もう一つのキーワード、それは兄弟が聞いたと云う『光と闇の戦士』。これを彼女は知っている。この世界に伝わる物語。その総称であり名称。きっと彼女の主も兄弟も知っているだろう。だが、それを真実かただの言い伝えかを信じるかは別だ。多分、本当だと思っているだろう、だからこその勇者役に相応しいのだろう。そして、駒。
またそれらは彼女にとって因縁深いものだ。まぁ『魔族』としては「神様がもたらした勇者」とも言えるので、ある意味こちらも因縁深いと言えば深いのかもしれないが、彼女にとってそちらはただの形だ。全て、カミサマの手の上、盤上なのだから。
とにかく、彼女は二つのキーワードから導き出した四人を尾行している。『光と闇の戦士』に関してはもはや彼女の知っている真実が証拠だ。その証拠を提示しろと言われても提示出来ない代物な為、もう一つのキーワードを無理矢理にでも作り上げて調査した。尾行と監視を続ければ自ずと答えは見えてくる。それに何より、本当にただの間違いであってもそれはそれとして主に献上出来る情報もある。きっと主は喜んでくれるだろう。そして、その傷ついた心を癒すに違いない。だって
「あの方の姉君と瓜二つなんだもの」
彼女は『祈り姫』様だから。
お久しぶりでございます。早いですねもう2月が終わる…ということで少し投稿していきます。ちょっとずつ、書き進めてはいるんですが…難しいですねぇ…




