第三十九節 とある声を聞いて
歌が聞こえる。
眠れなくて泣く子を優しく寝かせる子守唄のような、亡くなった者達を悼む鎮魂歌のような、絶望の淵に立たされた勇者を鼓舞する応援歌のような。どれもが正解であって不正解の歌声。
ありきたりな表現だけれども、鈴を転がすような清らかで涼しげで美しい声。心に染み渡り、耳を傾ける声。
けれども、その歌声は何処か哀しげに聞こえて、何処か懐かしくて。なぜだかはわからない。きっと、そう思うのは私だけ。私にしかわからない。言葉の端々に少しだけ散りばめられた霧散しそうになる感情を、理性をどうにか掻き集めて詰め込んだような声。
もう、やめたい。でもやめられない。正気に戻ってしまったら、元に戻れたらどんなにいいか。どうして、どうしてなの?わからない、教えて。
そう叫んでいる、歌っている。嗚呼、その想いを私は知っている。たくさんたくさん、自らに傷をつけてまで悩んで悩んで、置いてきた想い。今だに私を苦しめて離さない過去の想い出。過去の、多分一番楽しくて嬉しかった時期。今はもう、苦しいだけで、前に進むのを阻むものだけど。それを、この声も持っているの?同じだね。それでいて、哀れだね。私よりも断然に良いと思うのに、自分でも分かりきっているのに。信じ込んで、突き放されるまで気づかなかった私より。
ーーなんで、こんなにも苛ついてしまうんだろう。自己嫌悪?同族嫌悪?わからない。でもこれだけははっきりとわかる。私達は似ている。だから、少しだけ、そう少しだけ、声をかけたくなったんだ。この声を返してみよう。声の主は、貴方はどう思うかな。
もっとも、この想いも出来事も目が覚めてしまえば忘れてしまうんだろうけれども。
❀
「凄い賑やかだね〜」
「ホントー!まるでお祭りみたい!」
賑やかな街並みを眺めてルルがワクワクとした表情で言い、それにユーリが賛同した。ルルの言う通り、目の前では色鮮やかな花を髪に指したり、アクセサリーとしたり、腰に身に着けたりした多くの者達ーー此処の住人だろうかーーが大通りを様々な表情で練り歩いている。大通りは活気に溢れ、食材を買う者、走り回る子供達、ルルの考えたように賑やかすぎて「お祭りですか?」と問いかける旅人など、多くの者がいる。頭上には青く澄み渡った空を横断するように同じく色鮮やかな花を使った飾りが家と家の間に垂れ下がり、壁には花と音符のような形したオブジェが飾られている。
志を新たに、出発した彼ら『ブラックローズ』。互いに少しでもわかり合えたと思われる出来事を越えて、彼らの結束は強まったーーように思う。行く宛もなく、分からぬまま進む彼らは一時休息を取ろうと早めに宿屋に向かう為、とある街に入り、今に至る。
「歩くのも億劫になるな。宿屋何処だ……」
ワクワクと街中見たーいとキラキラとした目をするルルを横目にナオが言う。以前のーー鏡の世界から来た賢者様がお城を作ったという城下町のお祭りも一日たっぷり堪能したと言うのに、此処でも観光を堪能する気か。ナオはもうお腹いっぱいだが、ユーリとルルは行く気満々のようでしきりに目は大通りを行く人々を見ている。
「いいんじゃないかな?宿屋探すついでってことで。腹も空いたしな」
「ソラ、ナイスー!!」
「それいいー!」
ソラリスの提案にユーリとルルが即答で賛同すれば、ナオはしょうがないなぁと言わんばかりに肩を竦めた。
「で?なに食べたいんだ?」
「お肉!」
「パンケーキ!」
「統一性がねぇなぁ!」
ナオの問いにユーリとルルが挙手をして元気に答えれば、「ハハッ」と楽しげにソラリスが笑う。そんな彼を物珍しく思ったのか、ユーリがソラリスを見上げている。ナオも統一性のない、というよりもデザート風味が混じった答えにクスリと小さく笑う。
まぁそんなこんな。彼らは楽しげに会話を弾ませながら大通りを人にぶつからないように歩き始める。目指すは飯屋と宿屋。だが初めてきた場所であるため、すぐには見つからない。大通りを進んだ奥には教会らしき十字架や塔のようなものが見える為、もしかするともっと奥にあるのかもしれない。その証拠とでも言おうか、大通りには店や屋台はあるものの、全てが全て、食材やら日用品やら雑貨やらで調理済みの料理は一切見当たらない。
「なんか、なおみん見られてない?」
「は?そうか?」
本日のご飯を探しながら視線を四方八方に向けて歩くユーリが隣を歩くナオに言う。気のせいかもしれないが、道をすれ違う人の殆どがナオをチラチラと見ている。以前、大会前にその凛々しさやかっこよさから握手やら魔法で絵やらと頬を染めた人々に求められ、人気だったナオだ。女にモテる女性、女性の理想を詰め込んだ男装の麗人と言ったところなのだろう。だが、此処ではそれ以外の視線が多い気がする。時たまに「キレイ〜」と声も聞こえる。
「あー確かに。ほら、やっぱりナオってカッコいいから!王子様みたいだもん!」
「白馬の王子様?」
「そうそう!あ、でも白馬よりも黒い馬が合いそう〜」
「わかる!なおみんカッコいいもんね!」
褒められ慣れておらず、褒められて頬を染めるナオを横目にユーリとルルが黄色い悲鳴を上げながら言う。照れているナオを見て、ソラリスが「そろそろやめてやれ?」と苦笑気味で小言を漏らせば、ルルがクスリと笑った。
「だが、なんでだろうな?」
「そんなの、俺が知るか」
「嗚呼、そりゃああの噂のせいだな」
なぜだと疑問符を浮かべて首を傾げていた一行にそんな声がかかった。え?と、誰か言った?と全員声が聞こえた方向ーー情報収集が得意なユーリを一度見て、彼女が首を振るのを見る。と、全員から見られて困惑している彼女の背後に別の人物がいることが確認出来た。雑貨屋の店先に商品を並べていた屋台の男性らしく、「俺、俺が言った」とユーリの肩越しに自分を指さしている。
「突然割り込んで悪いな」
「いえ。それよりあの噂とは?」
悪いと言いながら商売魂逞しく、こちらを振り向いた彼らに「見てってくれ〜」と宣伝を始める男性。その男性に誘導される形でルルがしゃがみ込むようにして並べられた商品を見始める横で、ソラリスが問う。すると男性ーー店員はちゃっかり商品の紹介をしながら説明してくれた。
「此処に並べてるのはハンドメイドでな、そのブレスレットには水属性の攻撃力を上昇させる効果があるんだーーで、噂っつうのはなここ最近……一、二年前くらいからか?出てきた噂でな。曰く『神様はとある塔に姫を閉じ込めている』っつう。そのとある塔っつうのも何処の?って話だし、神様がやったっていうのもどこまで事実か嘘かっていうな!」
店員の説明にナオがチラリとユーリを振り返った。あの少年が、神様がやっていないという保証はない。だが、なんとなくやりそうな感じはする……濡れ衣かもしれないが、あの狂ったような思考、笑っていない笑み、この世界を玩具と言うあの場面を見てしまえば、可能性はある。いや、やってそう。
けれどもナオはその噂をユーリから聞いていない。ただ漏れただけの可能性もあるが、案の定ユーリは聞いていないらしく、しきりに首を傾げていた。
「でもそれがなんで、ナオに繋がるんだ……?」
「嗚呼、それはなぁ、その噂関連にはまだ続きがあってな?そのお姫様はまるで自然をそのまま閉じ込めたようなそれはそれは綺麗な翠の髪をしてるって言う……そう、その嬢ちゃんみたいな、な」
それにナオが自らの髪を触る。一房だけ色が違うが、なるほど、その噂があるからこそ人々はしきりにナオを見ていたのだろう。あの噂のお姫様と同じ色をしたナオを。しかし、疑問は残る。
「ねぇおじさん。その噂、どうやって流れてきたの?」
ルルの疑問はもっともだ。神様がやったとされる所業。誰もわかるはずもないのに、何故噂として流しているのか、疑問だった。その噂のお姫様が逃げ出しているならばまた違った噂になるだろうし。
「あーそれはなぁ……っと、このブレスレットも良いだろう?そこのアンクレットとセットでなぁ。魔力量を倍増させてくれるんだ」
「商売魂逞しいなぁ」
「で、まぁ噂だし、何処からどうのってのはわからんがな?此処最近よく聞くようになった。んで、噂は最初、歌みたいに流れてきたって聞いたな」
歌?と首を傾げる彼らに店員はそうそうと頷く。ちなみに店員の商売魂に関心の声を上げたのはソラリスである。
「嗚呼、誰が最初かもわかんねぇけどな。この街は結構歌が好きでなぁ、だからか、神様が攫った理由はその歌声だとか、歌声が素晴らしかったからとか、色々言われてんだよ。まぁ、突然一つの村が消えたとか、何人も突然行方不明になったとか、そんな物騒な話もあるからあながち嘘でもねぇかもな!」
ハハッと何処か振り払うように店員が笑う。所詮、噂は噂。どうなるかはわからない。けれども、その理由は分かった。見られている原因がわかりホッとしたものの、ナオは何処かモヤモヤとしたものに取り憑かれていた。それは噂話を教えてくれたお礼にと、雑貨を選んでいる間中も、それ以降もだった。
そして、この噂はずっと彼女にまとわりつてきた。今まで聞かなかったのが、嘘のように。
皆様、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
さて、今年初の投稿であり、新たな章となります!本日は一つのみですが、また気長にお待ちいただければ嬉しいです。




