第三十八節 黒
全員、寝た。
夜も寝静まり、外からの音はなにも聞こえない深夜。前夜祭も佳境を極めた時間を過ぎれば、あとは明日ーーもはや今日の本祭に向けて誰もが寝静まる。ただただ、人が生きている生命の音だけが静かに城下町や宿屋に溢れている。二階の食堂では片付けに追われているのか、微かに下から物音がする。だがそれも人の眠りを妨げるほど大きいものではなく、むしろ耳をよく澄まさなければ聞こえないほどのものだ。深夜の後片付けに慣れているのだろう、そんな感じだ。
部屋の外もシンと静まり返り、誰もが眠っていることを容易に理解出来る。そんな中、静かに、誰も起こさぬようにただ一人、彼女は起きていた。四人部屋を借りたので、全員が同じ部屋で眠っている。彼女以外は全員、疲れが出たのか深い夢の中へと旅立っている。彼らを起こさぬように彼女はーーユーリはベッドサイドのランプをつけて読書に耽っていた。眠りの妨げにならない程度の明るさはまるで星の輝きのようでもあった。そんなユーリが読んでいるのは、あの書籍だった。魔物が落としたアイテム。傍から見れば、どう考えても文字など書かれておらず、白紙しかない手帳サイズのもの。それでもユーリは何故かゆっくりと書籍を読み進めていた。ユーリ以外の誰かが起きていれば、「なんでそんなもの読んでるの?」と疑問にかられるような場面ではあるが、如何せん誰も起きていないのでそんな疑問をていする者はいなかった。
「……なるほど」
誰も起こさぬように小声で呟く。ユーリの指が文字などない白紙のページをなぞる。ユーリには書籍のページいっぱいに広がる文字が見えていた。おそらくユーリのみ見えているし読めている。ドロップアイテムを手にした時の全員の表情を見れば、ユーリにも分かる。読めているのは自分だけ。だからと言うわけではないが、一人になれる時間を狙って読んでいた。自分以外が読めないんじゃあ、内容を言ったって、「頭大丈夫?」と心配されるのがオチだ。証拠がないんだもの。ならば、中身を確認して、それが真実である証拠と共に見せた方が早いと考えた。そうすれば、少しは信憑性も増すだろう。読めなくともそこまで考察してみせたということを彼らが理解すれば、きっとそれこそ証拠になる。捜し物、考察はユーリの得意分野とも言っても良い。自分しか読めない以上、魔法の可能性もあるにはあるがそれを確認するよりも先に好奇心が勝ってしまった。結果、真夜中に熟読である。
「……ふぅ」
多少、拾った際にペラッと読んでみてはいたが、それでも量が多い。達成感に満ちたため息を吐きつつ、ユーリは肩を回しそうして、覚悟を決めた。この書籍の中身に基づく証拠なんてないと、分かってしまった。いや、証拠はあるにはあるが、それを証明するにはまた面倒くさいことになる。言ってしまえば、堂々巡りと言っても良かった。非現実すぎるとも言える。
「でも、真実なんだよなぁ」
確信がユーリにはあった。だって、自分はそれを知っているんだから。説明のしようがほぼないが。これをナオやルル、ソラリスに言えないのは中々に苦痛だし、ナオとの友情にヒビが入ってしまうのではないと勘ぐってしまう。きっと、ナオは許してくれるだろう、誰かの為の秘密ならば。だが、嘘をつき続けることになるのをユーリは許せない。
「何処まで、本当なのか。信じられない部分がまだある」
ならば、どうすればいい?
ユーリは静かにポーチを手元に引き寄せると、中を探る。そうして取り出したのは彼女の使う二振りの刀とはまた違う刀だった。鞘に描かれているのはキラキラと宝石の如くきらめく細かな結晶、鍔には今にも爽やかな香りを漂わせて来そうなほどに繊細かつ華美さを持つなにかの花が彫られている。それはユーリが普段使用する『綾丸』と『透咲』以外のもの。大事な場面でのみ使用する宝刀中の宝刀であり、ユーリの最後の切り札。
「ーー『舞神』」
武神の名も併せ持つ刀。ユーリはゆっくりと刀を抜き、鞘を掛け布団に隠れた膝に乗せる。カーテンの隙間から漏れる月光を浴びて刀身が波打つ。
「うちは……ううん、きっとどのうちもこれが正解だとわかってる。だから、やったんでしょ?ねぇ、『舞神』?」
うちはその真実が目の前に現れるまで、その証拠を求めましょう。探しましょう。だから応えて、教えて、忘れて。必要になるその時まで。
「待つのは、得意だもんね?」
刀から月光のような、まるでヴェールのようなものが放たれる。それは優しくユーリを包み込み、彼女の言葉を肯定するように刀が風もなく揺れる。
「『語り部』の時間だよ」
カチッと何処かで時計の針が動く音がした。
そして、世界は再び暗転する。
そうして、そこには誰もいない。なにも起きていない。静かに寝息を立てながら眠る彼らがいるだけで。もちろん、ユーリも含めているだけで。彼女の傍らに見たこともない誰かがいるなんて、誰も知らないのだ。そう、彼女だけは。
『待っているよ、『闇の戦士』』
何処かで物語が再び動く。
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「はぁ?なにそれ?」
思わず、素が出てしまった。
そんな感情が手に取るように分かるほど、ハッと口を手で慌てて抑えると、目の前のーー少しだけ高い段の下に膝をついていた一人がケラケラと笑った。
「なんかそういう感じ〜?」
「それだと意味が伝わりませんよ」
ケラケラとタレ目を細めながら笑う一人を隣にいたもう一人が肘で腹を突っつく。
此処は何処かの城の中。静謐さを持つ広間には優しい月光が入り込んでいる。そこにいるのはとある三人。復讐とも言える深い感情を瞳に宿す少年のようなあどけなさと大人になろうと背伸びをする、静かな炎を持つ青年。少しだけ高い段の上、そこにある玉座とも言える椅子に座った青年はーーそう、かつて燃え盛る教会を憎々しげに眺めていた青年であった。
その青年とは違い、他の二人は耳が尖り血を彷彿とさせる瞳を持っていた。俗に言う『魔族』であり、この世界の暫定的な敵だ。一人はーーケラケラと笑った一人は、中性的な容姿で妖しげな色気を持ち、男女共に多くの者を魅了してしまう雰囲気を持つ青年。もう一人は冷徹な、何処まで見据えるような雰囲気が特徴の、青年よりも年上そうな男性だった。
「……詳しく」
玉座に鎮座した青年ーーわかりやすく彼、とするーーは容姿や特徴は違うものの、少しだけ似た雰囲気を持つ二人に問いかける。すると青年が「は〜い」と呑気に返事をする。
「オレの召喚した魔物がねぇ〜聞いたんだぁ〜……まぁ、その子も倒されちゃったんだけどねぇ」
「お気に入りだったんだけどなぁ〜……」と悲しげに顔を伏せる青年を男性が慰めるように背を撫でる。だが、彼は続きを、と言わんばかりに視線を放った。それに青年は憂いを持った顔を上げながら、肩を竦める。
「また召喚すればいいだろ?」
「そうなんだけどねぇ〜」
ケラケラと、先程までの悲哀な表情は何処へやら、新しい玩具を見つけたかのように笑う青年に彼は、やはり同じだと実感する。青年と男性の目に宿る感情も合わせれば尚更。さて、青年は笑いを抑えるとようやっと彼の問いに答えてくれた。
「『光と闇の戦士がいる』、『お人形がいる』。新しい駒、とでも言うのかねぇ〜?」
「僕達を倒す勇者サマ役ってことですか」
くだらない、とハッと鼻で笑った男性に青年も「ねぇ〜」と小さく笑う。嗚呼、やっぱりアイツにとっては、ただのお遊びなのだろう。こっちが必死であればあるほど、アイツの残酷さが浮き上がる。だが、それを知るのは自分達だけ。世間一般はアイツを正義と、勇者サマを正義とみなすだろう。だって、『魔族』で悪だからと。
「全て、俺達のせいではない」
ポツリと彼が呟く。それに二人が力強く頷いた。全てが全て、『魔族』のせいではない。こちらにだって言い分はある。それに、彼にとってアイツは完全なる悪だった。自分と愛すべき家族を奪った悪。ギリッと肘掛けを力の限り握りしめる。魔法を付与されていないにも関わらず、肘掛けはミシリと悲鳴を上げた。脆くなっていたのか、それともそれほどまでに彼の憎悪が凄まじいのか。
「アイツが俺達で遊ぶなら、俺達だって同じことをしてやろう」
「と、言いますと?」
「アイツにとってその戦士だかも駒。なら、その駒を寝返らせても問題ないよな?」
彼の言わんとしていることを察し、二人は顔を見合わせて笑った。戦士とやらがいるならば、悪だと言う側へ落としてもいいよな?だって、アイツはお遊びが愉しいんだから。
彼が何処か無邪気に、それでいて残酷な笑みを浮かべれば、青年と男性は静かにこうべを垂れた。
区切りがいいところまで、ということで二話ほどの投稿になります。数が少なくてすみません…
ここで一章が終わり、二章に突入するので、丁度いい…!
ということで、今年は此処までです。少し早いですが、今年一年ありがとうございましたm(_ _)m来年も続きを読んでくだされば、嬉しいです。
皆様、よいお年と、クリスマスをお過ごしください。それでは、また来年お会いしましょう!よいお年を!




