第三十三節 二人と黒薔薇
時は、暫し遡るーー
ルルとソラリスが魔物に襲われる少し前。
ナオの言葉をそのままの意味で受け取り、後ろを一度も振り返ることなく、ソラリスはルルの手を引いて道を進む。暗くなりつつある森の中を、森の奥にチラリと見える城下町を目印に急ぎ足で進んでいく。早く進まなければ、夜の闇に覆われ、自分達では対処出来なくなってしまう。
と、いうか、あの二人のことを考えると腹の底から怒りというか、なんとも言い難いものが湧き上がってくる。
「ソラ」
あんな言い方をしなくていいじゃないか。そりゃあ、こちらが悪い部分もあっただろう。しかし、強者に従えばいいとか、弱いからとか。言い方にも程がある。なにがあんなにも二人を、いや正確にはナオを意固地にさせているのか。出会った頃のあれはなんだったのか。
「ソラってば!」
突然、ルルに勢いよく後方に引っ張られ、ソラリスは我に返った。ぐるぐると考えすぎて、ルルの声が聞こえていなかったらしい。ルルも当事者の一人なのに。歩を止め、ソラリスがルルを振り返ると、ルルはぷくぅと頬を膨らませて如何にも怒ってますと言わんばかりの表情だった。だがその瞳には悲しさというか、哀愁が宿っていた。
「ずっと呼んでたのに」
「……悪い」
「まぁわかるけどね、ソラが考えてるコト!」
「手、離して」と呟くルルにソラリスはようやくルルの手首をずっと掴んでいた事を思い出し、済まなそうに手を離した。少しだけルルの手首が仄かに赤くなっており、その変化が彼がどれほどの時と感情を持っていたかを教えてくる。
「悪い、手首大丈夫か?」
「ヘーキヘーキ。アレに比べれば痛くないしぃ?」
クスクスと、嫌な空気を吹き飛ばすように笑うルルにソラリスも苦笑を返す。ルルは手首を軽く回しながら言う。
「ボクもね、ソラが思ってるように怒ってるし、なんか悲しいよ。でもね、ナオたちが言いたいことも分かる」
「あんなに貶されてもか?」
怒りを込めてハッと鼻で笑うソラリスにルルは「だーかーらー」と彼に向き直ると言う。
「ボクたちもナオたちも悪いトコはあったの。お互い様なんだよ!ナオとユーリは言ってなかったけど、ソラにだって悪いトコあったんだよ?」
ルルだって分かっていた。確かに何度も巨大な魔法で二人を吹き飛ばしたり黒焦げにしそうになった。自覚があったからこそ、ナオの言葉は強烈にルルの胸を貫き抉った。弱者は強者を支援していろ、こちらに従え。きっとそうすれば、目に見える衝突は減るかもしれない。だが、そんな傲慢な背中に誰が命を預けたいと思うか。誰が心から信頼を寄せるか。まるで、そう、まるでーー
「怖がってるみたいだった……」
「は?」
「だから、あの二人だけのなにかがあるんでしょ?ボクたちみたいにさぁ」
「だがそれが理由にはならないだろ」
ソラリスが腕を組んで言う。それにルルも「それはもちろん」と頷く。互いが互いに何かあるのは百も承知だ。だからこそのチームだ。自分達だって隠し事をしているし、独断プレイだってしている。ルルは自覚があるが、ソラリスは無意識なのかもしれない。最近になってルルはそう考えるようになっていた。慣れすぎてわからなくなってしまっていたが可能性はある。チームを組んだことで見えてきた無自覚の行為。
「ていうか、オレにも悪いところあったって……」
「わぁ無自覚だぁ……あのね、ソラ、ボクのこと優先的に庇ってるでしょ?多分それ」
ルルの発言にソラリスはゆっくりと空を見上げ、思案する。そんな事あったか……?と考え、よくよく思い出せば確かに……?と思う箇所が何度も出てくる。ルルと二人の時は微塵も違和感を感じてもいなかったし、ソラリスにとっては支援魔法やら攻撃魔法を唱えるよりも先にするべきことだった為、自分の行動を疑ってはいなかった。だが、チームとなれば話は変わる。リーダー、この場合はナオもしくは状況を把握した者の命令よりも私利私欲を優先したと取られても可笑しくはない。自分はない、と何処か思い込んでいたが故に自分の事をよくよく考えたソラリスには堪えたらしく、大きく肩を落とし、いつぞのユーリのように「あ゛ーマジか」と目元を覆った。なんだかんだ似てきてるよね、とルルは思ったが心の内に留めておいた。
「……あいつらからすれば、ルルと一緒に支援魔法一つくらい寄越せってはなるわな……」
「うん、そうだと思う。ていうかね?そんなにボク弱くないよ!?」
「……でもなぁ」
「もぉお!……でも、多分、だからじゃないかなぁ、ボクとソラのこと恋人だって勘違いしたの」
チームを組んで初めての宿泊時。その前にルルが「自分はソラリスの妹さんに似ているらしい」と言う話はしたが、それがなくともナオとユーリの実力を見てもらう際から似て非なる行動はしていたのだろう。男女二人で旅をしていたら恋人同士になったって可笑しくはない。ソラリスの過剰なまでのルルを庇う姿がそのように二人の目に見せていたとしても可笑しくともなんともない。
「オレとお前が?……冗談だろ」
「あのねぇ、だからソラは空気が読めないって言われるんだよ?」
呆れたようにため息をつくルルにソラリスが首を傾げる。そうではなくともそう見えるのだ。チームになった時の優先順位に関わるほどに。
「とにかく……まぁなんだ、離れたら分かるな。どっちもどっちか」
「多分ね〜」
「お前の場合は九割方そっち」
「わかってます〜!ユーリもユーリだけど、ちょっとくらい譲ってもいいじゃん!」
分かっている、分かっているからこその何処にも行けない鬱憤をルルが「うがー!」と吐き出す。たった二人、されど二人時代が長ければ、何度も言うようにすぐに四人組用に順応は出来ない。出来るんだったら最初からやっているし、こんな喧嘩別れにならない。本当に解散になったのか、些か不明な部分はあるが。
「猪突猛進、全員に言えることか。言ったら言ったで上手くいく保証なんてないのにな」
「何処にもね」
ソラリスの言葉を受け継ぎ、ルルが言えば二人は顔を見合わせて笑った。誰も彼もが何かを抱えて、前に進もうとしすぎてしまっていた。互いに噛み合わない歯車は、そのまま進み出すことを良しとしなかった。きっとだからこそ、こんなにも相手が気になるのだろう。例え強い言葉で詰られても、突き放されても。それがあの二人に落ちる影の一部だと、自分達が理解してしまっているが故に。自分達も同じだからと。それ以上にあの時見た二人の強い輝きに目を奪われて、もっと、もっと近くで見たいと、共にいたいと思った。強い光には影が、強い闇には光がいるように、強いその輝きをさらに煌めかせる過去があることに自分達はきっと今の今まで気づいていて気づかぬふりをしていた。二人との歯車を噛み合わせたかっただけなのに。
ーーきっとそれすらも、原因の一つで、嗚呼、チームという存在なのだろう。そう思えば、こんな喧嘩も悪くない。だが、時間は必要だ。
「……兎に角!ソラ!早く城下町行かないと、ボクたち光属性ほぼないよ!」
不安そうに眉を下げてルルが言う。そう、二人は光属性の魔法をあまり持っていない。ダンジョン内ではナオやユーリがおりまた『幻狂華』があった為、それほど困らなかった。二人とチームを組む前も野宿はしていたが、それは手元に対抗策があったからだ。今、手元にその対抗策はない。
ルルが持つ光属性の魔法といえば、回復魔法と多少の攻撃魔法くらいだ。属性違いも含めて多少光属性も含む妖精を召喚する手もあるが、あれは魔力の消費が激しく、あまり容易にはできない。まぁルルの魔力量なら問題ないだろうが、一晩中となれば話は別だ。魔力が枯渇する前に疲労で倒れる。ソラリスの場合は、同じ回復魔法各種と心許ない攻撃魔法だけだ。習得出来るものを環境やらなにやらを理由に習得しなかったのが今になって裏目に出た。後悔先に立たず。
「そうだな。急ぐか」
城下町まではあと少し。駆け足で行けば暗くなる前に城下町へと駆け込めるだろう。おそらく、二人が進んでいるのは旧道。所々整備されていた先程の道と違い、整備がほとんどされておらず、休憩スペースと思わしき、楕円形に伐採されひらけた場所がある。現在二人がいるのはその休憩スペースらしき場所で、ひらけた大体真ん中辺りには小石を円形に並べて作った特設の焚き火場がある。最近は使っていないのだろう、そこに燃えカスや燃料となる木の枝はなかった。例えそれがあったとしても二人が野宿をする理由にはならない。というか、目と鼻の先とも言えるかもしれない城下町が此処からでも分かるのだ、非常時とか火を使いたいという少数の用途にしか使っていなかったのかもしれない。
そんな小石の羅列を一瞥し、ハルバードを持つ手に力をソラリスが込めた。その瞬間だった。森の木々が、揺れた。まるで何かが疾風の如く、駆け抜けたかのようにサァ……サァ……と揺れたのだ。何処か心地いい、それでいて警戒を促す風音に彼は咄嗟に背にルルを庇った。つい先程、ルルに口を酸っぱくするほど指摘されたのに、嗚呼、無意識というかしなくてはいけない防衛本能なんだなとぼんやりと苦笑気味に考える。
「ソラ?」
「なにかいる」
「っ、まさか、まもーー」
魔物。その言葉が、声が、ルルの口から、喉から出ることはなかった。代わりに発されたのは
「ッッ!!ソラッ!」
「っ……」
絶叫するかのようなルルの恐怖の声と、苦痛を我慢する苦し紛れの声。ソラリスの腕に突如として現れた激痛と、ハルバードが地面にカラリと落ちる音、そして、現れた魔物だった。
こっちもこっちで思うとこはあります、そりゃあね、当然。
たいっへん長らくお待たせ致しまして、申し訳ありませんでした…いやー、体調不良やらスランプやら重なってしまいまして、結構間が空いてしまいました。本当に申し訳ありませんでした…皆様も今年は暑いですから体調不良にくれぐれもお気をつけくださいませ。




