第三十一節 黒薔薇と情
大事なら、大切ならば、情がうつる前に断ち切ってしまえば良い。傷つけてしまうならば、変われないならば、どうかどうか、私を見捨てて欲しい。見捨てないで欲しい。離れて欲しい、離れないで欲しい。相反する感情をどうにか抑え込もうとしても、言葉は勝手に声を得て相手へと流れていく。
それがまるであの時を思い出せてナオはハッと鼻で嗤った。自嘲だったのか、言葉を言葉通りに受け取り、目の前の目的地である城下町への道へと消えていく二人の背に向かっての嘲笑だったのか、ナオには分からなかった。どくどくと心臓がうるさい。思わず胸元の服を握れば、先程ソラリスに掴まれた部分が熱かった。
「……本当に、あの時かよ」
ポツリと呟いたナオの声色は彼女が思っているよりも哀愁に溢れていた。信じていた、大好きだった。そんな日々を壊したのは自分であって自分ではない。きっと、ユーリに言わせれば過剰な自己防衛だと笑うのだろうが、今の彼女はそれどころではなかった。
ドゴンッ、と腹の底に響く鈍い音と空気に振動して伝わってくる衝撃波にナオはぐちゃぐちゃと掻き乱された思考を切り替えた。
「ユーリ」
先程の怒号などなかったと言わんばかりの優しい声色を響かせながらナオが音がした方を振り返れば、木の幹の前に立つユーリがいた。その木の幹の中央にはまるで抉ったかのような凹みがあり、数秒の間を置いてバキバキッ!と破裂音を響かせながら亀裂が幹の四方八方へ広がった。そうして、木はものの見事に真ん中から真っ二つとなり、ユーリの前と、幹を挟んで反対側へと分断されてしまった。彼女の表情を見ずともナオにはわかっている。先程の言い争いでユーリの地雷を踏み抜かれた影響だろう、カミサマに無茶振りをされてこの世界へと問答無用で落とされた時と同様に、怒り狂っている。もう一度、声をかけるか、そうナオが腰に手を当て、考えているとユーリが如何にも怒ってます!と言わんばかりの表情で彼女を振り返った。
「もう!失礼しちゃうなー!うちだって、ちゃんと考えてるってーのっ!」
「ユーリ、もう大丈夫なのか?」
「何が?」
ソレ、とナオが真っ二つの木を示せば、ユーリは「嗚呼」とそんなこともあったねと言うような軽い仕草で頷いた。
「にしては長かったぞ?」
「だって!なおみんのこと知らないでああも言われるの嫌だったんだから!」
「うがぁあ」とその時の怒りを思い出したのか、声を発して抑え込むユーリにナオは小さく、「ありがと」と呟くように言う。それを耳に入れたユーリは「いいえ!」と笑顔で答えた。
「……まっ、言ってることは正しいんだけどね」
「だとしてもあれはねぇだろ」
「そーだけど!」
顔をしかめるナオにユーリが言う。ナオの言うようにルルは攻撃魔法に特化しているが故か、ナオやユーリのように猪突猛進に攻撃魔法を放つことが多々あった。それで黒焦げになりかけたのは一度や二度ではない。まぁダンジョン攻略中は巨大な攻撃魔法のせいで洞窟内の気圧やらなにやらに亀裂が入ったりなんだりで、危ないことになると自覚があってセーブしていたのだろう。それにユーリもユーリだろう。魔法に特化しているルルとソラリスがいるにも関わらず、役割分担をめちゃくちゃにしていた。どう考えても前衛のナオとユーリに二人が後方から支援を与えるのが効率が良い。ソラリスに至ってはオールラウンダーとでも言えばいいか、どちらでも行けるが、二人時代だったせいか、支援を勝手にやっていたことは拭いきれない。あとは、我先にと飛び出し、自己犠牲とも言える独断プレイをすることもだったか。これも二人時代の癖だ。言い訳無用だった。
「というか、ソラリスだって勝手な行動してたけどな?俺達のこと言える立場かっての」
不足そうな表情で腕を組み、ナオが言う。問題ーーと言えばいいのかーー行動は少なかったが、ソラリスもソラリスで独断プレイに走ることがあった。彼も同じようにルルと二人っきりの時の習慣が体に染み付いているのだろう、魔物との遭遇時ルルを背に隠す、真っ先にルルへ視線を向けるなど防衛反応があった。攻撃が当たりそうになれば、防御魔法を張るよりも先にルルを背に庇う。まるで兄が妹を危険から守っているかのようだった。仲間思いなのはいいことだが、それで支援やらなにやらが遅れては意味がない。誰にでも言える事だが猪突猛進もあった。つまり、四人共にどっこいどっこいなのだ。二人組と二人組を組み合わせれば、そりゃあ不和やら差異やら支障はある。それらを事前に打ち合わせしていたにも関わらず、いつものように動いた。そうすれば、歯車が噛み合わないのは当然だ。よく此処まで噛み合わない状態でやってこれたなと言わざるを得ない。いや、噛み合ってはいたのだ。ただ、そう、ただ、感情が追いついていなかっただけなのだ。
「ま、仲間は必要なかったってことだろ。これで満足だろ」
重い息を吐き出し、告げるナオにユーリの表情が苦笑気味に歪む。
「俺達の支援にだけ集中していれば良かったんだ」
「でも、なおみん。あれだけが本音じゃないんでしょ?」
弱者は強者に従え。強者であれば裏切られることもない、悲しむこともない。強者であれば、誰にも負けない。
ユーリがナオの顔を覗き込むようにして腰を屈めて言えば、彼女はフッと鼻で嗤った。
「……嗚呼」
ユーリの言う通りだ。きっと心の何処かではそうは思っていない。けれども、過去ーーたった数年前のことなのに昨日のことのように感じるあの出来事のせいでナオは人を信じることが出来ない。本当は心底、人を信じたい。だが、あの時感じた身を裂くほどの哀しみと怒りが信頼に待ったをかける。また、繰り返すの?と。ユーリはあの時を共に乗り越え、ずっと支えてくれた友人だ。親友とも言えるかもしれないが、ナオは恥ずかしくて言えない。そんな彼女のことは信じていられる、同じだったから。嗚呼、でも、あの二人のことをナオはーー
「……なにも知らないってのも、知らせないってのも、ただの言い訳なんだろうな」
「……なおみん」
悲しげなナオにユーリが優しく、なにも言わずに肩を叩く。わかっている、わかっているからこその行動だった。きっと、これは一生に治らないのかもしれない。自分と同じか、それ以上の出会いがなければ。
「なぁああお、みんっ!!」
「から元気に叫ぶなうるせぇ!」
憂鬱な空気を吹き飛ばすかの如く、ユーリが叫べばナオも叫び返す。夕暮れに二人の笑い声が響く。少しだけ吹き飛ばされた空気を味わいながら二人はとりあえず歩き出す。今後はどうなるかわからない。あの二人を追うことも出来るし、追わずに喧嘩別れすることも出来る。だが喧嘩別れをナオもユーリも望まないことを自分達は理解している。だがまぁ……今は進むしかないのだろう。時間を使って、間を置く。それが今は最善な気もした。
「なおみん、どっち行く?」
城下町へと続く整備された道と、森に続いているらしい獣道。もしかすると獣道も城下町へと続いているのかもしれない。いわゆる旧道だった可能性もある。時刻は夕暮れ時、野宿をするつもりがないならば選ぶべき道は一つしかなかった。まぁあの二人がどちらに行ったかを見てはいなかったが、あの二人も野宿をする気などさらさないだろう。目的地は眼の前なのだから。つまり、答えはほぼ一つになっている。
「整備の方に決まってるだろ」
「だよねー!あ、此処、まだ整備途中だ」
城下町へ向かう道を二人は歩く。またユーリの言うように整備が終わっていない箇所もあり、いまだ発展途上であることが伺える。城下町の手前に石橋らしきものがチラリと遠目から木々の間を縫って見えることからそこから先は石畳の道になっているようだ。ダンジョンを抜けた先だからなのか、森を切り開いて作ったからなのか、道がうねっている為、結構距離があると感じてしまうようでもあった。そんな道を二人はいつも通り他愛もない話をしながら歩く。
いつしか、もうあの二人は城下町に入って人混みに紛れてしまったのかもしれない、そう思い始めていたその時、二人の耳に風に乗って声が入った。
こっちの二人は過去のトラウマが関係してああなってしまう。そしてそれを抱えて二人で一緒にやってきたから余計に…みたいな。
少しずつ過去をお出ししていきたいです…




