第二十七節 黒薔薇と思考
仄かに消え減少していく『幻狂華』。一歩手前で枝分かれした道の右を進んだ一行の右側の岩壁にはひときわ大きいサイズの『幻狂華』が咲き誇っており、それが周囲を明るく照らしている。だが、その光を持ってしても奥の奥、繋がっている出口までは照らせない。
「ナオってかっこいいよね!」
「……へ?」
唐突にルルがナオに笑顔で言った。突然のことであったため、ナオは咄嗟の反応が出来ず、危うく転びかけてしまうが間一髪で体勢を立て直す。まぁ洞窟内はきちんと整備されているわけではない為、何度も転びそうになってしまう。実際、先程ユーリとルルが転びかけソラリスとナオに腕を掴まれ岩との衝突を回避していた。
「……んだよ突然」
いや、突然でもないか?「チームに入れて欲しい」と懇願してきた当時からルルはナオを格好良いかわいいと言っていた。憧れているとも。だからって、こんなダンジョンで何故?そんなナオの考えが分かったのだろう、ルルはにっこりと笑って言った。
「えっとねー言っといた方がいいと思って!服も格好良いしさーナオみたいに強くもなりたいなって!あの時も言ったけどこう、突っ込んでいく戦法?って猪突猛進っていうの?でも綺麗っていうか」
「ルルさんルルさん、なおみんが」
ナオの良いところをいつぞやのユーリのようにキラキラと無邪気なままに告げるルルに、ユーリがトントンと肩を叩く。「えっ?」とルルが顔を上げると、それこそ初めて出逢った時のように頬を真っ赤に染めるナオがいた。視線はどこを見れば良いのかわからないと言わんばかりに四方八方に注がれ、落ち着きがなく手元を弄っている。擬音をつけるならば、アワアワ、アワアワしていると言っていいだろう。もう一言褒め言葉でも出れば、洞窟内に駆け出して行ってしまいそうなほどの動きと云うのだろうか、照れがあった。
「かーわいー」
「ルル!」
ホォと頬を乙女のように染めて笑うルルにナオが照れ隠しで叫べば、テヘとルルがまた笑う。照れ隠しで顔を隠すナオにユーリもニコニコと楽しげに笑えば、そんな三人の後ろでは穏やかな表情でソラリスが見守っている。洞窟ーーダンジョンと云う言わばトラップだらけの場所でほんわかと空気が和んでいく。それがなんだか本当のチームのようで、忘れてしまう。此処が異世界で危険で、現実らしからぬ現実であるということを。
「あ゛ー!にゃんこ触りたい!」
「突然どうした」
うがー!と怒りを顕にするように両腕を挙げ、先に進み始めながらユーリが云う。本当に突然ーーナオとルルの会話の時のようだーーだったため、ソラリスが少々呆れを含んだ声色で言う。それにナオは自分もヨルに会いたいなぁと、遠くを見る。あの少年曰く「時間は大丈夫!調整するから!」らしいが、何処まで信じていいものやら。とにかく一発殴る以外には信用していい部分だろうとは思うが。と言うか、おそらくユーリの愛猫ヨルは二人が転移なのか召喚なのかどう表現すべきか不明だが、その現場を目撃している。現在進行形で心配して「ニャーニャー」と鳴いているかもしれない、何処かに行っちゃったと思ってふて寝をしているかもしれない、それともカミサマの言うように調整されているのかもしれない。考えれば考えるだけきりがない。ゴールデンウイーク中はユーリ宅に泊まると連絡しているとは言え、家族も心配だ。……なんだかどんどん悪い方へと考えてしまう。そんなナオをユーリも察したのか、はたまた無意識にユーリもそうで猫の話題を出したのか。彼女が云う。
「かわいいじゃん!」
「わかるけども。犬もいいだろう」
「にゃんこ!」
「あ、確か何処かの街に猫カフェ?てのがあるって聞いたよ」
「それどこー!?」
まさかの情報にユーリがルルの方へグルンッと音を立てながらーー実際、音が立っていたら怖いが立っている気配があったーー振り返るとその肩を強く掴んだ。鬼気迫る、とでも言えばいいのか、迫力のある眼力もとい猫に会いたい欲求にルルが苦笑と驚愕を漏らした。その時、
「〈防御壁・広範囲〉!」
後方からナオの防御魔法が全員を包んだ。多少色の付いた半透明な盾が広範囲に広がる。全員を覆いかぶさるように広がった盾に、思わず出たと言わんばかりのソラリスの困惑の声が包まれる。ユーリがルルの肩を強く掴み、盾の中央へと押し込んだ。その途端、ルルは、見た。アクアマリンの瞳が大きく見開かれる。その美しい碧を侵食するのは真っ赤に燃え盛る紅だった。
「なっ!?」
ドゴンッ!と鈍い音を立てて防御魔法にぶつかった紅にソラリスが驚愕の声をあげる。防御魔法の盾を破らんばかりと勢いよくぶつかった紅はまるで槍のように、空から降り注ぐ雨のように凄まじい速度をもって何度も何度も防御魔法に攻撃を仕掛ける。魔法にいつ亀裂が入っても可笑しくはないほどの攻撃量だった。言われなくとも分かる、敵意を持った魔物だ。洞窟の奥、幾度も繰り返される火属性の向こう側からゆっくりと、まるで「主役は最後にやってくるを表現しています」と言わんばかりにゆっくりとした足取りで魔物がその姿を表す。両手が燃え盛る炎に包まれた二足歩行の人型の魔物だった。炎に包まれた両手以外は水晶のように『幻狂華』の仄かな明かりに反射しキラキラと輝いており、そのおかげで辛うじて人型と判別出来たような状況だった。透明人間に近い魔物か、そう誰もが一瞬思った瞬間、魔物の姿は腕が水晶の如くキラキラと輝くのはそのままに、全身を固まった溶岩に覆われたかのような屈強で禍々しい姿へと変わった。途端に防御魔法へ連続に放たれていた攻撃が止む。どうやら攻撃が止まると姿が現れる仕様らしい。つまり、攻撃時は先程のように見えなくなるということだった。
「魔物?!」
「おいユーリ、一言くらい言え!」
ソラリス同様驚きつつも杖を構えるルルの耳に、未だに防御魔法を展開しつつ、大剣を構え怒鳴るナオの言葉が入る。今、なんて言った?
「は?おい、気づいてたってのか?コイツに?」
「ユーリに聞け。多分でルルを庇うために振り返って背にしただけだぞ」
「なおみんせいかーい!」
「どういうこと?でもありがと!」
パチパチと、刀を持っていなければ拍手をしてしまいそうな声色でユーリが言う。防御魔法がいまだナオによって展開されていることをいいことに、ルルが疑問と感謝を叫べば、ユーリはクスリと悪戯っ子のように笑う。
「勘?」
「勘!?」
驚愕の声が再び響く。だがユーリはお構い無しに続ける。
「んーなんか前の方から暖かい空気あるなぁって、ちょっとだけ、感じて……気の所為ならいいけどほら、ここダンジョンでしょ?魔物とかだったらやだと思って〜」
「それで背を向けた、と」
「うん!なおみんなら、もしなにか来ても意味わかってくれるだろうしぃ」
クスクスと笑うユーリにナオが呆れたように肩を竦め、防御魔法を解く。けれども攻撃が当たってもいいと言わんばかりのユーリの含んだ言葉にルルは、彼女の行動の意味を知ったソラリスも少々顔を顰めた。絶対的信頼と、当たってもいい。矛盾していると思ってしまったのは、何故だ?だからこそルルはユーリの刀を持つ手を両手でぎゅっと握り締めた。
「ユーリ!」
「うん?」
「ちゃんと言う!わかった?!」
幼い弟妹に言い聞かせるように、大丈夫だと安心させるように、言う。何処か力強いルルのアクアマリンの瞳に吸い込まれそうになる。ユーリは暫し無言を貫くと小さく頷き、続いて噛みしめるように大きく頷いた。「よしっ!」と満足げに嬉しそうに笑うルル。そんな二人を見てなんとなくナオは思う。ユーリの勘ーー時には気配を察知する魔法ーーには幾度無く助けられてきた。ナオはユーリの言いたいことが行動で分かったが、他人から見れば自己犠牲にも見えるのだろう。それはきっと、ユーリの嘘笑い。その意味を、理由をナオは知っているからこそ、笑みを浮かべる。
と、トンと背中を叩かれた。目の前にいるユーリとルルが出来ると思えないので、ソラリスしかいない。隣を振り返れば、「まぁ、なんだ」と歯切れ悪くハルバードを構えつつ言う。
「お前も言え」
「……」
パチクリ、そんな表現が合う。彼の言葉にナオはクックックと喉で笑い、大剣を構える。
「俺に勝ってから言えよな!」
「ったく、よぉ」
今度はソラリスが笑った。姿を現した魔物を見据え全員が武器を構える。魔法を使う、おそらく火属性が得意と見た。狭くも薄暗いダンジョン内で、さあ、戦闘だ。
「やっちゃうぞー!えいえいおー!」
「おー!」




