第二十五節 黒薔薇と秘密の夜
真っ黒なキャンパスに、色とりどりの明かりが浮かんでいる。美しい黄金の光のランプと化した満月とランプの縁を飾る無数の星々。その下に広がる暖かくも多くの明かり。朝方まで酒を楽しもうと叫ぶ声、天高く掲げられる大道芸人の剣、多くの笑みと食欲を誘う看板娘達の掛け声と歌声、今日の出来事を声高に叫ぶ子供、そしてそんな声達を少し遠いところから聞きながら、声を音楽に眠りにつく者達。そこに広がるのは夜の夢。色とりどりの、多くの人々の日常を映す明かり。その明かりは強くも美しい生命の光だ。
いつまでもいつまでも賑わう夜の街をナオは何処かのんびりと、何処か他人事のように窓越しから眺めていた。羨ましい、そう心の何処かで思ってしまうのは、ナオとユーリがこの世界の住人ではないからだろうか。何処か、一枚壁を挟んだ者達だからだろうか。それともーー
「なーおみん」
ゆっくりと、いつものハイテンションはどこへやら、と言うように少しだけ眠気を孕んだユーリの声にナオは振り返った。風呂上がりで下ろしていた髪を簡単にポニーテールにしナオが「なんだ」と首を傾げる。するとユーリはナオのいるベッドに「よいしょ」と呟きながら座った。昼間はお団子にしてるユーリの髪も風呂上がりのため、肩にかかるように下ろされている。
亜種と出会ったあと、四人は、というよりかは、もうなにがなんでも今日はこれ以上亜種に出会いたくないという疲労感が彼らを新たな街へと導いた。疲労感と達成感を体いっぱいに詰めて、彼らはギルド紹介所兼宿屋に辿り着いた。そうして今二人が泊まっている四人部屋で休息となった。流れるように四人部屋をナオが取った、うん。四人部屋、ということはルルとソラリスも同じ部屋なのだが当の彼らは夕食後に用事があるとかなんとかで、別行動中だ。まぁ寝る時刻ーー時計がないので正確な時間まではわからないがおそらく街が寝始める時間帯ーーまでには戻って来るだろう。ナオとユーリは初めて来る街だがルルとソラリスにとっては二回目かもしれない。全て知っていて信頼している、というわけではない。元々別々のチームがーールルとソラリスはチームというのか微妙だがーー一緒になったのだ、まだまだ完璧とは言えない。亜種の魔物の際は、出来上がったばかりのチームとしては及第点と言えよう。
閑話休題といこう。
そんなこんな、就寝前の僅かなひとときにナオが使用する予定のベッドに座ってきたユーリである。
「今日は疲れたねー」
「だな」
暗に亜種のことを言っているのだろうということは、ナオにもわかった。『魔族』が原因か、それとも『カミサマ』か。ゲームにはない要素だ。やはり似ているだけなのだとナオはもう一度自身に刻み込む。
「でさ、ちょーっとうち、調べたの!」
「なにを?」
「亜種!」
主語を言え主語を。ナオがそうユーリに視線で言えば、ユーリは「テヘ」と首を傾げる。
「宿の人とか、同じ冒険者の人に亜種について聞いたんだー」
「……は?いつの間に?そんな時間あったか?」
宿屋に来てからユーリはほとんどナオと共に過ごしている。別行動中の二人は別として、ユーリと一緒にいなかった時間はそれこそそれぞれが風呂に入っている時間くらいだがまさか……?
「うんとねーなおみんがお風呂入ってる間!」
ナオが部屋に備え付けられた風呂に入っていた時間はおおよそ四十分。その短い間に宿泊中の三階から食堂になっている二階、受付カウンターのある一階にいる人々に聞き込みをし、情報を集めたということだろう。何人に聞いたかまでは不明だがなんというか、行動力の塊というか。イリヴァの街の地下の時もそうだがユーリは本当に観察力が高い。まぁ自らが気になる、という条件がつくが。だからこそ亜種の事実にも気づいたのだろう。ユーリの行動力に少しだけ目を丸くするナオにユーリはすごいでしょ?と言わんばかりに、褒めてと尻尾を振る犬のようにニコニコと笑う。
「すげぇな」
「ありがと!」
「それで、ユーリの見解は?どうなんだ?」
片膝を立て、頬杖をつきながら意地悪そうに言うナオにユーリは先程までの親しみ深い笑みを潜め、真剣な表情で返す。
「うん。ルルとソラリスが言ってたみたいに亜種は教会の放火が始まった辺りから徐々に増え始めたんだって。最初は冒険者が依頼の報告でチラッと変なのいたって零す程度にしかいなかったんだけど、教会が襲撃された放火されたって言う噂とか話が広まるにつれて、冒険者や他の人達にも目撃されたり攻撃するようになったんだって」
「じゃあ、ほぼカミサマ関連ってことか」
「まぁ他の人達が見なかっただけでいたって可能性もあるけど、こんなタイミングよく出て来たら、事情知ってる人はそう思うよねーあ、でね」
ナオの方へ身を乗り出し、ユーリが言う。
「教会の襲撃は二年前から始まったんだって。で、二年前から魔物の動きが活発化したように見え始めた。うち的には多分、それはあの青年が『魔族』と接触した証拠で、『魔王』が表立って動き出したってこと。それまで動かなかったのは世界の摂理、普通だと思ってたんだろうね~でも、悪意と敵意が多すぎた。んで、その青年の過去を考えるにカミサマが心を捨てたのはそれ以前。まぁカミサマとうちらの時間の流れが違うっていうのを前提にした上でだけどーっていうかそうしないと色々おかし」
「ユーリ」
「うん?」
「落ち着け」
どうやら考察が白熱し、ユーリお得意のマシンガントークになっていたようだ。さすがに自分もゆっくりと考える必要性のある話題だったゆえにナオがストップをかけたが、もしナオが止まれをかけなかった場合、何処までもマシンガントークを繰り広げることだろう。ユーリが「ごめんね!」と謝罪し、ナオが大丈夫と手を振って続きを促す。
「何処まで言ったっけ?」
「カミサマが心を捨てたのがいつかってとこ、だったか?そこは多く見積もっても何百年単位だろ?」
「あ、それ百年だよ」
何故か断言するユーリにナオが驚愕の表情を浮かべる。問いかける代わりに首を傾げたナオにユーリはにっこりと意味深長な笑みを浮かべただけだった。なにかユーリにしかわからない、もしくは説明しづらい理由があるのだろう。その笑みがかつてのユーリを思い出させ、ナオは思わず口を閉ざしてしまった。
「まあそこは置いといて!」
「……置いとくのか」
「うん!今は亜種だからね!」
ユーリの言葉にナオはそれもそうかと無理矢理納得すると、ユーリが続ける。
「亜種は教会とほぼ同時期出現で、同時に『魔族』が動き出した。んでここがポイント!亜種は崩壊した教会近くによく出現する」
「それって……」
「うん!原因は教会、うちらが知ってる事実を組み合わせればカミサマの心が主な理由とも言える!」
「でも、それだけじゃあ原因がカミだってことにはならねぇんじゃないか?」
「大本の原因はカミサマ」
笑っていない笑みで言われてしまえば、ご尤もとしか言えない。段々、問答無用で落とされた怒りやらなんやらを思い出してしまい、ナオは我知らずのうちに拳を握りしめていた。ベッドにこの拳を叩きつけたい、やらないけれども。
「んーまぁ、うちらが前提の情報を知ってるから答えが導き出されただけで知らない人からすれば、なんのこっちゃ……『魔族』の仕業にしか見えないもんね」
「まぁなぁ」
「あ!亜種についてはまだ仮説だけどあってね!」
聞いて聞いて!と笑うユーリに、ナオはしょうがないなぁと小さく笑みを浮かべる。
「さっき崩壊した教会付近に亜種が出るって言ったじゃん?」
「言ったな」
そもそも本日遭遇した亜種はユーリの情報通り、放火された教会の近くだ。近くと言っても振り返ればかつて見えていたと思われるような微妙な距離だ。ギリギリ教会の頂きの十字架が見えるか否やくらいの距離。そこを近いと取るかはおそらく人による。
「前は亜種なんていなかった。『魔族』が教会を破壊し始めて現れた。うちはね、亜種は『魔族』とカミサマ側がこの世界でぶつかった時に生まれるモノだと思うんだ」
「ふぅん?つまりユーリは、『魔族』とカミサマがぶつかったからこその異変だと言いたいわけか」
両者が教会という、目的のものがある場所を認めなければ亜種は生まれなかった。カミサマが教会に心を捨てず世界に不和をもたらさなければ、『魔王』が怒りを露わにすることもなかった。堂々巡りだ。世界は否応なく廻る。
「まぁなんで今『魔王』が動いたかってのも疑問だし、わかんないことだらけだよ?あの『カミサマ』の意図もわかんないもん。過干渉しないってのはうちらの想像の神様であって、膨大な力を持つからこそそう思いたいだけの妄想なのかも。実際は……って。でもね、これだけは言える……亜種は敵意の塊ってことはね」
「おい、ユーリ?」
何処か遠くを見るような、意識だけが遠くへ行ってしまったかのような、どう表現すべきか分からない複雑な表情を浮かべ瞳を伏せたユーリにナオが思わず声を掛ける。大丈夫か?という意味を込めて肩に手を置けば、ユーリは先程の杞憂が嘘のように満面の笑みを浮かべた。嗚呼、いつものユーリだ。
「まぁ、うちの考察はこんな感じでーす!参考までにどーぞ!」
「嗚呼、ありがとう」
笑顔で言うユーリにナオは小さく微笑んだ。そうして二人は我知らず、小さく笑い合う。大丈夫、大丈夫だとお互いを励まし合う。だって私達は秘密を抱えた相棒だから。
そして、夜は明けていく。
少しずつ明らかにしていくつもりですが、難しいですね……




