第二節 うたごえ
ーーユラヴィス歴****年
色を奪われたステンドグラスから太陽の光が差し込んでくる。所々割れ、老朽化と長年されなかった手入れにより美しき祈りを失ったステンドグラスを包むのは、同じように古びた教会だった。窓ガラスは割れ、木製の椅子は虫が食って朽ち果てている。そんな教会を見守るは頭部が半分に割れた石像だ。胸元で両手を組み、神へと祈りを捧げる姿はかつて天使のようだと讃えられたのだろう。その面影は何処にも残っていないが。辛うじて残っているのは波のように揺らめくドレス部分だろうか。
古びた教会に小さな小さな足音が響く。音楽を奏でるようにトントン、パタパタと二人分の足音が響き渡る。二人分の足音はとある場所でパタリと音を止める。そのとある場所ーー崩れ落ちた長椅子に出来た空洞内を一人の子供が覗き込む。めいいっぱい腕を伸ばし、空洞内の物を取り出す。空洞内に入っていたのは木製の小箱。華美な装飾など一切なく、ただモノを入れる為だけに存在しているような小箱だ。その小箱を子供がゆっくりと開ける。中身には綺麗に磨かれた小石と、古び欠けた十字架、そしてーー
「おねえちゃん、なにかはいってるよ」
「わぁ、ほんとだね!なんだろぉ?」
ーー見慣れぬ楽譜。楽譜を見つけた子供はお姉ちゃんと呼んだもう一人の子供、女の子を振り返りながら楽譜を渡した。それを受け取った女の子は不思議そうに楽譜を眺める。
「ん〜〜……」
「……おねえちゃん?」
「わかったぁ!」
楽譜に穴が開くほど凝視していた女の子は突然叫ぶと、子供をーー男の子を振り返った。
「これはきっと、カミサマからのおてがみよ」
「おてがみ?でも……」
「うん、そうだよ。おうたのおてがみ!」
女の子の満面の笑みに男の子は一瞬、見惚れたように頬を赤く染める、が女の子に気づかれないようにとサッと視線を『おうたのおてがみ』に移した。
「じゃあ……カミサマはいるんだ!」
「うん!きっと、そうね!」
片手をギュッと可愛らしく握り合い、二人が笑う。実はこの小箱は二人の宝箱だ。その宝箱を『神様がいる』と教えられた場所に一日置いておけば、カミサマからなにか返事が来るのではないか。子供の些細な願い事と大事なモノを披露すれば、きっと。そんな子供の戯れではあったが、カミサマは答えてくれた。子供達には悪いが、もしかすると二人の話を聞いていた大人の可能性もある。しかし、二人はカミサマだと信じていた。
「カミサマからのおくりものだ!」
「そうね!あ、そうだ、カミサマにこのおうたをくれたおれいをしないと!このおうたをうたおう!」
「さすがおねえちゃん!」
二人は顔を近づけて楽しそうに笑う。すると女の子が楽譜の歌詞とリズムに乗って歌い出した。綺麗な、透き通る美しい声が教会に響く。賛美歌のような、鎮魂歌のような、なんとも言えぬ美しい歌声に男の子は、慣れているにも関わらず、思わず聞き入ってしまう。だがハッと我に返ると自身も歌い出す。女の子とは違い、少々音が外れているような気もするが、それでも歌声は力強く懸命に感謝を伝えようと響き渡っている。二つの、美しくも愛らしく幼い歌声が教会に響く。
一通り歌い終えると女の子曰く『カミサマからのおうたのおてがみ』はスゥ……と音も立てずに消えてしまった。まるで初めからそこに存在などしていなかったと言わんばかりに。二人は驚いたように再び顔を見合わせると、何かが面白かったのか楽しそうに声をあげて笑った。そうして二人は手を恋人同士のように、しっかりと離さぬように握り、壊れたステンドグラスと石像を振り返った。女の子の反対側の手には小箱が握られている。
「わたしね、よるはキライなの」
ステンドグラスか、それとも石像か、それとも両方か、女の子が前方を険しい眼差しで睨みつけながら云う。それに気づかず、男の子は「えー?」と唐突に言われた内容に不思議そうな声を上げる。
「えーなんでー?ぼくはよる、スキだよ?イヤなことかくしてくれるもん!」
なんで?なんで?と問う男の子を振り返りながら、女の子は「だって……」と小声で言いかけたあと、その言葉を飲み込み告げる。
「わたしはよるよりひるがスキ!とってもあかるいきもちになれるから!」
満面の笑み、とまではいかないが何処か曇った笑みに男の子は力なく小さく頷いた。それが女の子には納得していないと見えたのか、女の子は「だって!ひるは、あさとにかい、ごはんがあるし、たーくさんあそべるし」と男の子に昼の良さを熱弁する。最初は姉の気迫に押されていた男の子だったが次第にその目は宝石のようにキラキラと輝き、しまいには姉である女の子がガッツポーズをしたのを真似てガッツポーズをした。これにて男の子は納得した!と言わんばかりにえっへんと胸を張る女の子に、男の子は楽しげに笑い出す。そうして二人は楽しげに笑いながらステンドグラスを背に歩き出した。そろそろ、お昼ご飯の時間だ。早く戻らないとお母さんとお父さんを心配させてしまう。二人は先程もらった『カミサマからのおうたのおてがみ』を楽しげに口遊みながら歩く。ステンドグラスと壊れた石像がそんな二人を優しく見つめていた。
女の子が持つ小箱の中の十字架。その十字架は欠けており古びているが、ヒビ割れた木面の隙間から入り込む日差しによって美しく輝いていた。誰かの命のように、誰かの心のように。十字架の中央に刻まれた四葉のクローバーが小さく輝いていた。
とある二人の幼い感じが出ているといいなぁ……かつての幸福の思い出。