第十八節 黒薔薇と模擬戦
イリヴァの街唯一のギルド紹介所兼宿屋酒場『白銀の星』。その地下一階へと続く螺旋階段。等間隔に煉瓦造りの壁にランタンが取り付けられ、仄かに足元を照らしている。
「よく知ってたなユーリ」
ランタンを見上げ螺旋階段を降りながらナオが、自らの前をトンットンッとリズミカルに先程の少女と共に降りるユーリに言う。するとユーリはにっこりと笑った。
「えへへ〜暇な時とかに探検してたんだ!」
さすが、というか、なんというか。ユーリは考察好きな部分がある。と言っても、自分が気になる範囲内で、とつくが。その為、最初の少年ーーカミサマの説明も少々時間はかかったが、それなりに理解出来たのだろう。ナオも暇な時間を見つけては、少しずつ建物内を見てはいたものの、地下は盲点だった。まぁ、受付嬢に聞かなければならないことが一つと、地上一階の一箇所にだけ不自然に垂れたとあるランタンとリボンの存在を気に止めなければ、意味がないようではあるが。ユーリはその二つを見事クリアしたようだ。ナオも不自然に垂れたランタンとリボンには気づいていたが装飾もしくはなにかの目印だろうと気にも留めていなかった。まぁ、今から行く地下一階と似たような施設があったが故に気にも留めなかったのかもしれないが。ともあれ、少数しか見つけられないであろうこの場所を見つけたユーリにナオが小さく笑えば、彼女も嬉しそうに笑った。
今、ナオとユーリは『白銀の星』の地下一階、とある場所へと「パーティにいれてほしい」と懇願する二人と共にやって来ていた。二人の実力を見る為にユーリが提案したのは「模擬戦」。
「今から行くところって、地上一階となにが違うの?ユーリちゃん」
「ユーリでいいよー!ルルちゃん!」
「ボクもルルでいいよー!」
キャッキャッと笑い合うユーリと少女ことルル。
少女、ルルはラベンダー色のウェーブがかかったショートヘアーに、キラキラとまるで宝石のように輝くアクアマンの瞳をしている。両耳には桃色の羽根を模したイヤリングが揺れ動く。服は薄紫や、薄桃色、桃色を基調としており、首回りや二の腕辺りから広がる袖口は可愛らしいフリルに覆われている。ベストのようになった服の、腰回りからはこれまた可愛らしくふんわりとドレスのように重なったスカートが垂れ、足が当たる部分のみーー前方にのみ大きく切り取られている。そこから見えるのは桃色のハーフパンツに茶色のブーツだ。手元まで覆われたフリルの袖口からは時折、ルルが持っている杖が見え隠れしている。ルルの背丈の半分ほどの杖で、全体的に夜を思わせる色をし切っ先にはラピスラズリが崇められるように鎮座している。
楽しげに笑い合うユーリとルルが階段を降りきり、壁の向こう側に「早く行ってみよー!」「待ってー!」と消えていくのを横目に、ナオは自分の一歩前を歩くもう一人の人物を見る。
「なに」
「いや、なにも」
ナオの視線に気づいたのか、低い声が反響する。人物ーー男性の、自分と同じように警戒する目にナオは少しだけ固い声で返した。
ルルと共に来た男性の名はソラリス。赤紫色のセミロングを首根っこあたりで結び、黒曜石のような瞳には知的さが宿っている。濃い紫色のタートルネックに同じく薄い紫を使ったアラビアンな服を着ている。下履きはズボンとなっており、ヒラリヒラリとスリットになった裾が揺れる。長足袋に、鼻輪のついたサンダル。イヤリング、髪留め、腰回りのベルトには黄色で同じ素材を使っているのだろう編み込みになったアクセサリーを使用している。手元まで覆われたーーまるでユーリの手元のように当てがされているーー右手にはハルバードが握られている。戦斧と槍を組み合わせた武器だ。刃の部分と柄、持ち手には銀色の装飾が施されーー文字のようにも見える為おそらく、無詠唱で魔法を使用する為の詠唱呪文だーー美しく輝いている。
ナオもユーリもソラリスをルルと同じ魔法職だと思っていた。だが、二人が着ていた真っ黒な、闇夜を思わせるローブから出てきた武器と体格を見る限り、魔法以外も取得していると思われた。なんというか、ユーリの観察力と言えば良いのか、計り知れない。まぁ違う部分もありそうだが。
「わぁ!これかー!」
「なおみんなおみん!早く来てみて!」
ルルとユーリの興奮冷め上がらない声にナオは二人が消えた壁の向こう側へと歩を進める。そして現れたのは、地下闘技場。いや、観覧席がなく、明確な線引きがされているわけではないが確かにそこには戦いを行った形跡がちらほらとあった。抉れた壁や土で出来た地上のような地面、崩れ落ちたランタン。そして、ユーリとルルの目の前の壁ーー二人と同じ高さに浮遊する赤紫色をした魔法陣。その魔法陣こそが地上とは違い、隠されている所以であることは考えるまでもなかった。
「ねぇソラ、これって召喚魔法の陣だよね?」
「嗚呼」
顔だけを振り返り問いかけるルルに、ゆっくりとナオの隣に来たソラリスが言う。確かに赤紫色の魔法陣は召喚魔法に使うものの一種だ。ナオもユーリも召喚魔法を取得していないため実際には触れたことはないが、似たようなはゲームでみたことがある。
「んで、ユーリ。何が地上一階と違うんだ?」
「うん、なおみんも見たと思うけど、地上一階の訓練場は人同士。此処は人と魔物」
故に地下に作られたもう一つの訓練場であり闘技場。魔法ではあるものの魔物に似て非なるものを呼び出す。それは、地上では決して出来ないであろう大技をも想定していることに他ならない。またこの街は直近で魔物に襲われたばかり。そんな中、「実力を試したいから」と云う理由で召喚するのは憚れる。
「あ、ちゃんと受付のお姉さんに許可もらったよ!」
「……ん?えっ?あ、あの〜」
えっへん!と胸を張るユーリにルルが戸惑ったように手を挙げた。ユーリが「なに?」と振り返れば、ルルは杖を両手でぎゅっと握りしめながら問う。
「模擬戦って……ボクとキミたちじゃないの?」
ルルの問いにユーリはキョトン、としたあとナオと顔を見合わせる。ナオがさも言ってやれと言わんばかりに顎をクイッと動かせば、ユーリが言う。
「うちらと、っては、言ってないよ?実力を見たいなら、戦って見せてもらった方が早いでしょ?まぁ、戦うって手もあるけど、遠距離とじゃあ、大会みたくなっちゃうし」
ね?と首を傾げていうユーリにルルもソラリスも「あ〜……」と何処か納得の声を漏らす。確かに魔法は遠距離攻撃が主であり、尚且つ使用者によっては近接も対応が可能だ。なら魔法使用不可にしてしまえば、武術大会と同じ。どのくらいの実力かを見たいからこそ、制限しては駄目なのだ。最もソラリスが魔法職であろうと言う考えが前提にあったので、変更の可能性もあるが。
「そっちのソラリスが近接も出来るとは思ってなかったからな。なんなら俺達との模擬戦にしても」
「いや、それでお前達がオレ達を確かめられるってんなら、従う。な、ルル」
「う、うんっ!ポジティブに考えれば、魔物相手に思いっきりアピールしても良いってことだもんね!」
ナオの言葉を遮りソラリスが言えば、ルルもやる気満々で言う。その様子になにか過去にあったのか、ソラリスが額に手をやり「やり過ぎるなよ……」と項垂れていた。二人の力強い言葉にナオは心の隅でいいなと感慨深く思いつつ、ユーリを振り返った。彼女の視線にユーリは「はいよ!」と敬礼を混じえつつ、魔法陣に近づく。
「じゃあ、うちとなおみんは観戦でオーケーだね!二人共、準備はいいー?!」
指先を魔法陣に添えてユーリが言えば、ルルとソラリスが武器を構え、ナオが邪魔にならないようユーリの隣の壁へと移動する。何処かの教官とでも言うように真剣に、それでいて値踏みをするように両腕を組む。全員の準備が出来たのを確認し、ユーリはうんうん!と頷き、魔法陣に指先を滑らせた。途端、床ーー地面と言ってもいいのだろうかーーに召喚魔法の陣が赤紫色の光を伴って刻まれる。そしてその魔法陣から出現したのは二足歩行の魔物。下半身は獣のように毛深く爪は刃物の如く。上半身は二本の腕があるものの人型にはほど遠く、首がない人型であり所々が朽ち果ててた。朽ち果てている箇所を突けば容易に朽ち落ちそうな体を持った魔物のようなモノ。召喚魔法でも下位に位置するものだ。ちなみに上位は人型を保っていたり神聖な雰囲気を纏っていたりと、差異がはっきりしている。最上級になると聖霊になったりする。閑話休題。
「レベル的にはそこそこ……んーこの間の魔物のちょっと下くらい!」
「適当な説明!」
ユーリの言葉にルルが笑いつつ叫ぶ。それを受けソラリスがクスリと笑う。ユーリもクスリと笑いながらナオの隣で壁に寄りかかる。そして、ルルとソラリスが歪な魔物もどきーー魔物と対峙する。
「さあ、見せてくれよ」
ルルとソラリスの実力を。
模擬戦開始です!




