第十六節 黒薔薇と風花雪月
格好いい!
魔物と対峙して、詠唱中じゃなかったら大声で叫んでいた。だって、本当に格好いいんだもん!ヒラヒラと揺れるマントがまるであの子の心情を表しているようで。力強く握った大剣があの子の力強さと、その反対を示しているようで。凛々しいなぁ格好いいなぁ……あんな風になれたらなぁ。そんなことを言ったら彼は笑うかな?それとも、喜んでくれるかな?あの時言った、ワガママ。きっときっと、彼は受け入れてくれる。嗚呼、でも、大事なのはあの子達の意志だよね。嗚呼!さっさと魔物を倒さなくちゃ!
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眼の前で火花が爆ぜる。顔にヒリヒリとした熱さを感じながら、ナオは片足を地面につけた状態で顔を上げた。翼を大きく広げ、杖をこちらに向けた魔物がいやらしく口角を上げて笑っていた。上空に浮遊しつつの遠距離攻撃。そうすればナオが攻撃出来ず、防御一択になると思ったのだろう。ナオも多少は魔物の考えというか、そうくるだろうなという想像はしていた。だからこそとでも言おうか、接近戦に必ずなる自分の魔法相手にとってはとてもいい。ナオはフッと小さく笑うと、魔物が次なる魔法を放とうとしているのを視界の片隅に捉える。魔法は魔物であっても無詠唱では発動しない。無詠唱でできる者がいるならば、それこそ少年の云う『魔王』くらいだろう。身の丈の杖の切っ先の水晶が仄かに赤く光る。つまり。ガッとナオは地面に突き刺さっていた大剣を勢いよく抜き放つと片膝をついた状態から勢いよく跳躍。魔法を詠唱中の魔物に向かって大剣を空中で振り回した。詠唱に夢中になっていたであろう魔物の胴体に大きな裂傷が刻まれ、続いてナオはその腹に蹴りを放つ。勢いよく落下する魔物。だが、地面に激突する、という直前で翼を広げ回避すると浮遊時間がすぎ落下を開始するナオに向かって火属性の魔法を放つ。
「わかりきってんだよ!〈春嵐六花〉!」
大剣を上段から振り下ろすように動かせば、春と冬を彩るナオのオリジナルスキルが真正面から魔物の魔法とぶつかる。春と冬の嵐ーー花びらと冬を纏った嵐は火属性の魔法、火の球体を飲み込むと同時に二つの力は相殺されたのか、爆風と共に消滅。ナオはその衝撃波を利用して魔物と距離を取り着地。と次の瞬間、ナオと魔物を遮る白煙を切り裂くように雷が放たれた。間一髪、体を捻り雷の一撃をかわすと、ナオは徐々に晴れつつある白煙を睨んだ。ナオのオリジナルスキルの一つ、〈春嵐六花〉は氷ーー水属性に分類される。対して魔物が使用するのは火属性と、おそらく雷ならば風属性。この世界がゲームと同じような属性構成であるならば、魔法はおおまかに火・水・地・風、そして光と闇に分類される。雷は前述の通り、天気を司る風属性に入る。自然となると地属性になる。だが、変化しているという可能性を考えれば、あまり魔法を覚えていないナオにとっては魔法で対抗するのは悪手だ。
はぁ、とナオは重い息を吐く。『力で制す』、それはなにも物理だけでも魔法だけでもない。と、その時、白煙を切り裂き、炎を模した槍と雷を纏った剣が出現する。ナオは大剣を構え、槍を叩き落とし、足で踏みつける。不安定な足場のままその場で一回転し剣を靴の底で蹴り上げ魔物に「返品だ!」と送り返す。ビリッと足に電撃が走ったが、歩けなくなるほどではない。切り裂かれ晴れた白煙の向こう側で魔法を送り返された魔物が剣を食らい、体をくの字に曲げていた。
「殺るとしたら翼だな……」
ポツリと呟き、ナオは滑るように魔物に接近し大剣をその翼に向けて振り上げる。だが魔物も分かっているのだろう、後方へステップを踏みながら後退する。ナオもそれを追うように大剣を振り回す。と魔物が魔法を放つ。交わしきれず、右頬に紅い一線が出来る。火属性の魔法だったようで出来た一線が火傷を負ったかのようにジリジリと痛い。思わず拭いたくなった衝動を打ち消す如く大剣に力を込め、思いっきり魔物に衝撃波と共にぶつける。後方によろめいた魔物に一気に迫り、大剣を振り回す。紙一重で翼への攻撃をかわされてしまう。が、片腕を魔物の翼に向かって伸ばし叫ぶ。
「〈防御壁〉!」
そうしてパチンッと指を鳴らせば、その音を合図に魔物の翼を貫通するような形で多少色の付いた半透明な盾が現れる。本来、防御として使われる魔法を妨害と云う攻撃にしたのだ。この魔法は使用者の目が届くところーー半径二メートル単位ではあるがーーに魔法の防御壁を出現させ、攻撃を防ぐ。つまり、上空から振り下ろすようにすれば攻撃にもなる。ゲームではそんなに上手く行かないがこちらでは上手く行った。翼をもがれるような痛みに悲鳴をあげる魔物にナオは大剣を再び振り回せば、固定されたとも言える魔物の片翼が切断され、地面に落ちる。これで空に逃亡はできまい。ニヤリと笑ったナオに対し、魔物はまるで人間のように顔を歪め、杖を振りナオと距離を取る。来る、そうナオが思ったのが先か、魔物が先か。後方にステップを踏んだナオに火の魔法が放たれる。背後に仰け反るようにしてかわし、そのまま一回転。地面に手をつき、体勢を立て直しつつ前方を睨む。先程までナオがいた地面は黒く焦げ、少しだけ湯気のようなものが漂っていた。最初より威力が上がったと見るべきか否や。ナオは少しだけ首を傾げるように考えるとすぐさま焦げた地面を迂回して魔物に向かって駆ける。魔物は向かってきた彼女に向かって再び杖を振りかざす。が、片翼を失った今、空への逃避行は出来ない、地上戦だ。魔法を放たれる前にナオは魔物の死角に移動し、死角から大きく大剣を振り下ろした。
「っくしゅっ」
何故か、なんで今?と思うくらいに自然にくしゃみが出た。多分、ユーリだろう、そんな気がする。くしゃみの音に魔物が気付き、大剣を杖で防ぐ。内心「くそっ」と悪態をつきながら、ナオは大剣の軌道を杖で変え、ギギギッ!と甲高い音と火花を散らせながら大剣を振り下ろし、そのまま勢いよく振り上げ杖を弾く。そして懐に一気に潜り込むと大剣を突き刺した。だが、簡単にこれでは終わらないだろうとナオはわかっていた。事実、突き刺した大剣の切っ先は狙った魔物の左胸から大きくズレていた。つまり、左胸になにか防御をいれているか、弱点は別か。ユーリから貰った〈攻撃力上昇〉でも足りないのか。いや、ナオは違うと考える。おそらく弱点は左胸だ。その証拠に魔物の動きが鈍った。魔法全てを弱点へ向けようと杖を振り上げたのがナオの視界の隅に入る。それこそが証拠だ。ナオを無視して防御へ走る。
「俺を誰だと思ってんだよ」
攻撃と防御に全てを回した『聖騎士』。幾度も防御を破壊して来た。ならば、今回も破壊しないわけにはいかない。もしこんなことを思っていることをユーリが知ったら「だからなおみんは!」とプンスコと怒るかもしれない。そんなことを数秒のうちに考え、ナオはクスリと小さく微笑む。と、片足を後方に引き、少しだけ魔物と距離を取る。魔物の持つ杖が仄かに光を帯びる。魔物の使う魔法を考えれば、使うのは火属性か風属性。ナオのスキル〈春嵐六花〉は春と冬、二つの属性持ちであり、全体攻撃でもあるため、発動中に敵が弱点属性を放たなければ効果が全体に及ぶ。それを鑑みれば、魔物が自身にかけるのは、風属性の可能性が高い。火属性ならば、スキルの威力次第で凍りつく。案の定、ナオの想像通り、仄かな緑色を帯びる杖の先についた球体。しかし、
「〈聖騎士の誇り高き意志〉」
力を溜めるように構えた大剣に仄かな光が纏う。その光は絡みつく龍のようにも、凛々しくも輝かしい剣にも見える。体に沸き立つ別の力。ナオは詠唱中の魔物の左胸を睨みつける。そして
「はぁあっ!!」
凛々しい光を称え、持っている力全てを溜めに溜め込んだ大剣を勢いよく薙ぎ払った。狙うは左胸。魔物が突然のナオの攻撃に一瞬詠唱をやめてしまう。その一瞬の隙をつき、ナオはあらん限りの力を込める。攻撃が衝撃波となって魔物に襲い掛かり、防御できぬ間に左胸を含む胴体を横に切り裂いた。何処か重い一撃を柄を通して感じ、ナオは顔を少しだけ顰めた。振り回した余波で魔物の切断された上半身とが吹き飛ばされ、ついでとばかりに回し蹴りを離し下半身と完全に分断。トドメとばかりに杖も大剣を振り上げて切断し吹き飛ばせば、ドォと鈍い音を立てて、魔物だったものが地面に落ちた。切断された胴体が再び動き出さないことを確認する。とその時、同じように終わったのだろうユーリの声がした。
「嗚呼、ユーリ」
手を振りながらやってくるユーリをナオは小さな笑みを共に迎えた。
こちらも同じく、ナオの戦いを見ていた誰かさん。




