第十五節 黒薔薇と疾風迅雷
踊っているようだと、思った。いや、本当に踊っていたのかもしれない。踊るようなその動きに魅入られて、そうして目を奪われる。キラキラと輝いて見える、そう言っていたは彼女だったか、それとも彼だったか。戦場の中で、脳の片隅に浮かんだ、いつだったか自分が嘲笑っていた言葉が鮮明になる。嗚呼、もう彼を馬鹿にできないな。フッと鼻で笑い、眼の前の魔物に向き直る。けれども、その言葉の意味を理解するのはあとにしよう。今は、眼の前の魔物を片付けよう。
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四本の、不気味な腕を持った魔物がユーリに向かって一斉に武器を振り回す。それらをまるでワルツを踊るように右へ左へと揺れ動いてかわし、首を傾げるようにしてかわしていく。それに合わせて魔物も右へ左へと身体と短剣を動かし、ユーリを執拗に追いかける。キラリと、日光と周囲の殺気を受けて魔物が持つ四本の短剣が鈍く光る。その一本にはすでに血のような赤黒い塊がこびりついており、ナオとユーリの前に現れる前にも一戦……いや何戦か、を行なっていることを物語っている。それが勝利か敗走か、はたまた違うのかユーリにはわかりっこない。と、その時、ユーリの脇腹を狙って一本の短剣が振り払われる。ユーリはその場でトンッと軽く跳ね、空中で背を仰け反りながら攻撃をかわす。だが、魔物の手は他にもまだある。そう言わんばかりに別の腕が上空からユーリを叩き落とすように振り下ろされる。
「ざーんねん、ですっ!」
それを視界の隅に捉えたユーリは片方の刀を横にし、腕のーー上段からの短剣の一撃を防ぐ。と、その勢いをも利用して空中で一回転し先程まで自分を狙っていた短剣を振り切る。バッと足首を捻らせながら着地し、防いでいた短剣を同じように振り払う。体勢を立て直したユーリに魔物は間髪入れずに残り二本の腕を迫らせる。左右から挟み打ちにするように短剣がユーリ目掛けて突き刺さる。それをユーリは両腕をクロスさせて、左右からの攻撃を防ぐ。ギリギリと眼の前で火花が散る。手こずっている。そう見えたのだろう魔物がニタリと笑みのようなものを口に作り、今度は残った二本の腕を攻撃を防ぐユーリの前と背後に回り込ませた。四本の腕が収縮自在であるからこそできる芸当だろう。死角になった背後と、防ぐ手立てのない前、絶対絶命だ。だが、ユーリは笑う。
「〈速度上昇〉!」
瞬時に足を中心に魔法を唱えると、地面を強く蹴り上げる。二本の短剣と防いだ刀を軸に逆上がりをするように上空へ。途端に先程までユーリがいた場所を挟み打ちするように二本の短剣が駆けていく。それを目と鼻の先で確かめると防いでいた短剣を刀で弾き、魔法で空中を蹴り上げる。まるでその背に羽があるかのよう。ゲームならばこんな事はできない。魔法と魔法の組み合わせ、無限の攻撃の可能性にユーリは戦闘中にも関わらず、ワクワクが止まらなかった。しかし、そんな楽しさも右頬に走った痛みであえなく中断されてしまう。サッと魔物を振り返れば、腕を一本、ユーリに向かって素早く頑張って伸ばしたらしく、縮みながら腕が魔物のもとへ戻っていくところだった。どうやら伸縮自在であってもユーリがいる空中にまで伸ばせはしなかったようだ。ならもうちょっと上空へ行けば勝ち確定では?とユーリは一瞬思ったが、自分にそこまで上昇できる魔法もスキルもないと悟り、ちょっと楽しかった気分を害されてぷくぅと頬をふくらませる。同時にユーリの体も落下を開始する。
「もうっ!せっかく楽しかったのに!ん?うちは戦闘狂なのかな?」
ま、いっか!ニヤリと笑いながら、ユーリは再び空中を蹴り魔物に向かって速度を上げて跳躍する。それに魔物も四本の腕を一斉にユーリに向ける。腕が一本に纏まり、まるでドリルのように変貌しユーリに襲いくる。が、ドリルのような一撃をユーリは片方のーー右の刀で受け流した。勢いよく顔の横を突風が通り過ぎていく。すぐさま魔物はドリルになった四本の腕を解放し、落下中のユーリの背後に四方向から短剣を突き刺す。かと、思われた。だが、それが叶うことはなかった。何故なら、四方向から来た短剣四本のうち二本が白く凍りつき、腕の部分ーー二の腕辺りまでをも凍りついたからだ。そうして、パキッと音がして二本の腕が短剣ごと真っ二つに折れ、地面に落下し砕けた。砕けたのを見て、魔物が目を見開いたのが気配で分かった。ニヤリと横目で背後を伺ったユーリが振り返り様に残り二本を振り払い、着地。腕を二本失い驚く魔物を嘲笑うかのごとく、左の刀を鞘に戻し、右の刀をーー仄かに冷気を発する刀を構えた。
「〈憑依・透咲〉」
右の刀ーー透咲と云う名の刀に纏う冷気がバッと花開けば、ユーリはそれらを振り払うように上段から振り下ろす。冷気が衝撃波となって呆然とする魔物に襲いかかる。冷気は魔物に当たると美しい氷の華を咲かせ、一気に魔物の腕一本を氷漬けにし破壊した。咄嗟に最後の一本で攻撃を敢行する魔物に向かって滑るようにユーリは接近し、近距離で冷気を纏った刀を下から振り上げる。途端に冷気が衝撃波となって再び魔物を襲う。魔物は攻撃手段を奪われたくない故か、ほぼなくなった三本の腕を無我夢中で振り回し、ユーリの視界を遮る。そのせいで刀の切っ先は空を切り、魔物に後退する隙を与えてしまう。しかし、ユーリはそれでよかった。空を切った切っ先が指し示すは、コンクリートと茶色の土が見え隠れした地面。切っ先が地面を指し示した次の瞬間、地面はまるでスケートリンクのように凍りつき、魔物の足元にまで到達。そして、突然の凍りつきに魔物は足を滑らせて後方に転がった。そんな魔物を見てユーリは腹を抱えて笑い転げそうになるが、なんとか耐え凌ぐと刀を構えて周囲の別の魔物が今現在相手している魔物に援護が来ないか、素早く観察しつつ接近する。
「弱点は如何なる時も、対策とか防御魔法かけなきゃ!物理ならなおさら!……うん、なおみんだなこれー!」
一人で分析し、一人で何故か納得したユーリにナオの可愛らしいくしゃみが聞こえた気がした。多分、気の所為だろう。
〈憑依・透咲〉はユーリのオリジナルスキルの一つだ。以前、ナオにお得意と言わんばかりのマシンガントークで情熱を語ったとある刀の名前を組み込み、その刀に記載された情報を自分が思い描くーー運営によっては「最小だわ」と笑われるかもしれないがーー最大限に扱えるようにしたスキル。それが〈憑依〉。ちなみにもう一つのスキルはもう一振りの刀だ。同じ〈憑依〉スキルでオリジナルスキルを二つ消費しているが、効果が違う為、用途用途で使い勝手が可能だ。その為、と言ってもいいものか。ユーリはスキルを試した。結果、魔物の弱点とも言うべきものが発覚し、見事形成逆転である。
だがしかし、油断してはならない。〈憑依〉を纏いながら魔物に接近し、刀を上段から振り下ろす。無防備な胴体に魔物が今だと言わんばかりに残った短剣を突き刺せば、待ってましたと言わんばかりにユーリはもう一振りの刀を逆手で抜き放ち、防ぐ。体勢はユーリが不安定なものの、有利はこちらだ。バッと逆手で抜き放った刀を勢いよく振り切れば、魔物の体がバランスを崩して後方に倒れいく。もしこの魔物が魔法を使えるのならば、今が絶好のーー最期のチャンスであっただろう。だがこの魔物は物理型。魔法は、ない。しかしそれでも魔物は、後方に倒れいく体を賢明に下半身で支える。けれども、そんな隙をユーリは見逃さない。逆手に持った刀をそのまま横殴りするように振り回し、脇腹に一撃を叩き込む。脇腹に広がった痛みに魔物が一瞬目を逸らした。
「〈氷の槍礫〉!」
その瞬間、魔物の脇腹から劈くような痛みが覆う。そこには透明で何処か美しい氷が、無数の礫となって突き刺さっていた。ユーリは容赦なく、逆手に持った刀をそこへ振り下ろした。礫が杭となり魔物に深く突き刺されば、魔物が最期の抵抗とばかりに最後の腕を振り回しながらどうにか地面スレスレで体勢を立て直す。が、脇腹に気を取られすぎていた。「残念!」と笑いながら、ユーリは自らに向かって振り回された腕を逆手に持った刀を振り上げて切り刻む。そうして、再び〈憑依〉で〈透咲〉を纏う。ユーリの足元に大輪の冷気の花が咲き乱れれば、魔物が足元から凍りついていく。攻撃も防御も出来ない魔物に向かって、ユーリは大きく跳躍し、正常に持った刀と、冷気を纏った刀を上段から胸元に向かって振り下ろした。ガンッ!と鈍い音と共に魔物が地面に倒れ込み、その上にユーリが馬乗りになる形で落ちる。グルリとトドメとばかりに刀を二振り回せば、手中で嫌な感覚がーー何かを千切った感覚がした。
「……よしっ」
その嫌な感覚を確認し、ユーリは魔物の上からゆっくりと立ち上がり刀についた血を払った。そうして、
「なおみーん!こっち終わったよー!」
戦場には似合わぬ満面の笑みでナオに向かって手を振った。
最初に出てくる誰かさんは、ユーリの戦いを自らも戦いながら見ています。




