第十節 黒薔薇とギルド
「ようこそいらっしゃいました!此処はイリヴァの街唯一のギルド紹介所兼宿屋酒場、『白銀の星』です!ちなみにこのセリフは貴方達で記念すべき五千回目です!特に景品等はございませーん!!」
「お疲れ様ですっ!」
まるでNPCが繰り返して言う台詞のようなものを、もはや接客など知ったことかと疲労の表情を浮かべながら叫ぶ受付嬢。そんな彼女にユーリが何故か敬礼と共に労いの言葉を投げれば、受付嬢は「ありがとうございます……」とやはり疲れ切った表情で言った。此処に水があったらたっぷりコップに注いで渡したいくらいの疲労感だ。相当受付の仕事は疲れるらしい。ナオも苦笑気味である。
あのあと、ナオとユーリは舗装された道を無我夢中で歩いた。この世界に来て野宿とかは今の二人には到底無理であるため、死ぬ物狂いで何処か村でもいい小屋でもいいなにかないか!と言わんばかりに歩いた。その結果、とある街に行き着いた。それが受付嬢の言うイリヴァの街である。いわゆるゲームで一番最初に訪れるチュートリアルの街、初心者向の街と言えば分かるだろうか。そんな優しい雰囲気と賑わいのある街だった。二人はとりあえず宿を取ろうと、ついでに少し休憩したいと近くの店に入った。ガクガクした足で入ったのがなんとも幸運、ギルド紹介所兼宿屋酒場だったわけである。
「で、ですね。ギルドをご利用ですか?それとも宿屋?あ、酒場はあと一時間後の開店です」
「宿屋です!」
「承知いたしました〜……て、あら?お二人は冒険者でもあるんですね」
受付嬢が「そちら」と二人の服につけられた黒薔薇のバッチを示す。『ブラックローズ』を表すバッチを示しながら、説明してくれる。
「冒険者は宿屋の料金が通常より半額になるんです。ギルド紹介所でも色々ご利用頂き、また様々な恩恵を頂いていますからね」
「でも、どうして俺達がその、冒険者って分かったんだ?」
ナオの問いに受付嬢はコロコロと、「なに冗談言ってるんですかもう〜」と楽しげに微笑う。
「各ギルドの証はそうとわかるように魔法がかかっているんですよ〜冒険者は登録しておかないと、魔物討伐時に苦労しますからね」
「全く〜」と手を振る受付嬢。なるほど、そういうところはあの少年がなにかやったのだろう。彼が云う「好きにしてもいい」とはギルドも含まれているようだ。ちなみにアイテムボックスである腰の小さなポーチにはさらに小さい皮袋に入った金銭があった。用意周到である。何日分いさせる気だ。ちなみに冒険者は魔物を討伐する仕事が基本的に多い。旅人や街から街へと移動する仕事人なども道ばたで魔物にやられてそのまま行方不明とならないように冒険者として登録することも多く、ゲームでも恐らく此処でも多種多様な人材が集まる所なのだろう。
「お仲間が欲しい場合はあちらの掲示板へ、依頼は反対側の掲示板をご覧ください」
受付嬢が手で示した方向、店内の奥には木で出来た掲示板があり、数人の冒険者であろう者達がたむろしている。その逆サイドの壁には多くの依頼が書かれた紙が貼り付けられた掲示板がある。そちらには今が夕暮れ時と言うのもあるせいか、人は疎らだった。
「なおみん、仲間だってーどうする?」
「いらねぇ」
断言。心底要らない、必要ないと言わんばかりの声色と何処か不機嫌さをはらんだナオの言葉にユーリは小さく苦笑をもらす。この街に来るまで、何度か魔物と遭遇してはいる。実力は五分五分。自分達の戦い方はアバターの身体に染み込んでいる。しかしながら、ナオもユーリもメイン職は攻撃職だ。ユーリがサブ職に支援職やバランスに特化した職を組み込んでいるとはいえ、大規模な回復は見込めないし魔法に特化もしていない。ナオが防御に徹すれば、起死回生の回復もできないことはない。だがそれは攻撃を捨てることにもなる。
「でもなおみん!今はうちら二人だけだよ?どうなるか分からないじゃん?」
そう、此処はゲームとは違う。ゲームでは簡単に成し得ていたことが此処では通用しない可能性だってある。そして、自分達が死ぬ可能性だってあるのだ。ユーリの真剣な瞳にナオは「はぁ」と呆れたような、しょうがない、と言うようなため息をつく。
「……弱いやつは邪魔になるだけだ」
「ふふ、わかってるよ!」
ナオの言葉の裏に隠された意図に気づいたのは、相棒であるユーリだけだろう。受付嬢に至ってはナオは完全に仲間不要と思っている。だが違う。ナオは少しだけ譲歩したのだ。ユーリの言うことも正しいから、と。けれども、ナオが求めるものは恐らくハードルが高い。それを理解しているユーリは「掲示板はなしかな」と小さく呟いた。
「んじゃ、とにかく、二人部屋一つ」
「承知いたしました〜」
この話は終わり、と言わんばかりにナオがカウンターに手を置けば、受付嬢は完璧な営業スマイルで応対した。
❀
二人に与えられたのはイリヴァの街の大通りを見渡せる見晴らしのいい部屋だ。部屋にはベッドの他に寛ぐ為のテーブルやソファ、バスルームなど完備されている。二つあるベッドのうち、窓際に近いベッドへユーリが「わーい!」と飛び込む。ベッドは小さくスプリングの音を奏でながらユーリを受け入れてくれる。
「ユーリ」
「んー結構ふかふか?みたいな感じだよ!」
「そっちじゃねぇよ」
ソファに腰掛けるナオに、ユーリはベッドの上から起き上がると彼女の隣へと飛び込むように座り込む。その拍子に二人の武器がぶつかって音を奏でた。
「どう思う?この世界」
「うん、『ALUTAPARN』がベース……似てるけど色々違うね!やっぱり異世界!」
なおみんもそう思うでしょ?とユーリがナオを覗き込めば、彼女も強く頷いた。『ALUTAPARN』にも初心者向けの街やギルドがある。しかし『ALUTAPARN』に「イリヴァの街」はない。故に似ている異世界なのだ。そして此処にもゲームにも魔物はいる。だが、『魔族』はまた違った。『ALUTAPARN』では動物の特徴を持つ獣人や自然の力を扱うとされるエルフなどもいたが彼らは人間の亜種という分類であり、アバタービジュアルの一つであった。そして敵であり、魔物を操る魔に魅了された者達を種族問わず『魔族』と呼称した。ゲーム内の魔物は知能があったりなかったりと多種多様でもあった。
「此処では、知能を持たない化け物が魔物って呼ばれてんな〜」
「うん!神様と名乗った少年の言うことを信じるなら、『魔王』に従い神に逆らう……此処での人間の敵が『魔族』と『魔物』だね〜あれ、そういえば、獣人とか、そういうのはこの街にはいないね」
ただ単に住んでいる場所の問題かもしれないが、確かに見かけていない。もしかすると此処では『魔族』に分類されるのだろうか?あの時、見せられた青年の近くにいた人物の耳は鋭く尖っていた。また端のほうではあったが、近くには耳が尖り角が生えた人物もいた。ゲームでもお馴染みの、よくいる典型的な『魔族』の特徴だ。だがよく思い返してみれば、人型をし獣のような耳をした者もいたような気がする。人間とは違うだからこそ『魔族』側なのだろうか?まぁもし、完全に『魔族』側ならば、アバタービジュアルをエルフ耳などにしていた場合の状況が悲惨だ。
「っていうかさ、『魔族』って全部の『魔物』を操ってるのかな?」
「知能がねぇってことだしなぁ……全部は無理だろうけど、似たような、味方みたいもんだしなぁ」
うーん、と首を捻るナオ。ユーリも腕を組んで考える。だが、どう頑張って考えたって自分達が旅をするのは決まっているし、人間がある意味巻き添えを食らっているのは事実なのだ。
「とりあえず、敵は『魔族』と『魔物』ってことだな」
「あとは神様!」
「あんまり大きな声では言えねぇけどな」
ソファに身を委ねながらナオが笑って言う。それにユーリもクスクスと笑い返す。まるで初めてゲームを触って、無我夢中で、目をキラキラさせて、時間が過ぎるのを忘れてしまっていた時のような感覚。そして、掴み所のない恐怖。嗚呼、けれども
「大丈夫だよなおみん!」
「わかってるって、ユーリ」
クスリと楽しげに笑ったユーリにナオも小さく笑みをこぼした。
最初の受付嬢の台詞が書きたかった話です。もしかするともっと言っているかもしれない……。




